第11話 初対面

 ミト達がサイドレンの屋敷へ向かったが、アルゲータ本人は屋敷にはまだいない。彼は王都にて、ルグイス王国の王子の剣術の指導や『へレディック』への対策会議などの激務に追われていた。


 特に時間がかかったのは、大量に持ち込まれた書類の上の仕事だ。剣と人望で成り上がった男は、事務作業が死ぬほど苦手だった。


「はぁ……これ全部脳死で判子押していいか?」

「いいわけありますか。きちんと全て目を通してください」

「無理だ……俺には、魔獣を殺すよりも難しい話だ……」


 机の上、積み上げられた書類に朱肉に判子を押し付ける赤髪の男、アルゲータが青白い顔で隣に立つ秘書に否定された。


 時間は夜遅く。日を跨ぎかける頃にこの仕事を始める理由は、朝昼は剣術指導や軍事的な会議に参加しているせいだ。だからこうして、夜になると秘書とともに溜まった仕事を片していく。


 書類をアルゲータと半分こして、アルゲータの三倍ほどの速度で処理していくのは、事務力と戦闘力の両方を兼ね備えたエリート秘書であるメダルという女性であった。


 片目に眼帯をつけ、軍服に身を包む彼女は、だらけきった主人を見ては呆れてため息をついた。


「ほら、起きてください。『へレディック』関連の報告書も沢山あるんですよ」

「それは……無下にはできないな」


 『へレディック』という単語に顔を上げたアルゲータは、真面目な顔付きで書類を捌き始めた。メダルより速度は劣るものの、真っ直ぐ書類と向き合う姿勢は素晴らしい。そうメダルは評した。


「時にメダル。『へレディック』がアプルーラの街に仮拠点を持っているという話だが」

「えぇ、騎士団が発見したと聞き及んでいます」

「あぁ。俺もそう聞いたよ。巡回を怠らずに取り組んでいた、殊勝な騎士が『へレディック』を見つけたってな」


 一枚の書類を明かりへかざし、アルゲータは眉をひそめた。


「これはいいことだ。いいことなんだが……妙だと思わないか?」

「……今まで、『へレディック』が結成されてから、王国全土で調査を怠ったことはなかった。だというのに、その情報はほとんど掴めなかった」

「それが、こんな呆気ない見つかり方するか?」


 アルゲータは自分の中に渦巻く疑念をそのまま吐き出した。口には出さないだけで、メダルも同じことを思っていた。


 『へレディック』は魔人の解放を謳う犯罪組織だ。構成員のほとんどは魔人で、人類の敵を名乗り、『魔王』さえも復活させようとしている。

 

 そんな彼らは、これまで騎士団が血眼になって探しても見つかることはなかった。分かっていたのは概要と目的、そしてこの王国のどこかに潜んでいるということだけだった。


 結成が確認されてから十年ほど経った。未だ王国を脅かす驚異であることに変わりない彼らが、ようやくアプルーラという街にて姿を確認できた。


 だが、事の顛末があまりにも呆気ないのだ。


 巡回中路地裏にて、謎の仮面をつけた集団を発見。騎士は襲われたが、健闘の上逃亡に成功。人数と話していた内容から、アプルーラに仮拠点があることがわかった、らしい。


 『へレディック』は独特な仮面をつけており、その仮面には階級を表すらしい段階がある。


 確認されているものの中で、今回発見された『へレディック』構成員の仮面は最下級のものだった。おそらく新人がヘマをしたのだと、報告書にはその憶測まで自慢げに書かれていた。


「求めてるものがあると、似通った罠に引っかかりやすい。俺は、これが罠に感じてならない」

「言いたいことはわかります。しかし、アプルーラはアルゲータ様の領地の中でも主要な都。そこに巣食う邪悪は取り除かなくては」

「だな。罠であろうとなんであろうと、焼き尽くして切り裂くのみだ」


 『番犬』と呼ばれた平民上がりの騎士貴族。これまで積み上げてきた努力と皆からの信頼は、彼の腕に過剰ではない自信を身につけさせていた。


「罠だったときのために予防線が欲しいよな」

「シュガー様がいれば、あなたが頭を悩ませることもないでしょう」

「あいつに任せっきりはヤなんだよ。悪いだろ?俺の領地は俺が守らないと」

「そうやって変に真面目だから、いっつも私が苦労するんです」


 真っ直ぐすぎる正確な主人にやれやれと首を横に振りながら、メダルは腰にしまわれていた武器に手をかけた。


 それよりも少し早く、アルゲータが剣を掴み取っていた。


「アルゲータ様」

「わぁってるよ───敵だ」


 短い応答の直後、正面の扉がぶち破られ、大量の剣が切っ先を向けて飛んできた。その全てを躱し、斬り伏せ、流して数秒。乱暴な刃に切り裂かれた書類の残骸を浴びながら、メダルとアルゲータは敵を睨みつける。


 そこには、『へレディック』の最上級の仮面をつけた女性が一人だけ立っていた。


「お初にお目にかかるね、サイドレン君。初見の攻撃を無傷で突破とは、大したものだよ」

「はっ……ここまでの騎士はどうしたよ」

「?。もちろん、殺したとも」


 両手を広げ、あっけらかんと答える敵。その周囲に、美しく輝く剣が出現し、全ての切っ先がアルゲータ達へ向けられる。


「会話はそこそこにして、少し遊ぼうか」

「そうか……捕まえてやる!」


 深夜一歩手前。極められた絶技がぶつかり合った。


~~~


「うわぁ……これが、貴族のお屋敷……!」

「へぇ……まぁ、流石は貴族って感じ」


 時は巡って、屋敷に着いたミトとナナメは事後と場を見上げて感想を零していた。


 手入れの行き届いた大きな庭園に囲まれた屋敷は暖色のレンガで作り上げられ、入口は大量の鮮やかな花に囲まれていた。


 斜めに差し込む太陽の光も相まって、暖かな雰囲気のある屋敷であった。


「新人さんはこちらへどうぞ」


 出迎えてくれたのは、髪を後ろで固く縛った、年のくった女性であった。


「お名前は?」

「あ、ミト・シノノメです」

「……ナナメ」

「───そう」


 二人の答えに、その女性はしばらく押し黙って、


「なってないですね」


 どこからか取り出した木刀で、ナナメの右肩をぶっ叩いた。


「いったぁ!?」

「使用人として働きたいのなら、自分よりも立場が上の人間を見極めて、敬語で話せるようにしなければなりません」

「だからって、暴力とか……」

「お黙り」

「いってぇ!?」


 口答えしようとしたナナメの左肩がスパンと叩かれ、両肩を穿たれたナナメは屋敷に入る前から満身創痍となった。お隣の惨劇に目を見張っていたミト。その眼前に木刀が突きつけられ、


「あなたも、この子ほどではないけど直すべきところがあります」

「えと、なんでしょう……?」

「まず、そのオドオドとした態度をやめなさい。胸を張って、堂々たる姿勢で臨みなさい」

「は、はい」

「それから、話す時に『あ』とつけてから話すのはやめなさい。私は話す意思はないけれど、あなたが求めているなら話してあげる、という傲慢さを感じます」

「いや、偏屈すぎでしょ……」

「お黙り」

「いっつぁ!!」


 木刀で三回目の殴打を受けたナナメが涙目になっていた。ミトはこうされないように取り組もうと、体罰を横目に思った。


「さて、歓迎はこれくらいにして」

「こ、これが歓迎……?」

「あなた達の部屋を紹介してから、仕事を教えます。明日の朝から本番ですから、きっちりと覚えるように」


 キビキビとした女性は木刀を握りしめたまま、正された姿勢で屋敷の扉を開けて中へ入っていく。


「あ、あのっ、あなたの名前は?」

「あぁそうでした。まだ名乗っていませんでしたね」


 女性はビシッと真っ直ぐに立って、新人にも躊躇なく深く頭を下げた。


「私は、メイド長のフリダラと申します。以後、私の言うことは何よりも優先するように」

「不穏な紹介文」

「なんですか?」

「なんでもありませーん」


 木刀をチラつかせるフリダラから目を逸らし、ナナメが不貞腐れたようにそう言った。眉をピクりと動かしたフリダラだったが、この失礼は見逃してくれたようで、二人を中へと招いた。


「さぁ、行きますよ」

「は、はい!」

「はーい」


 こうして、ミトとナナメの潜入調査が始まったのだった。

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