ミトの初恋

第4話 恋仲

 さて、村を旅立った三人は、今後の展望について話し合っていた。


「これから、お二人はどちらへ向かう予定なんですか?」

「行きたいのは王都だね。そこにいる人達に会いに行かなくちゃならないんだ」


 王都はここ、ルグイス王国という国の中心都市である。魔術が発展したこの国では数多くの魔道具が開発され、この王都にはその技術がふんだんに使用されている。


 近未来的な建造物は、それこそ地方の、地図にも乗らないような村とは大違いなのだろう。


「母から話を聞いたことがあります。なんでも、自動ドアがあるとか!」

「そうなのか。俺らも行くのは初めてでな。期待が膨らむ」


 王都はここからかなり遠い。馬車でもあれば良かったのだが、残念ながらあの村にはそんな贅沢品はなく、街へ行くためには、こうして幾つかある村を渡って行くしかないのだ。


 徒歩で行ける距離にある村。その事実がミトに一抹の不安を抱かせる。


「私のいた村からすぐ近くにも村があるんです。物々交換とかしてて、私も何度か歌を披露しに行きました。老人が多いので、あんな魔獣に襲われていたら……」


 ミトの脳裏に、あの異形の生き物が過ぎる。涎を滴らせ、不規則な足音を立てて這ってくるあの魔獣が。


 そんなミトの不安を聞き、メロはミトの頭に手を置いて、


「安心しろ。あの魔獣、ヒルルクは臆病なんだ。基本群れで行動するし、一体二体殺した程度では怯まなくとも、四十も殺したなら撤退する」

「なんなら、私達が根絶した可能性も十分にある。なんにせよ、あの魔獣がここらで大量死したなら、もう近づくこともないだろう」


 メロの言葉に賛同するようにライラも言葉を重ねた、ミトが聞いた限りだと、メロとライラは冒険者らしいが、魔獣の知識はその経験から得たものなのだろうかとミトは推察する。


「お二人がそう言うなら、安心ですね……」


 そう口では言いつつも、一度芽生えた悩みの種は簡単には除去できない。そんな杞憂に苦しむミトを見下ろし、メロはライラへ目配せした。


 ライラは肩を竦めて笑うと、


「さてさて、このまま歩いていっても時間がかかるだけ。そう思わないかい?」

「んぇ?確かにそうですけど、馬車はありませんし、徒歩で行くしか……」

「いや、ライラがいるからできる移動法がある」


 メロがそう言うとミトは首を傾げた。その隣でライラが指をパチンと軽快に鳴らした。


 その瞬間、足裏から感じる抵抗が変化した。


「うわわ!?ななな、なんですか!?」


 一瞬大きく揺れた足元に驚き、地震かと勘違いしたミトがメロに飛びついてきた。メロはミトを抱きとめ、足場を見下ろすようにミトへ促した。


 ミトが恐る恐る目を開けると、そこには、


「えぇ!?け、剣!?」

「そうとも。しっかり掴まっていてくれたまえ」


 宙へと浮かんでいく巨剣は三人を乗せたままゆっくりと回転し、切っ先を目的地へ向けて進み始めた。


 向かうは王都。メロとライラは人を、ミトは夢を追い求めて、埒外の方法で移動を開始したのだった。


~~~


 宙をかけるそれは中々のスピードで、ミトに関してはメロが支えてやらないと飛んで行ってしまうほどだ。


 強い光を放つ剣は光属性の魔力を強く帯びており、強風による息苦しさを軽減してくれたが、物理的な力を防ぎ切るには至らなかった。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 高速で動いたりしない、いつもの地面に大の字で寝そべって肩で息をするミト。あまりの無理な移動方法に、慣れていない彼女は息切れを起こしてしまった。


 これに関しては、面白がって速度を出しすぎたライラの責任でもあるので、メロはライラの額をデコピンで弾き飛ばした。


「いてっ」

「阿呆」


 人を三人も乗せられるほど大きく、速度も出て、揺れもしない。そんな魔術は、ミトは聞いたことがなく、肺が苦しみを手放していく感覚を覚えながら、旅の同行人の異常さを段々と理解し始めていた。


 空を移動し始めて一日程。地上の障害物を回避して高速で動くことにより、その距離は徒歩とは比べ物にならないほどまで伸びていた。


「ら、ライラさん、は……どんな、『天命』を、お持ちで……?」


 息を切らしながらも、ミトはライラへそう尋ねた。


 『天命』というのは、この世界の人間に与えられることがある固有の能力である。全員に与えられるものではなく、選ばれた者しか得られない理外の才能、それが『天命』だ。


 あるなしは本人に聞かない限り分からず、なんなら本人が気づいていない場合だってある。


 『天命』の選ばれ方も、与えている存在も未だ解明されていないが、『天命』一つで世界の命の数が何千と減ったり増えたりするほど、力を持つ代物であるということだけはわかっている。


 只人を越えさせる力。吟遊詩人として英雄の話を沢山見聞きしてきたミトは、ライラの異常なほどの強さの光魔力には『天命』が関わっていると見た。


 しかし、ミトの見立てとは裏腹に、ライラは形のいい眉を八の字に曲げて、


「あるにはあるけれど、秘密かな」

「えぇ?そ、そうですか……」


 どんな『天命』なのかと期待したミトは残念そうに肩を落とした。


 というか『天命』あるなしに関わらず、ライラなら英雄と言われてもおかしくないように感じる。


「先代『勇者』と同じ名前だから、勘違いされやすいんだよな」

「あぁ……!確かに……!」


 この世で最も有名な戦士は、『勇者』という『天命』を与えられた、三千年前の英雄『勇者』ライラといって差し支えない。


 邪悪の権化である『魔王』に打ち勝つために立ち上がった『勇者』ライラは、世界中から夜を消し飛ばすほどの光の魔力で見事『魔王』を討ち取った大英雄だ。


 この世にある英雄譚の中では最古の話で、地方によっては改変されたりする昔話。ミトも正しい伝説を知るために勉強したことがあった。


「『勇者』といえば、最近話題になっているじゃないか。若き新生『勇者』、フォランだったかな?」

「彼も有名ですね!なんでも弱冠十八にして騎士団長に認められた逸材だとか!」


 再びこの世界には『勇者』という『天命』が与えられ、それはとある村で育った少年に宿ったらしい。


 その人物の名前はフォラン。その若さと物腰柔らかな雰囲気に反して超越者と謳われるほどの実力者。王国騎士団長にも認められた期待の新人なのだ。


「最近は魔獣も活性化してて、『魔王』の復活が噂されているね。『勇者』の『天命』があるとき、『魔王』の『天命』もあると言われているから」

「そうなんですか?この世界に再び『魔王』が?」

「ミト君も小耳に挟んだことはあるんじゃないかな?『魔王』を復活させようとしている集団の話を」


 ライラにそう切り出され、ミトは渋い顔をした。脳裏を過ぎったのは、村に定期的に訪れる商人が話していた噂話。


 魔人解放軍『へレディック』。世界を魔人のものにしようと企む魔人の集団。彼らは魔人の元祖である『魔王』を復活させようと世界で大罪を犯す頭のおかしい連中だ。


 『勇者』が現れたのが、『魔王』復活の前兆なのだとしたら、『へレディック』の存在も鼻で笑うことは出来ない、と世間は騒いでいるわけだ。


「でも、騎士団長と最強の副団長、そしてあの『勇者』フォランがいれば、王国はひとまず安心だと……!」


 ルグイス王国最強の三人がいれば平気。そう民が無条件に信じるくらい、この三人の実力は担保されている。


 そのミトの発言に、メロが嘆息して、


「『勇者』なんてろくなもんじゃない。役に立つとは到底思えないがな」


 そのボヤキには、ただの嫌味とはまた違った感情が混ざっているような気がして、ミトは咄嗟に反論が出来なかった。


 ミトの代わりにライラが微笑み、「こらこら」とメロの肩を優しく叩いて、


「ミト君の前では、そういうことは言わないでくれたまえよ」

「……それも、そうか」

「んー……」


 ライラとメロの触れ合いを眺め、ミトが怪訝な顔をする。その視線に気づいたライラが「ん?」と首を傾げると、


「前から思ってましたが、お二人のその、妙に近い距離感は何が起因しているんです?」


 家族や姉妹というには他人行儀だが、友人親友というには近すぎる気がする。


 メロとライラはミトの問いに顔を見合せ、メロはお得意のため息をつき、ライラは弾けるように笑って、


「あぁ、言ってなかったっだろうか。私とメロ君は、恋仲なんだよ」

「はぁ、恋仲……はぇ!?」


 ミトはこの日初めて、同性の恋愛という概念を知った。

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