狐の音色
HOSHI
第1話 狐との出会い
夏の暑い日差しがとある家の一室に入っている。その部屋にはピンクの壁紙が貼ってあり、ぬいぐるみがあちらこちらに置いてある。勉強机には表紙に数学Aとかかれている問題集が置いてあったが、そんなに使ってないのか新品かと思うくらい綺麗だった。近くにはルーズリーフがあったが、何も書いていなかった。勉強の準備だけしてこの部屋の主はどこに行ったのかというと、ベッドに寝転がりながら推しの動画を見ていた。もうお昼の時間になるというのにパジャマ姿で髪はボサボサ状態。そんな随分とひどい格好をしている彼女の名は秋川 美々という。
最近、彼女はずっとこんな感じである。朝起きたら朝食も食べずに動画を見漁る。なぜこんな状態になっているのかというと今、学校が夏休み中でやっていないからである。一学期ギリギリ赤点を回避した(あと一点落としていたら赤点だったがなんとかなった)ため、補修を受けずにすみ、部活動や委員会活動にも参加していない彼女は学校に行く理由などもなく家でずっとゴロゴロしているのだ。さらに親が仕事の都合で海外に長期滞在することになったため、もう彼女は何でもし放題なのだ。親にはしっかり勉強するようにと何回も言われていたが、まあ彼女はするはずもなく、生活習慣が乱れ放題になっているのだ。
「なんか暑いしお腹すいたからコンビニでも行って買ってくるか」
ようやくベッドから体を起こした美々は伸びをして準備をした。
クローゼットの中にしまってあった中学時代のジャージを身に着け、美々は外に出た。向かうのは家から五分ほどでつくコンビニだ。
閑静な住宅街の中を美々は歩いていく。近くにあるといっても夏の日差しは容赦なくジリジリと肌を焼いていき、汗もかく。
美々は額に浮かぶ汗を拭き取りながら歩いていった。
コンビニについた美々は好きな菓子パンを二個、アイスを一つ買った。
帰り道、鼻歌を歌いながら早速買ったばかりのアイスを食べ始めた。
「やっぱりこのアイス美味しいなー」
美々は美味しそうにアイスを食べ、すぐに食べ終わってしまった。アイスの棒を袋の中に入れたとき、美々は普段は聴かない美しい音に耳をすました。
「どこかの家が何かの曲を流しているのかな? とっても綺麗」
美々はその音に導かれるように歩き出した。
「ここらへんから聴こえるな」
美々がたどり着いたのは近くの公園だった。そしてその音はその公園の地面にあいていた謎のおおきな穴から聴こえたのだ。
「こんな落とし穴あったけ? 誰かがいたずらで掘った? それで落ちちゃった人が助けを呼んでいるのかしら?」
いたずらで掘るにはかなり時間が掛かりそうなほど深く掘られているがもしここに人がいたら大変なので美々は落とし穴の近くに寄り、大きな声で呼びかけてみた。
「あのー! 大丈夫ですかー!! 聴こえたら返事をしてくださーい!!」
美々はもしかしたら返事が返ってくるかもしれないと思い、耳を穴のほうへ近づけた、その時だった。美々はバランスを崩してしまいそのまま穴の中に入ってしまったのだ。
「キャーーーーーー!!」
美々は目をぎゅっとつむり叫んだ。生まれて初めて死を覚悟したかもしれない。
数分間落ち続け、やっと底についた。
「長かったわね。これだけ落ちたのに生きてるだなんてもう奇跡ねって何? あれ」
美々があたりを見渡すとそこには瓦屋根の建物が広がっていた。まるで昔の日本のような美しい町並みに美々は息を呑んだ。あたりは暗く、その街には街灯のようなものの他に建物の外壁に提灯が取り付けられており、街中を明るく照らしていた。
そしてこの街からさっき聴いた美しい音色が聴こえてくる。どうやらこの街の住人が奏でていた音だったらしい。
「嘘……。地下にこんなきれいな街があったの?」
美々は周りの景色に見とれながらゆっくりと歩き出した。その時、さっき聴いた音がだんだんと大きくなってきた。どうやら奏でている人物が近づいて来ているらしい。
美々はどんな人が奏でているのか気になり、そっと見に行った。
するとそこには美しい着物を身に着け、高下駄を履いている大人数の女性が列を作ってそれぞれの楽器を奏でていた。髪も美しく結い上げ、前だけをみて音楽を奏でながらゆっくりと歩いているのだが、すこしおかしな部分があった。そして美々はそれにすぐに気づいた。
「狐?」
と、美々は首をかしげた。
そう、彼女らは皆、狐の面を被っているのだ。顔のパーツは口元までしか見えずその他の部分は全く見えない。
「顔は見えないけどきれいだなー」
美々がもっと近くで見ようと身を乗り出したとき、何者かに声をかけられた。
「おい! そこの下衆者! なにをしているんだ!!」
驚いて振り返るとそこにはやはり狐の面を被っている女性がいた。だが、その手には楽器ではなく短刀が握られていた。
「我々、白狐隊の演奏を勝手に部外者が見るなど許されぬ! 今、ここでその首を落とされるほうか、それとも大人しく縄にかかるほうか、どちらのほうが良いのか選べ!」
「あ……あの……。部外者なのは認めるんですけど……。別に動画撮ってないし、どこかに言うようなこともないです! 私は上から来たもので……さっきここに落ちて……」
狐の面を被った女性は短刀を美々に近づけた。
「よくわからぬ言い訳を聞いているのではない! 我の質問に答えよ!」
もう何が起きているのかはわからないがあまりの気迫に押しつぶされそうだ。美々は泣きじゃくりながら叫んだ。
「わかりました……! すみません! 縄にかかります!! 大人しくしているので殺さないでー!」
そう言うと女性は手慣れた様子で素早く美々の体を縛り、美々を気絶させた。
そして美々を担いでどこかへと走っていた。
数時間後、美々はようやく目を覚ました。身体中が痛いし、縛られているせいで思うように身動きができない。
「ここは……どこ?」
美々は今、謎の建物の中にいた。周りにはたくさんの狐の面をつけた女性たちが立っており、隣にはさっきの女性。そして目の前には何故か狐の面をつけていない女性が座っていた。
「あら、目が覚めたのね、おはよう。突然のことで驚いたわよね。ごめんなさいね。私の名前は神桜。この白狐隊最高位の富貴蘭階級の者よ。あなたのことをつれてきたのは花月っていう子なの」
「白狐隊? ふうきらん? それなんですか?」
神桜は優しく微笑みかけると花月のほうを見た。
「やっぱりこの子、この世界の子じゃないみたいよ。この世界の者なら階級はもちろん、私のことも知っているはずだもの。だからあっちの世界から来た子みたいね」
花月は神桜を見たあとに美々のほうを見た。
「そうですか……。ちゃんと確認せずに別の組のものだと思ってしまい……。大変申し訳ございませんでした」
「ということは私は帰れるんですか?」
美々は目を輝かせて神桜に尋ねた。
だが神桜は首を振って答えた。
「確かにこれは花月の間違いだったけれども、この世界から元の世界へ変えるのは難しいの」
神桜は立ち上がり、美々に近づきながら続けた。
「今までに何人かこの世界にきた者がいるのだけれども、未だにあっちの世界にもどる方法がわからないのよね。だから戻る方法が見つかるまで何もできないの。でもその間ここにただいるだけじゃつまらないわよね」
そうだ! と、神桜がぎゅっと美々の手を握って提案した。
「私のお店で働くのはどうかしら?」
第2話へ続く
狐の音色 HOSHI @HOSHIZORA69
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