第2話:追放の道行き

 重々しい扉が閉まる音が、背中を叩きつけた。

 私はもう、この国の王妃ではない。

 いや、初めからただのお飾りだったのだ――そう言われれば、何も反論できない。


 大広間を出た私に付き従う者はいない。侍女すら辞退させられ、護衛の騎士は冷ややかな目を向けるだけだった。

 差し出されたのは、小さな革袋ひとつ。

 中には、金貨が数枚。王妃を追放するには、あまりにも無惨な手切れ金だった。


 「これが、十年尽くした妻への報いですか……」


 呟いても、返す声はない。

 冷たい石畳を踏みしめながら、私は王宮を後にした。


 ◇


 馬車に揺られ、国境へと送られる。

 窓の外に広がるのは、かつて政務で訪れた街並み。

 商人が行き交い、子供がはしゃぐ声――そのすべてが、今は私と無縁のものに思えた。


 「王妃様も、哀れなものだな」

 御者台から騎士の声が漏れる。

 「殿下に見放されちゃ、もう生きる道はねえ」

 「しっ、聞こえるぞ」


 笑い声が風に流れる。

 だが、胸の奥底で燃えるものがあった。


 ――見返してやる。必ず。


 理不尽に追放された怒りと、まだ消えぬ夫への疑念が、私を前へと突き動かす。


 ◇


 国境の砦を抜けたとき、馬車は止められた。

 鎧をまとった兵士たちが行く手を塞ぎ、鋭い視線をこちらへ向ける。


 「身分を明かせ」

 「……追放された王妃です」


 兵士たちの目が、一瞬だけ驚きに揺れる。

 すぐに、彼らは互いに視線を交わした。


 「……ようこそ、我らの国へ」

 隊長格の男が頭を下げた。

 その声音は、冷たい警戒ではなく、どこか期待を含んでいた。


 「セレスティア様。あなたをお待ちしておりました」


 ――待っていた?


 思わず息を呑む。

 追放され、すべてを失ったはずの私を、“待っていた”という国がある。


 運命の歯車が、大きく音を立てて回り始めたのを感じた。

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