三題噺置き場
紫以上
ぬいぐるみ/恋と愛/懐中時計
私の部屋にある兎のぬいぐるみは、子供の頃に友達がいなかった私にとってただ一人の友人だった。プレゼントしてくれた叔父さんの名前からとってシンイチローというなまえになったその灰色の毛並みの兎のぬいぐるみは、恥ずかしい話だが私の初恋の相手でもあった。
オーバーオールの野良着のような格好をして、灰色の薄ぼんやりした印象の色味のぬいぐるみとしてはあまり見た目が優れているわけではなかったが、右手に縫い付けられた小さな懐中時計を模したプラスチックの板が縫い付けられていて、そこからいつも時計を手放さない真面目で地味で不器用ながら優しい顔をした友人に、あまり他人との交友の経験もない私が漫画や本の中にあった恋愛の憧れを投影するまではそう時間はかはかからなかったように思う。おかげで、シンイチローへの初恋と叔父さんへの幼い感情がごっちゃになっててしまい。父は私の初恋の相手が愼一郎叔父さんだと誤解したりした。パパのお嫁さんになると言い出す前に愼一郎のお嫁さんになりたいと言い出すなんて、と酔っ払った父が晩酌しながら泣いていた事があった。
そんなシンイチロー叔父さんが昨年亡くなった。叔父さんは地元では篤志家としてそこそこ有名だったたらしく葬儀はなかなか多くの人が集まり私も手伝いを買って出て忙しく立ち回った。
叔父さんは生涯独身の身の上で、私を娘のように可愛がってくれていた。とはいえ、実子でもなく年代も異なる私が異物になるのはどうかと思ったが、
おじさんはガツガツしていない資産も持ったイケオジだったので、姪の私から見てもかなりの優良物件だったと思う。どういうつながりだったのかわからないが、おもったよりも同年代のお嬢さん方が大勢弔問におとずれていたため、予想以上に私が浮くこともなかった。
こうしてすっと葬儀にもぐりこめたので、慎一郎おじさんに最後のお別れを言えたのは良かった。
棺の片隅にそっとシンイチローをおいて、お骨と一緒にやいてもらうことにした。ただ、シンイチローをおじさんに一緒に連れて行ってもらうに当たり、初恋と愛着を焼いてもらうもくろみだったが、完全あいっちゃくをきりすてることはできなかった、シンイチローの右手に糸切り鋏を当てて彼の懐中時計を切り離した。プラスチック製のおもちゃの文字盤の懐中時計だけ、形に残るものとして、もらっておいた。おじさんからの形見分けで、懐中時計をもらっていくのはそうおかしな話ではあるまい。
しかしもらえる物の価値より、おじさんに私の初恋と愛着を持っていってもらえることが私の今後において何より大きいだろう。
慎一郎おじさんのご遺体の顔は死亡時の状況(崖から海に落ちたそうだ)の問題であまりキレイではなかったため、若造には直視するのは厳しいものがあった。そういういみで、棺の中のシンイチローは、手持ぶさたな視線をどこに置くかという問題の解決に一役買っていた。
ありがとうシンイチロー、最後のおつとめごくろうだった。さらばだわが友。そしてイマイチ徳の低い姪でごめんねおじさん。向こうでシンイチローをよろしく。
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