アナザーストーリー ボウリング
魅鬼『親睦を深めるために、みんなで出かけない?』
一件の通知がグループに届いた。
「司牙さん!司牙さん!」
「うん、魅鬼君からのだよね。魅鬼君の件は」
メッセージの返答は2人ともOKだった。
魅鬼『おっけー!』
このグループには、百合、司牙、魅鬼の3人の他に、渡目もいた。だが、渡目は忙しいのか、返信が来る気配がなかった。
そう思っていた矢先に魅鬼から追加のメッセージが送られてきた。
魅鬼『渡目君は強制参加だからよろしく』
しばらくすると、渡目が返信をした。
渡目『わかりました。何をする予定ですか?』
4人は、休日に近くのボウリング場で落ち合った。
「ぼ、ぼーりんぐ......!」
「百合は初めて?」
「いえ、でも本当にしばらくやってないのでちゃんとできるか」
百合は目を輝かせていた。友人と来ることはあったが、こうして大人と一緒に来ることは初めてで少し緊張していた。増して、防犯教室以来ほとんど面識のない渡目がいるとなると、余計に緊張の糸がピンと張っていた。
「司牙さ......お父さんはどうですか?」
「はは、久しぶりに外へ出るからね。僕も久しぶりだな。警官になってから仲間と数回行ったっけ、懐かしいな」
「お待たせー!!来てくれて嬉しい!!」
「魅鬼君、ボウリングなんてあの時以来だね」
2人が世間話をしていると、後ろから久しぶりに聞く声がした。
「お疲れ様っす」
「お疲れ様」「おつかれー!!」
ボウリングということもあり、全員ラフな格好をしているのが珍しかった。司牙と魅鬼はポロシャツ、渡目はオーバーTシャツだった。百合もワンピースと制服以外を着ているのはパジャマ以来だろうか、パンツスタイルは久しぶりだった。
司牙と魅鬼がボウリングでの手続きをしている間、渡目と百合は静かに2人の背中をみて待っていた。
特に話をするわけもなく、ただただ待っていた。
すると渡目が先に口を開いた。
「百合さんって、あの人のことなんて呼んでるんですか?」
「え?えっと、お父さんです」
「そうなんすか」
百合は正直に答えた。
「 “ひいおじいちゃん” じゃないんすね」
「あっそれダメですっ!!」
「ん?どうした?」
司牙は娘の声に慌てて振り返ると、百合は何もなかったように振る舞った。
「いえ!!何でもありません!!」
百合のオドオドした様子に渡目は味をしめたのか、次の質問を始めた。
「へぇ、家では名前を」
「ちょっと、読まないでくださいっ私が怒られるんですから」
「君、よくいじられるでしょ」
「うっ」
百合にとっては図星だった。彼にも何か言ってやろうと思ったが、渡目には何も突っ込むところがない。むしろ、こちらが知りたいことがたくさんあるほどだ。ダメだ、百合はこういう時でも相手に対してプラスに物事を考えてしまう。
逆に言えば取っ掛かりも、そもそも彼のことを全然知らない。ということもあり、百合には不利な状況だった。
「俺は2人の事情知ってるんで、どっちでもいいっすよ?」
「何がですか」
「あの人の呼び方、 “好き” なように呼んでくださいよ」
「あああっもう!!」
百合の答え方一つで、渡目の目の色は変わる。どう呼んだとしても、結局は渡目の手のひらで踊らされている気がして、百合の調子は狂って行った。
そんな様子の2人の後ろを通る男は、百合と肩がぶつかった。
「あ、すみません」
「あぁごめんね、悪い悪い。お嬢さん、友達と来てるの?よかったら......」
「何か御用ですか」
フロントでゲームの手続きを終えた2人は、百合に声をかけた男を気にかけると、どこかへ行ってしまった。
(あの人......下心ありすぎだろ、2人の前では見事までな完敗だな)
司牙は、3人にある提案を持ちかけてきた。
「さて、普通に遊ぶより、ペアでやらないか?僕と百合、魅鬼君と渡目君でどう?」
「いいじゃんいいじゃん!!渡目君ボーリング得意そうだし」
「えっ俺あんまりやったことが」
「負けたら今日のゲーム代奢りでどう?って言いたいけど、百合が負けたら可哀想だから......百合?」
「絶ッッッッッッ対負けません」
ゲームは3ゲーム、司牙と百合、魅鬼と渡目ペアでスタートした。
「久しぶりにやるね、私ガチだけどいい?」
「骨が鳴るね。それはこっちも同じだよ。あんまりそんな顔しないで魅鬼君、百合が怖がるだろ」
一投目、魅鬼の投球だ。ボウルを構え、助走をつける。
「わお!」
百合は声を漏らした。というのも、フォームが女性にしては少々荒っぽいところがあった。腕は少し折れ曲がっており、まるでソフトボールのピッチャーのようなフォームでボウルをレールに叩きつけるように投げた。
「やだっ私ったらついムキに」
それでも結果はストライク。フォームは何より、ボウリングは結局は結果だ。
「レーンに少しキズがついたじゃないか。こうやって投げるんだよ」
次の投球は司牙だ。ボウルを構えると、助走は身長差もあり大幅だ。長い手脚をうまく使い、器用に投げる。まっすぐ向かった先はピンの先頭とその右側の間、スポットと呼ばれる場所のようで、うまくボウルがはまり、ストライクを取った。
「ふーんやるじゃん」
魅鬼はソファーに肘をついて鼻をツンと立てていた。その反面百合は静かに拍手を送る。
「じゃあ次、渡目君。ほら」
「はい、ぅおっと」
魅鬼が軽々しく片手で持ち上げたボウルを渡されると、渡目は思わぬ重さにヒョロけてしまった。
それを見た百合は、「ヒヒ」っとあざ笑った。
(笑ったな......今に見てろ)
渡目はボウルを2人の見様見真似で構えた。彼はボウリングの経験はほとんどない。
歩幅は大きく助走をつけ、ボウルを持つ腕は勢いをつけ振り子のように振り下ろすとボウルはカーブを描き、左半分のピンが倒れた。
ボウリングをほとんどやったことがない彼にとっては、まあまあの出来だった。
だが、2人は渡目のフォームを見て、唸った。
「センスいいんじゃない!?その腕の振り方私と似てる!」
「歩幅のリズムもいい、どこかで学んだの?」
「えぇっと......お二人のを見て、見様見真似で」
渡目は、昔から身振り手振りを見て学んで育った。それが今活かされている。
「よし!百合、投げてみようか」
やっと自分の番が回ってきた。写真やサイトで見たことのあるレーンに立つと、ピンまでものすごく距離を感じた。百合も3人の見様見真似で胸の前で構える。
「よーし......1、2の......3!」
数を数えながら助走をつけ、ボウルを転がそうとしたが、指がボウルから離れず、重りで腕を一周まわした。
「うわ!」
「大丈夫か!」
司牙は、彼女の動きを見逃さず、すぐに体を支えた。
「ちょっと重かったのかな、もうちょっと軽いのに変えようか」
百合は新しいボウルを司牙から渡されると、もう少し軽いボウルで再度挑戦する。
「最初はラインの内側に片足を置いて、そうそう」
百合は恥ずかしさのあまり、渡目の顔も見れなかった。
(あの人に絶対笑われてる......悔しー!)
父にレクチャーを受けながら、今度は丁寧にボウルを投げる。しかし、ボウルはレーンの外側に転がり、ガーターだった。
「えー!!!嘘でしょ!!」
「ははは!!いてっ」
百合を笑った渡目を魅鬼は姉のように「こら!」と叱る。
「悔しいぃ......司牙さん別のボウルとってきます!!」
「うん、一緒に行かなくていい?」
「大丈夫です!」
百合はムキになり、自分に合うボウルを取りに行った。
たくさんの種類のボウルが並ぶケースを眺めながら、自分の投げられる重さを探す。だが、百合が持っているボウルはそれほど重くない。というか、それより軽いものはすでに出払っているのか、もう子供用のボウルしか残っていない。
「流石に子供用は恥ずかしいんだけど......とくに渡目さんに笑われる」
「大丈夫か」
「何ですか、笑いに来たんですか?」
「魅鬼さんに叱られた。ちょっと見せてくれ」
そう言って渡目は百合の使っていたボウルを貰い、しばらくボウルを観察する。
「何かあったんですか?」
「こっち使いな」
そう言って別のボウルを彼女に渡した。
ゲームは再開された。その後も司牙にレクチャーを受け続けると、2、3ゲーム目には嘘のように百合の成績は伸びて行った。
そして2人の成績は魅鬼と渡目の成績を超えた。
「渡目君なんか百合ちゃんに吹っかけた!?コツとか何とか」
「いやいや、ボウルがあっていなかったように見えたんで、一緒に見に行っただけですよ」
ゲーム成績は互角、お互いにいい勝負と言ったところだ。悔しくなった魅鬼と渡目はらしくなくもめ始めた。
「僕だけじゃ到底2人には勝てないからね。 “コツコツ” と百合は学んでいるよ、ね」
そう百合はコツを掴み、何本かストライクが出るようになった。
4人のゲームレーンには、多くのギャラリーが集まった。白熱とした試合に、皆拍手を送っていた。
結局百合と司牙ペアが逆転負け、ゲーム代を奢ることになった。
「あぁー!楽しかった!!3人ともありがとう!!奢ってもらっちゃって悪いわね」
「勝負を持ちかけたのはこっちだよ。百合も楽しかったみたいだし」
百合は手を洗いにトイレに向かっていた。
「勝負のこと......気にしてないといいけど」
「その心配はないっすよ、俺ちょっと様子見てきます」
そう言って渡目は2人を置いてその場を離れた。
「よかったね、2人とも大丈夫そうで」
「本当だ。正直、勝負そっちのけでみんなでゲームを楽しめたし、魅鬼君も楽しんでたみたいだし」
「えへへ、それなー!親睦会大成功」
「すみません、先程の」
「あ、あぁさっきのお嬢さんのおツレの方?」
2人の元を離れた渡目は、フロントで百合とぶつかった男と喫煙所で話をしていた。
「あの時、あの子に何かしましたか」
「は? 特に何も」
トイレから戻った百合は、隣の喫煙所にいる渡目を見かけると声をかけた。
「あ、渡目さん!! 見てくださいこのベッタベタの指! 全然取れない......」
「あなた、『粘着』ですよね。あの子にぶつかったのではなく、『くっつけた』んです。あの子は結局ボウルから指を離すことができなかった。本人は気づいていませんが......」
「あぁいや待ってくれ!!俺が悪かった」
渡目はあの時の様子を一時も目を離さず見ていた。あの時もし全員目を離していたら、最悪の場合、百合は粘着される可能性があったのだ。
「チッ、何だお前......なんでわかるんだよ」
「あまり他の人にその手口は使わないでください。最悪通報されますよ」
そういうと男はタバコの火を押しつぶし、喫煙所を後にした。
「渡目さん......あの人が?」
「このことはナイショで。あの人ももう凝たでしょう」
「......わかりました」
百合は、事を知らずに、渡目に小馬鹿にされてはいたが、本当は助けられたことに感謝した。
「ありがとうございました」
まとわりついて流しきれなかった指のベトベトをハンカチで拭う姿を見た渡目は、また彼女をいじり始めた。
「それは “お父さん” に取ってもらいな」
「またそうやって......そういえば渡目さんに選んでもらったボウル、投げやすかったです。わざわざ敵に塩を送るなんて」
「それじゃ不公平だろう。恥かきたくないだろ?司牙さんのまえで」
「もうなんでそこまでして!!」
渡目はもうこれ以上何も言わないでおいた。
ひいおじいちゃんだと思ってついて行ったら、顔の半分が骸骨だった、知らないおじさんだった。 Gerolian @gerolian1031
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