剣聖は惚れ薬を信じてる
「やぁ。ちょっといいかい? 」
騎士事務所にアレンが訪れた。先日の決闘以降、たまにだが騎士事務所に顔を出している。もちろん女性ファン付きである。
「今日は何のようだ? 」
オーランドは慣れたように声をかける。
「最近気になる連中がいてね。怪しい商品を売っているんだ」
アレンもまた慣れたように椅子に座る。エレナは来客用のコーヒーを淹れに向かった。オーランドはアレンの向かい側に座った。
「怪しい商品とは? 」
「そうだな。例えば透視ができる目薬だとか、魔力を増大させる薬だとか、異性を惚れさせる薬とかかな」
オーランドはピクリと反応した。異性を惚れさせる、つまり惚れ薬が存在しているかもしれない可能性に反応した。
「それは怪しいですね。どの薬も今の魔法技術では不可能に近いと言われているものばかりです」
エレナはコーヒーを三人分机に置き、オーランドの隣に腰を下ろす。
エレナの言っていることは正しい。今の魔法技術や製薬技術を持ってしても精神に働きかける魔法や薬は実現不可能であると国が公表している。
透視や魔力増大も同じで近いことはできるかもしれないが――例えば壁の向こうに人がいるかどうかを知る魔法はある――不可能であると世間一般では知られている。
しかし、オーランドにとって惚れ薬はロマンである。もちろん純愛至上主義のオーランドは使用をするべきではないと思っている。けれど諦めきれないのが男の性である。使用する気はなくても手元には欲しいものである。
「調べよう。そういった詐欺は被害が大きくなる前に叩くに限る」
オーランドは建前を口にした。本音は惚れ薬の詳細を知る為である。正直惚れ薬だけでなく透視の薬も気になっている。
「助かるよ」
アレンはコーヒーを一気に飲み干すと椅子から立ち上がった。
「善は急げと言うからね。今からでも問題ないかい? 」
「構わない」
オーランドもコーヒーを飲み干し立ち上がる。
「リベラ。すまないが留守番は任せた」
「はい。わかりました」
エレナを残して商人の元へといくオーランド。期待に胸を膨らませながら事務所の外へと向かった。
ラタエの東側のエリアに来た二人。ここは人通りがないわけではないが、大通りに比べると静かなエリアだった。
「こんなところで商売になるのか? 」
思わず疑問を口にするオーランド。
「静かだからいいんじゃないかな。大々的にやるには信用が取りにくい商品だからね」
「なるほどな」
アレンとオーランドは人集りを見つけた。二人が覗き込むとちょうど実演販売をしているようだった。2メートルほどの高さがある台に男が二人乗っていた。
「さぁご覧ください。たとえ目隠ししていたとしてもこの透視できる薬を飲むと、あの的を射抜くことができます! 」
一人の男が目隠しをしたまま銃を手に持つ。銃口は的の方向へ向けている。銃を構える男から大体三、四メートルは離れている。
パン。
銃声と共に的の真ん中が見事撃ち抜かれた。周囲からはどよめきと歓声が聞こえる。
「オーランドはどう見る? 僕はイカサマだと思うけどね」
「どんなイカサマだ? 」
透視の薬を信じたいオーランドはアレンがどんな疑惑を持ったのか聞いた。
「凄腕のガンマンか、銃に仕掛けがあるか、窓に仕掛けがあるか。タネならいくらでも考えられるよ。今回は的の方かな。銃声と共に穴が空く仕組みなんだろうね。現に銃を撃つ時、彼から魔力を感じなかった。ただの空砲だね」
「確かにそうだな。だが決めつけるのは速い。あの銃が魔法銃でない可能性もある。慎重にいくべきだ」
オーランドとしては惚れ薬の実演販売も見たいので慎重に行きたかった。それに透視の薬が本物である可能性を信じているためアレンの話に素直に頷くことはできなかった。
「なるほど。一理あるかもね」
アレンは慎重にいくべきだと思った。相手は詐欺師。こちらの疑惑を口八丁で逃げ切るかもしれない。ここは一つ決定的な証拠が欲しいところだった。
「さぁさぁ、お次は本日の目玉商品。この惚れ薬。今回は特別にお客様が実際に使っていただくことにしましょう。さぁ誰かいませんか? 」
チャンスだと思ったオーランドは即座に手を挙げた。
アレンは手を挙げるオーランドを見て意図を察していた。ここで実験台になることで商品が本物かどうか確かめて、嘘ならば即座に捕まえるつもりだと。
だからこそ、アレンも手を挙げた。
商人の男はアレンを指名した。
オーランドは内心舌打ちした。
壇上に上がっていくアレン。
「さぁ、この薬を飲んで下さい。この薬は異性を魅了する薬でございます。効果は100%保証します! 」
アレンは渡された小瓶を一気に飲み干した。
「さぁ、女性客の皆様、この方が魅力的だと思う方は挙手をお願いします! 」
次々と手が挙がっていく。そんな中オーランドは壇上に上がる。
「ちょっと待ってもらおう」
オーランドは騎士の証であるバッチを掲げて壇上に立った。
「騎士様が何のご用でしょうか? 」
「何、ここの商品にはちょっとした疑惑があってな。調べさせてもらうぞ」
男に近づこうとするオーランドをアレンが止める。
「待ってくれ」
「どうした? 」
立ち止まったオーランドは後ろを振り返ってアレンを見る。
「この薬は……本物かもしれない」
深刻な顔でそう告げるアレン。
「……何を言っているんだ? 」
「だってそうだろう? この薬を飲んだらここにいる女性達がこぞって僕をかっこいいと思うなんて。薬の効果でなければ何だと言うんだい? 」
アレンがイケメンだからだと心の中でオーランドは思ったが、それは言わないことにした。
「手を挙げた客が全員サクラの可能性がある」
「……確かに。そうかもしれないね」
オーランドはアレンが純粋すぎる気がしてきた。
「私も商人です。疑われたままでは終われません。試してみてはいかがですか? 」
オーランドは小瓶を渡された。中には無色の液体が入っている。
「この薬の効果時間は? 」
「一瓶で10分と言ったところでしょうか」
「そうか。客達はサクラの可能性があるからな。そうだな……あの人がいい」
オーランドは近くを通り過ぎようとした女性を指差して、呼び止める。オーランドは女性に自分とアレンを見比べてどっちがカッコいいかみてもらうことにした。
女性が壇上に上がり説明を聞き終える頃にはアレンが惚れ薬を飲んでから10分が経過していた。
オーランドは小瓶の中の液体を飲み干した。甘ったるい味がした。
「さて、どちらがかっこよく見える? 」
「こっち」
女性はオーランドではなく、アレンを指差した。
「やはり……偽物だったようだね」
アレンは剣を商人に突きつけた。オーランドは商人を逮捕した。心は虚しかった。
結局、薬はただ砂糖を溶かした水で、透視のトリックはアレンの言った通りだった。一回だけでは効果がないと言い張り何度も買わせたんだとか。
ちなみにあの時の女性はアレンの新しいファンとなっており、まだまだアレンには敵わないと思いしらされた。
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