剣聖は記者に良い記事を書いてもらいたい①

「リベラ、今日は記者が来る」


 オーランドはリベラに今日の予定を伝える。


「記者ですか? 」


 リベラは首を傾げる。


「ああ、確かイーグル新聞の……」


「おはようございます! 」


 オーランドが記者の名前を伝えようとしたところ、大声の挨拶に遮られた。声のする方へ顔を向けると事務所に女の子が入って来た。身長は150cmあるかないか、髪はボブカットでレモンのような鮮やかな髪色である。ぱっちりと開かれた強い赤みの黄色が特徴の瞳は活力に満ちている。


「本日は密着取材に応じていただきありがとうございます! イーグル新聞のレノア・コールマンです! 本日はよろしくお願いします!!」


 レノアは頭を勢いよく下げる。そして先ほどの勢いで頭を上げる。


「ノックしてから入ろうとしたんですけど、扉がなかったので入って来てしまいました! 」


 オーランドからレノアに対する第一印象は元気。いや、元気すぎる。気を抜けばあちらのペースに飲み込まれてしまうと感じた。オーランドには作戦があった。イーグル新聞は国でも有名な新聞社。今回くる記者にかっこいいところを見せ記事にしてもらうことで、女性ファンがたくさんつくに違いない。この作戦はいかに自分を良く魅せるかが大事なのだ。相手のペースに呑まれたら実力の1割も出せない。その為自分の心に喝を入れた。


「問題ない。オーランド・ハワードだ。よろしく頼む」


 オーランドの挨拶の後、レノアの元気さに呆気を取られていたエレナも遅れて挨拶をする。


「エレナ・リベラです。よろしくお願いします」


 2人の挨拶を受けたレノアは明るい笑顔になる。


「はい! お二人ともよろしくお願します! 早速なんですけど取材してもよろしいですか? 」


「もちろん」


 オーランドから了承を受けたレノアはますます笑顔になった。レノアは上着のポケットからメモ帳とペンを取り出し、メモを取る準備をする。


「ではどうしてこの事務所には扉がないんでしょう? 」


「うちの事務所は特殊でな、普段は見えない扉がある。基本的に事務所に所属する人間しか入れず、許可した者以外は入れないようになっている。許可が欲しい人間は壁に取り付けられているボタンを押すことで内部の人間に知らせる仕組みなのだが、ボタンは今、諸事情により壊れている」


 オーランドの話を聞きながら熱心にメモをとるレノア。レノアは先程までの元気は鳴りを潜め、記者の顔をしている。何かが引っかかったのかレノアは首を傾げる。


「でしたら、どうして私はすっと入れたのでしょう? 」


「ああ、俺がいる時は誰でも入れるようにしている。俺以上の防衛機能はないからな」

 (……決まった)


 オーランドは内心ドヤ顔をしていた。もちろん、顔には微塵も出していない。


「ってことは条件付きの魔力判定機能があるのかな。だとすると最新の魔法技術……」


 レノアは小声で呟いている。オーランドは聞こえていたが魔法のことは専門外なので何も答えられなかった。レノアは小声で独り言を呟き続けると、次第に興奮気味になりオーランドに詰め寄った。


「その機能って一体誰が作ったんでしょうか!? もしかしてハワードさんが作ったんでしょうか!?」


 レノアの上目使いと勢いにたじろぎそうになるが何とか踏みとどまった。


「いや、俺ではない。知り合いに作ってもらった」


 また、レノアがグイッと近寄る、体が密着しそうな距離にドキドキしてしまうオーランド。


「でしたら紹介していただけますか!? できたら今すぐに!! 」


 動揺を一ミリも顔にも声にも態度にもださずに答えるオーランド。


「いや……それできない」


 今度は密着し、オーランドの制服を掴む。


「どうしてですか!? 」


「今、彼女はこの町に仕事でいない」


 レノアはその言葉にショックを受け静かにオーランドから離れていく。オーランドはちょっと寂しく思った。


「そ……そうでしたか。すみません掴みかかってしまって」


「問題ない。機会があれば紹介しよう」


 レノアはぱぁと輝いた満面の笑みになる。


「本当ですか!? ありがとうございます!! 」


 挨拶の時と同様に勢いよく頭を下げた。


「私にも紹介してくれますか? 魔法を嗜むものとして気になるので」


 オーランドはエレナが食いつくとは思わず驚いたが、特に気にすることでもなかったので承諾した。


「あっ、そういえばボタンが壊れた事情って何ですか? 」


 頭を上げたレノアは先ほどの会話で気になったところを質問する。


「ああ、実は事務所が襲われてな……」


 その言葉にレノアが食いついた。また、グイッとオーランドに寄って来た。


「その話について詳しく教えていただけますか! 」


「ああ、昨日……」


 オーランドは昨日の話をし始めた。この話をオーランドは記者に話すつもりだったのでスラスラと言えた。しかし都度、レノアが質問をするので話し終えるのに予想の3倍はかかってしまった。


 一通り話し終えた後、レノアは満足げな顔をしてメモ帳をしまおうとした。しかし、何か思い出したように「そういえば……」とオーランドに切り出した。


「どうした? 」


「いえ、ここにくる前に剣聖が昨晩から今日の早朝まで町中を血眼になって走っていたと話す声が聞こえまして」


「……パトロールだ」


 オーランドは内心焦っていた。一晩中なくした財布を探していたなんて口が裂けても言えない。しかも、ポケットの中をよく探したら、「いただきました。ナンシー・ネルソン」と書かれていた紙があったなんて言えない。絶対にこれは女性ファンがつくどころか幻滅されてしまうと考えたオーランドは誤魔化すことにした。


「私も気になって聞いてみたんですが、とてもパトロールには見えなかったと。何か鬼気迫るものがあったと伺っていますが」


「気のせいだ。もしそう見えていたのならそいつは何かしら犯罪をしようとしていたのかもしれないな」


 財布を必死に探している様子を相手が犯罪をバレそうになって怖がったのだろうとレノアに対して印象操作を図るオーランド。特に何もしていない町民達を犯罪者のように扱う姿に騎士の誇りなどなかった。


「なかには、地面に這っている姿を目撃した人もいますが」


「危険物の確認だ。最近は物騒だからな」


 エレナはオーランドを冷ややかな目で見ていたがオーランドは何も気づかなかった。


 これ以上の追求を避けようとオーランドはレノアをパトロールに連れ出すことにした。


「さて、ここでじっとしていても記事にしにくいだろう。よかったらパトロールに同行しないか? 」


「はい、喜んで! 」


 オーランドは、ほっと一息ついた。


「そしたら私、行きたいところがあるんですけどよろしいですか? 」


「町内ないなら構わない」


 レノアは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「はい! この町のホエール銀行に行きたいです! 」


 なぜ銀行? と思ったが、オーランドにもなくした財布の中に入っていた銀行券を再発行するために銀行に用があった。


「分かった。俺も用事があったところだ」


「リベラも同行してくれるか? 」


 オーランドは銀行券を再発行している間にレノアを相手してくれる人間が欲しかったのでエレナに声をかけた。もちろん、優秀とはいえエレナは配属2日目の新人。1人にしておけないという理由もある。


「はい」


「ではいこう」


 パトロールの準備を終えた三人は事務所から出る。事務所からはレノア、オーランド、エレナの順に出る。その後、レノアがもう一度事務所に入ろうとして見えない何かにぶつかった。


「本当に見えない扉があるんですね」


 自分がぶつかった恐らく見えない何かがあるところを感慨深く、ペタペタと触れていた。

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