剣聖は賞金首を助けたい

捕まえた奴らを事務所に戻って取り調べた後牢に入れたオーランド。一息ついていたところ、一人の女性が事務所を訪ねてきた。


「あの、自首したいんですけど」


「……自首? 何の罪だ? 」


「……これです」


 女は手配書を差し出した。写っている女性の顔は明らかに目の前の女であった。


 自首してきた女性は黒髪黒目。首の中間までの髪の長さで身長はだいたい160cm。伏目がちな目はオーランドの保護欲を掻き立てた。


 オーランドは女性を椅子に座らせた。


「コーヒーを淹れよう。エレナは彼女を見張っていてくれ」


「はい」


 キッチンへと向かうオーランド。お湯を沸かしながら最近発売されたインスタントコーヒーを棚から取り出す。瓶の中に入った粉をカップに入れた後お湯を入れることで美味しいコーヒーができる。オーランドは発売当初から愛用していた。


 コーヒーを淹れ終えたオーランドは来た道を戻っていく。


「待たせたな」


 カップを一人一人の前と置く。砂糖とミルクも忘れずに持ってきた。気遣いのできる男はモテると恋愛指南書「これさえ読めば今日からあなたもモテ男! 」に書いてあった。


「……ありがとうございます」


「ありがとうございます」


 女性がカップに手を取り一口飲む。エレナは砂糖を三杯淹れた後ミルクを少し入れていた。


「美味しいです」


「そうか」


 内心の嬉しさを微塵も出さずにぶっきらぼうに答える。騎士訓練時代にいた、感情を表に出さない男はなぜかモテていた。その頃からオーランドは基本感情を表に出さないようにしている。


 オーランドは女性が持っていた手配書を見ながら棚を漁り一冊のファイルを取り出す。それを机の上に置き女性の斜め前の席に座る。対面の席はエレナが座っていた。ファイルにある女性の情報を確認していく。


「名前はナンシー・ネルソンで間違いないな」


「はい」


「罪状は強盗にスリか。強盗は3件、スリは15件被害届けが出ているな」


「どうして自首しようと思ったんですか? 」


 エレナが聞く。オーランドも気になったので耳を傾ける。


「命を狙われているんです」


 ナンシーは下を向いて震えていた。


「……理由を聞いてもいいですか? 」


 エレナが優しく問いかける。


 ナンシーはカップを両手で包み込むように持ちながら話し出す。


「盗みを働いたからだと思います。その男は賞金稼ぎをしているんですが、用心棒代として付近の村からお金を巻き上げているんです。なので懲らしめてやろうと思って金品を盗んだんです。そしたら命を狙われるようになりました」


「そうか。理由はどうあれ今は俺達がいる。犯罪者だからといって見殺しはしないから安心してくれ」


「ありがとうございます」


 ナンシーはカップに入ったコーヒーを安心したように飲む。するとぐーと誰かが空腹を訴えた。


「そろそろ、昼時か。何か食事を買ってこよう。リベラは……」


 オーランドがエレナに指示を出そうとした時、連続する銃声と共に壁を数多の銃弾が貫いた。オーランドは剣を抜き銃弾を全て叩き落とした。一瞬の出来事であった。エレナは悲鳴をあげるナンシーを魔法で作った結界で守っていた。


「俺は外に出る。エレナ達は事務所の中にいてくれ。余裕があったら牢の方の様子を見てくれ」


 エレナが頷いたことを確認したオーランドは外に出る。外には銃身と持ち手が長い銃を持った男がいた。銃口は事務所を向いていた。男は細身で長身、長い黒髪を後ろで束ねたシルクハットにスーツというオーランドから見て戦いにくい格好に見えた。


「一応聞いておこう。誤射か? 」


 男は笑みを浮かべて答える。


「間違いなくあなたの事務所を狙いましたよ。中にいる奴ら全員を殺すつもりで撃ったんですがねぇ」


 オーランドは堂々とした足取りで男に近づく。


「そうか。残念ながら、俺含め全員無事だ。お前が下手で助かった」


 男は額に青筋を浮かべた。


「言ってくれますねぇ」


 男は銃に魔力を込めて、発砲する。狙いは頭。オーランドは剣で弾を叩き落とした。


「お前が俺を狙う理由はなんだ? 」


「別にあなたを狙っているわけではありませんよ。ただあの女を殺したいだけです」


 オーランドはナンシーが言っていた賞金稼ぎはこの男のことだと思った。


執念深い男は嫌われると恋愛指南書「モテ男が絶対にしてはいけないこと」にも書かれていた。目の前でみると醜いものだなという感想が浮かんだ。


しかし、犯罪とはいえ盗み、恨みを持つのはわかるが騎士事務所に銃弾をぶち込むほど恨んでいるとは思えなかった。それに相手は賞金稼ぎ、生捕りにした方がもらえる賞金は増える。それなのにナンシーを殺そうとする理由がわからなかった。


「ナンシー・ネルソンは自首した。あとはこちらに任せろ」


「自首したからなんだというのです? 私が奪われたものは帰ってこないんですよ」


 男の顔から笑みが消える。俯き体は小刻みに震えていた。


「殺したところで意味はない」


 オーランドは何か金品だけではない深い事情があるのかもしれないと思った。


「奪われたら奪い返すのが私の流儀でねぇ。あの女には命を持って償っていただく」


「……一体何を奪われた? 」


「家族ですよ」


 オーランドは息を呑んだ。信じられなかった。ナンシーがそこまで卑劣には見えなかったのだ。しかし、目の前の男を見ると嘘ではないと感じざるを得なかった。そう思わせる迫力が男にはあった。男は語り出した。


「私が金品を盗まれたことを妻に話す過程でナンシーと浮気をしていたのがバレてしまい離婚、親権も失い、慰謝料まで請求されました。全てはあの女のせいで……!」


 オーランドは一瞬で男に近づいた。腹に一発入れて気絶させる。


「器物破損並びに殺人未遂で逮捕する」

 (なんでこいつの方がモテるんだ)


 ――――夕方

 オーランド、エレナ、ナンシーの三人とこの日に捕まえた犯罪者達は駅にいた。目の前の列車に犯罪者達を乗せていく。この列車は1日一本しかなく、アンスリウム地区の全ての街を通り、地区唯一の刑務所へと行く。1日で捕まえた犯罪者とそれらを護送する騎士が乗っている。


「オーランドさんとリベラさんにはとてもお世話になりました。本当にありがとうございました」


「気にするな」


「仕事ですから、気にしないでください」


 ナンシーはオーランドを見る。


「特にオーランドさん。銃弾から守ってくれた時すごくかっこよくて、……好きになっちゃいました」


 ナンシーはオーランドに近寄り、オーランドの両手を包み込むように握った。けれどすぐに顔を下に向けてしまう。


 「ごめんなさい、こんな私じゃ迷惑ですよね? 」


 内心のドキドキを顔に出さず極めて冷静に答えた。


「そんなことはない。人を好きなるのは自由だからな」


 その言葉にナンシーは顔をばっとあげて、先ほどの雰囲気からは考えられないほどの笑顔になった。


「ありがとうございます! ちゃんと罪を償ったらまた会いにきてもいいですか? 」


 声の調子も明るくなっていた。


「もちろんだ」


 列車の汽笛が鳴る。


「そろそろ乗らないと、本当にありがとうございました! 」


 ナンシーは頭を深く下げて、列車へと乗り込んでいった。


 列車を見送ったオーランドとエレナは町に戻って行った。


「よかったんですか? 」


「ああ、あれでいいんだ」


オーランドは犯罪者すら更生させて惚れさせる自分のテクニックに自信を持った。この十数年間は無駄ではなかったと心の底から思っていた。オーランドはエレナが何か納得できない様子なのに気づいていたが、恋は誰でもしていいものだと理解できるようになるといいななどと考えていた。

 

 ――――帰宅したオーランドは自分の財布がなくなっていることに気づいた。

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