番外編 隠文課:日斎技官の記録
壊れたガラスペン
番外編 隠文課:日斎技官の記録
ああ、それは私の一目惚れだった。
超常氏族の子として英才教育を受けてきた私。それはとても窮屈なことだった。そして公僕として、初めて職場に通された日。あの日のことは忘れもしない。あの人と出会ったのは。
「はじめまして! 隠文課に配属された、
そう初めての挨拶を行ったときに目が合った先輩。それが一目惚れだった。
文化芸術省 大臣官房 隠文課は文化・芸術からの超常現象に対処する特別内部部局という外局相当の権限を持つ超常の司令塔だ。つまり、とても大きな仕事を任されることになるのだ。
私は技官として現場に派遣されることが多かった。そして篠宮先輩は文官として、内勤が多かった。つまりあまり出会わなかったのだ。同じ部署でも、そこには大きな壁があった。ただ、現場での報告書のチェックを先輩が行ってくれるかも。そう思うだけで、やる気が出たのだ。庁舎の廊下ですれ違う、ただそれだけで嬉しかった。
経験も積んできて、ギリギリ新人くらいになったとき、ある見落としをしてしまった。つまらない見落としだ。とある祭事で人工的地脈と干渉したという事案だった。私はそれを見落とした。名門の超常氏族と言われる日斎家の出自なのにだ。これはあってはならない大失態なのだ。
でも篠宮先輩は優しかった。文化的・芸術的観点からの評価には問題なし、と言ってくれたのだ。もう少し周囲の記録を組み込むべきだとも進言してくれた。嬉しいかった。私の報告書を読んでくれた、それだけで天にも舞い上がってしまいそうだった。
それから、少し手を抜くようになってしまった。意識してか、無意識か。私にもわからなかった。また、私を見てほしい、ただそれだけだった。
ただ、篠宮先輩だけが報告書のチェックを行うわけでもないのだ。どうにか篠宮先輩にチェックしてもらいたい。神頼みすらした。安易に神頼みするとは、日斎家としてあるまじき行為でもあった。それでも、神にでもすがりたかったのだ。どうか、篠宮先輩にまた見てほしい、注意してほしいと。願ったのだ。
だが、そんなことをしていてバチが当たったのだろう。いや、それは失礼だ。ただ、篠宮先輩が優秀だったのだ。二十一世紀・特別交渉団という計画が立ち上がっていた。そしてその交渉団の一員に篠宮先輩は選ばれたのだ。
ああ、なぜだろう。素直に喜べない自分に腹が立つ。篠宮先輩の栄転だろう。なのに、私の報告書のチェックをもうしてもらうことは無くなった。そう思うと胸が苦しくなった。
私は報告書を提出する。そして、それが積み重なるのをみて、悲しい気持ちになる。私にとっては一枚ごとに心を込めた恋文だったのだ。もうこれを篠宮先輩が見ることはない。そう思うだけで積み重なる紙束のように心が重くなった気がした。
ああ、一目惚れなんてするんじゃなかった。こんな苦しさを味わいたくなんてなかった。本当の失恋は苦いものなんだと初めて知った。でも、この恋文たちを誰かに読んでもらえたら、それだけで救われるのかもしれない、と、かすかに思うのだった。
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