第15話 アニメの動きの作り方
朝のスタジオ。
ゆらが絵コンテ用紙を抱えて、無理に明るく振る舞いながら真琴とこよりのところへやってきた。
「見て見て!新しい構成考えたの!」
しかし真琴は、自分の描いた絵と神崎涼のイラストを見比べていた。
その手が、小さく震えている。
「真琴ちゃん?」
突然、真琴の目から涙がこぼれた。
「もう無理や……神崎さんには勝てへん」
液タブのペンが手から落ちる。
「何度見ても、表現力が違いすぎる。
うちの絵なんて、子供の落書きや」
ゆらとこよりが慌てて駆け寄る。
「折原さんを呼んでくる!」
こよりが走り出した。
* * *
折原が来ても、真琴の涙は止まらなかった。
「真琴……」
折原も神崎の絵を見つめる。
確かに圧倒的な差がある。この差をどう埋めればいいのか。
折原は真琴の震える手を見つめるしか今はできなかった。
* * *
こよりがはっとして声を上げた。
「……見つけた」
何かヒントがないか一人見ていた過去のPrism☆Stella映像。
その中のダンスの終わり、決めポーズの瞬間。
「呼吸してる」
こよりが画面を指差す。
「静止の直前、髪が落ちて、胸が上下して……
この『間』があるから、次の動きが生きる」
折原の目が見開かれた。
「そうか……生きている、か」
振り返って真琴を見る。
「真琴、アイドルだった君にしか描けない動きがある」
「頭の中にはあるんはわかっとるんです」
真琴が嗚咽混じりに言う。
「理想の動き、表情、仕草……全部見えてる。
でも、それを絵にできへん。手が追いつかへんのです」
「理想が見えているなら、なんとかできるかもしれない」
折原がスマホを取り出す。
「彼女なら、多分君の『頭の中の動き』を形にする方法を知ってる」
* * *
1時間後。
スタジオに現れたのは、ぽっちゃりとした体型の女性だった。
「修ちゃん、ちゃんと寝てる?」
篠田美咲が笑いながら折原の肩を叩く。
「篠田さん、今日は本当に——」
「はいはい、分かってるわよ。で、どの子?」
篠田が真琴の前に立つ。
涙の跡が残る顔を見て、優しく微笑んだ。
「泣いてたのね。大丈夫、私に任せなさい」
そして突然、篠田はその場で大きく深呼吸を始めた。
太った体を懸命に動かして、ジャンプまでしてみせる。
「アニメーターは絶対自分で動くの!」
汗を拭きながら言う。
「重心と体の軌道、これを徹底的に意識する。
頭の中の動きを、まず自分の体で再現するのよ」
真琴が目を見開く。
「自分で……動く?」
「そう!アイドルやってたなら分かるでしょ?
踊る時の体の感覚、覚えてる?」
真琴が立ち上がり、ゆっくりと腕を動かす。
ステージでの記憶が蘇る。
「メリハリよ。静と動の」
篠田が実演しながら続ける。
「関西人でしょ?感情表現、大きめでしょ?
それを線に込めるの」
真琴が液タブに向かう。
今度は違った。体の動きを思い出しながら、線を引く。
「あ……描ける」
手が滑らかに動き始めた。
* * *
「ところで修ちゃん」
篠田が作業を見守りながら口を開く。
「まだ独身?あの子に振られてから仕事一筋?」
折原が慌てる。
「それは10年も前の——」
「へぇ〜、折原さんにもそんな過去が」
ゆらが興味深そうに見つめる。
真琴とこよりも手を止めて振り返った。
「い、今は仕事の話を」
折原が話題を変えようとするが、3人の視線は熱い。
* * *
夕方。
ついに5秒のラフ動画が完成した。
「できた……できました!」
真琴が感極まって、思わず折原に抱きついた。
「折原さん、ありがとう!」
折原が優しく真琴の頭を撫でる。
その様子を、ゆらとこよりがじっと見つめていた。
画面には、呼吸する少女。
髪がなびき、服が揺れ、瞳が生きている。
たった5秒。でも確かに、命が宿っていた。
* * *
夜。折原家のベランダ。
折原が一人、夜空を見上げていると、ゆらが現れた。
「篠田さんが言ってた人って……」
ゆらが隣に立つ。
「10年前の話だ。もう忘れた」
「じゃあ、今は?」
ゆらが折原を見つめる。
月明かりが二人を照らす。
距離が、少しずつ近づいて——
「ゆら!」
真琴とこよりの声。
二人が屋上に駆け上がってきた。
「何2人だけで話してたん?」
「……怪しい」
ゆらは一瞬、慌てた顔をしたが、すぐに笑顔を作る。
「な、なんでもないって!」
* * *
翌日の昼過ぎ。
SNSが騒がしくなった。
『ノースブリッジの新作動画流出!』
昨日作ったばかりの5秒動画が、すでに拡散されていた。
「まだ誰にも見せてないのに……」
こよりが青ざめる。
「スタジオの誰かが……?」
真琴が不安そうに周りを見回す。
折原も眉をひそめた。
「内部の人間しか知らないはずなのに…」
窓外の太陽がすっと雲に隠れた。
まだ2時だというのに、制作部屋は色を失っていた。
【お礼】
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
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これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!
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