第14話 私、まだ終わりたくない

「青山チーム、何か動きがあったみたいですね」

 朝のスタジオで全員がモニターの前に集まっていた。こよりが淡々とSNSをチェックする。

 次の瞬間、画面に映し出されたビジュアルに、全員が息を呑んだ。


「これ……」

 真琴の声が震える。

 

 pixivで超人気イラストレーター、神崎涼が描いたキャラクタービジュアル。

 繊細な線画、息を呑むような配色、光と影の完璧なバランス。まるで今にも画面から飛び出してきそうな存在感。

 

「再生数、3時間でもう50万……」

 ゆらが思わずつぶやく。

 

 神崎のビジュアルだけでなく、それに合わせてLuna☆Voiceの新曲『Stellar Dream』のサビが流れている。

 有名ボカロPの作詞作曲、著名アニソン作曲家の編曲。

 三人の声が見事にハーモニーを奏でていた。


 コメント欄が次々と更新される。

『これもう優勝だろ』

『神崎涼+Luna☆Voice最強すぎ』

『プリステ始まる前から負けるwww』


 真琴が自分の描いたキャラデザインを見下ろす。

 手が小さく震えていた。


「私たちの企画……子供の遊びみたい」

 ゆらの声に、いつもの明るさがない。


「……クオリティも知名度も、何もかも負けてる」

 こよりが呟く。


 折原だけが、言葉を失ったままモニターを見つめていた。

 その沈黙が、逆に全員を不安にする。

 

 ——折原さんが何も言ってくれないのが……一番怖い。

 

 ゆらは心の中でそう思った。

 いつも冷静に分析して、道を示してくれる折原が、今は何も語らない。


「これは……厳しいな」

 島尾社長の言葉が、重く響いた。


   * * *


 その夕方。

 誰も夜まで作業しなかった。ゆらたちが入社して以来、初めてのことだった。


 自室で、ゆらは『星詠みのアストライア』第8話を見返していた。

 あの感動的な屋上のシーン。主人公が希望を取り戻す瞬間。

 でも今は、どこか遠い世界の話のように感じる。


「答えが……見えない」


 画面に映る折原の演出。

 5年前、これを見て「私もアニメを作りたい」と思った。

 でも現実は——。


   * * *


 真琴の部屋。

 液タブには何度も描いては消された線の跡。


「なんで……なんでこんなに違うんや」


 神崎涼のイラストと、自分の絵を見比べる。

 圧倒的な差。埋められない溝。

 

 ペンを握る手に力が入らない。


   * * *


 こよりは、壁一面のスケジュール表を前に座り込んでいた。

 付箋で埋められた予定。でも、このまま進めて意味があるのか。


「……時間だけは、平等なのに」


 小さく呟いて、膝を抱える。


   * * *


 リビング。

 折原はソファでうずくまってぼーっとテレビのバラエティを見ている。

 母親は何も言わず食器を洗っていた。


「俺には無理かもしれない」


 ふと、ついてしまった言葉。

 母親は息子の顔をじっと見る。


「修ちゃんらしくないね」

「らしくないって……俺はもう35だ。若い子たちに夢を見させて、でも現実は——」

「それでも」

 母親は優しく微笑んだ。

「あの子たちのまだ諦めてない気がするけどねぇ」


   * * *


 深夜。

 ゆらはベッドで天井を見上げていた。


 ——勝ちたい。


 胸の奥で、小さな炎が揺れる。

 

 ——だって……折原さんが笑ってくれる未来を、私は見たいから。


 いつの間にか、「憧れ」は違う感情に変わっていた。

 折原を喜ばせたい。その笑顔が見たい。

 それが今の自分を動かす、一番の理由だった。


   * * *


 翌朝。

 スマホの通知音が鳴り響く。


『元プリズムステラ、制作中止か?』


 ネットニュースの見出しが目に飛び込んできた。

 記事には、初期段階のラフ画が添付されている。

 まだ誰にも見せていない、ボツになった初期案。


 コメント欄が炎上していく。

『素人の落書きレベル』

『これで神崎涼に勝つつもりwww』

『プリステOGってこの程度』


「誰が……」

 真琴の顔が青ざめる。

「うちらの中に、裏切り者が……?」


 こよりが全員の顔を見回す。

「疑いたくなんかない。でも……」


「やめて、そんな顔……」

 ゆらの声が震えた。

「私たちは、チームでしょ……?」


 しかし、一度芽生えた疑念は消えない。

 スタジオの空気が、凍りついたように重くなる。


   * * *


 深夜の折原家のベランダ。

 折原は一人、空を見上げていた。

 東京の夜空に、星はほとんど見えない。


「折原さん……」


 振り返ると、ゆらが立っていた。

 パジャマの上にカーディガンを羽織って。


「眠れないのか」

「折原さんこそ」


 ゆらが隣に立つ。

 夜風が二人の間を通り抜けた。


「怖いんですね」

 ゆらの言葉に、折原は少し驚いた顔をする。

「折原さんも、怖いんだ」


「……強がるの、疲れた」


 初めて聞く、折原の弱音。

 ゆらは、そっと折原の腕を掴んだ。


「なら、強がらなくていいです。私の前では」


 ぎゅっと、腕を掴む力が強くなる。

 抱きしめたい衝動を、ぎりぎりで抑えながら。


「私、まだ終わりたくない」


 ゆらの瞳に、小さな光が宿る。


「折原さんと……ここで」


 折原が、初めてまっすぐにゆらを見つめた。

 その瞳の中に、何かが揺れている。


「ゆら……」


 名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。

 

 星のない空の下で、二人はただ見つめ合っていた。

 希望という名の、小さな光を探すように。


【お礼】


 ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。


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 これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!

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