正義?信仰?興味ありません。腐敗した宗教ですが給料と地位が最高なので何もしません
巫山戯
しゅくせ〜い
教会という名の屋敷の朝は、今日も気持ちがいい。
窓から差し込む光は柔らかく、白い回廊はぴかぴかに磨かれている。廊下を歩く神官たちの足取りも軽く、どこか楽しげだ。
良い朝だ。
俺は支給品の法衣に腕を通しながら、そんなことを考えていた。
布は上等で、変なチクチクもしない。
鏡に映る自分の姿も、なかなか様になっている。
「今日の朝ごはんはっと…」
いつものように朝食は焼き立てのパンと甘い果実酒。
これが毎日出てくるのだから、文句の言いようがない。もっとも食べない日もあるが。
ふと外の景色を見るとスラム街が目に入る。そこにいる人々は服は破れ、肌は汚れ、包帯の代わりに布切れを巻いた者も多い。朝だというのに活気ではなく疲弊だけが漂っていた。子どもでさえ、目が笑っていない。
魔神教の総本山である聖都で見かけるやつは肥満な奴ばかりで、あまりにも対照的だ。
食後、俺に仕える使用人から封筒が渡される。
赤い封蝋。はいはい、粛清命令ですね。半年ぶりだね。どうせまたお布施という名の集金を払えなかったとか、魔神教にとって邪魔な存在でもいるんじゃない?
「村番号九十三。異端思想の疑い。異端審問へ向かえ。場合により住民全員、処理を許可」
短くて分かりやすい。
余計な感情を挟む余地がないのも、好ポイントだ。この封筒では異端審問へ向かえとだけ書かれている。だが実際のところ、それは全員殺せと言う命令だ。
もうわかっていると思うが、俺の所属する宗教団体魔神教は腐っている。それは俺でも分かる。
分かるけど、だから何だという話だ。
給料はいいし、危険手当も出る。
失敗しても大抵のことは上が責任を取る。
俺の立場も上々。人間関係のストレスもゼロ。
――最高の職場環境だ。俗に言うホワイト企業だな。
◇
村はのどかだった。
青い空、風に揺れる麦畑、元気に走り回る子どもたち。
いい場所だな、と思う。田舎ってたまに来ると良いよね。住みたいとは思わないけど。
まあだからといって、仕事が変わるわけでもないけどね。
俺が姿を見せると、村人たちは一瞬で察した。
俺は今魔神教から支給されている鎧を身に纏っている。それには魔神教のマークが付いている。要するに聖印ってやつだ。本当に便利なことで。
「あ……あの、聖騎士様?」
どうも異端審問でーす。
「こんにちは」
「聖騎士だ……!」
村の入り口に立った瞬間、誰かがそう声を上げた。
様を付けろ、様を。俺達聖騎士はそこら辺の人だったら殺しても許される権限があるんだぞ。
っておやおや顔が青くなってらっしゃる。かわいそうに。というか返事が返ってこないね。
それでは今度はもっと笑顔にもう一度。
「こんにちはー」
俺は手を軽く上げて挨拶した。
営業スマイル、というやつだ。
「こんな辺境へきょ、今日はどのようなご用件で……?」
村長らしき中年の男が、引きつった笑顔で近づいてくる。
額には汗。声は裏返り気味。
「ええとですね。ちょっとした確認作業です」
「か、確認……?」
「はい。教義への理解度チェック、みたいなものです」
というわけでやっていきましょう!まあどう答えてもやることは同じだが、一応俺はこれを毎回やっている。戦争と同じで一応理由を作ってから処理しないといけないしね。
「もちろん、我々は神様を敬っておりますとも!」
「毎週の祈りも欠かしておりません!」
「子どもたちにもきちんと教えています!」
周囲の村人たちが一斉に頷く。
必死さが伝わってくる。
がんばれーがんばれー。
「それは素晴らしいですね」
俺は感心したように頷いた。
実際、努力はしているのだろう。別の神へね。村に入った時に魔神教とは違うロザリオを首からかけている1人の村人を見た。俺が来たとわかった瞬間、その村人は胸に隠したみたいだが……聖騎士の眼光を舐めちゃいけないよ。
「では、一つ質問です」
「は、はい!」
「“神殿の判断は常に正しい”――これは真ですか?」
一瞬、沈黙。
村長は喉を鳴らし、ゆっくりと答えた。
「……も、もちろんです」
「即答じゃないですね」
「い、いえ! 考える必要がないほど当然という意味で――」
「ああ、大丈夫です」
俺はにこやかに手を振った。
「もう結果は出てますので」
「……え?」
村長の声が、間の抜けた音になる。
「え、結果、とは……?」
「異端です」
はっきり告げると、周囲がざわついた。
「そ、そんな……!」
「待ってください! 何かの間違いです!」
「お金なら! 寄進ならいくらでも――!」
今の世の中異端と認定された者は問答無用で死刑だもんね。そら必死になるよ。
「お気持ちはありがたいんですが」
俺は少し困ったように笑う。
「寄進額はもう基準を満たしていませんし、
それに今回は“見せしめ”枠なので」
異端者を全員殺しまわってると集金が少なくなっちゃうからね。からと言ってほっておくと調子に乗るからこうやって時々釘を刺さないといけないんだよね。
「み、見せしめ……?」
「はい。運が悪かったですね」
あくまで、明るく。
誰かが泣き出し、誰かが俺の足元に縋りつく。
「お願いします……! 子どもだけでも……!」
「うーん、それは規定違反ですね」
俺は首を傾げる。
「例外を作ると、上に怒られるんですよ」
「……神は、こんなことを望んでいない……!」
震える声で、若い男が叫んだ。
「そうかもしれませんね」
俺はあっさり頷いた。
「でも、今の時代は神より神殿のほうが偉いので」
「……っ!」
言葉を失う村人たち。
「では、始めます」
俺は一歩下がり、魔法陣を展開する。
「あ、安心してください」
付け加えるように言った。
「すぐ終わりますし、痛みも最小限です」
「そ、そんな……」
「それに」
俺は少し楽しげに続ける。
「今日中に戻れそうなので、
個人的には結構ありがたい任務なんですよ。ボーナスも出るし」
返事はない。
あるのは、恐怖に歪んだ表情だけ。
「それじゃあ」
俺は軽く会釈した。
「お世話になりました」
俺はにこやかに挨拶し、魔法を起動する。
会話はここまでで十分だ。
村はすぐに慌ただしくなる。
叫び声、走る音、祈りの言葉。中には村から逃げ出そうと走り出すものもいる。だがもう間に合わない。
だけど、空は相変わらず青いし、風も気持ちいい。
仕事日和だな、なんて思いながら、俺は一つ一つ片付けていく。
罪悪感?
特にない。
怒り?
もちろんない。
人を殺している、という実感すら、正直あまりない。
書類処理みたいなものだ。
少し手間はかかるけど、慣れれば単純作業。
むしろ、効率よく終わらせられた日は達成感すらある。
破壊属性を乗せた魔力を村全体に広げさせる。魔力に当たった者達は塵となって崩壊していく。
「よし、予定通り」
正義?信仰?興味ありません。腐敗した宗教ですが給料と地位が最高なので何もしません 巫山戯 @279936
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