第2話 絶望の道ーディスペア・ロードー

―魔法戦模擬場にて


「じゃあ、皆さん一斉にでいいので私にかかってきなさい」


 一人、生徒たちから離れた所に立つ華扇先生。

 その先生の言葉にいち早く反応したのは、ガオ。


「ぶちのめされても文句言うんじゃねぇぞ!!〈炎拳えんけん虎爪こそう〉」


 拳に炎を纏う。その炎は大きな獣の手のような形をとっていた。


「おら、おら、おら、おら、おら、おら、おら、おら、おらぁ」


 何発か殴り続けているのに、華扇先生は、そのすべてを魔力のみで受け流していた。

 ガオは華扇先生の隙をついて、足に魔力を集中させ、蹴り上げる。


「〈獣脚じゅうきゃく〉」


 ガオの蹴りを華扇先生は片手で受け止め、そのままガオを蹴り飛ばした。


「魔力の扱いが雑すぎますね、力任せにやっているという感じが強いかな。あぁ、そう言えば私の実力を見せるんだったな〈羅喰らく〉」


 回る闇のような風が、華扇先生の手から放たれ、ガオに向かって向かっていった。

 その魔法は、辺りにある空気、魔力を抉る。


「な....!!」


 絶句するしかなかった。それは、とてつもない威力である。

 だが、その威力は長く続かない。50cm程しか進んでいないように見えた。


「はは、はははは。大したことねぇじゃねぇかよ、ビビらせんな!!」


 ガオは震える声を抑えるように、大きな罵声を浴びせる。


「じゃあ、もっと見ますか?」


 そう言うと、華扇先生はガオの背後に立っていた。華扇先生の右手はガオの頭を押さえ、左手はナイフを持って首にあてていた。


「ぇ...」


 ガオの口から声が抜け落ちる。


「もっと魔力をうまく使ってはどうです?あなたは少々魔法に頼りすぎですね。魔力を感じれば、今だって私が来るのを感じられたはずですよ」


 あぁ、この人は努力をした才なのだろう。故に、強い。


「さぁ、来なさい」


 その目はまるで得物を見るようだった。

 僕たちは怯えながら、向かった。向かうしかなかった。現状維持も、逃げることも許してくれない圧の前には、僕たちの意思なんてものは存在しなかった。

 華扇先生は言った「弱者は、強者の得物になるだけです」と、まったくその通りだった。

 元々分かっていた気はしていたのだが、ここまで来ると自分が滑稽に思えてくる。



 華扇先生が生徒全員をのめしたころだった。


「またやっているのか!華扇」


 男が校舎の方からやってくる。


「おや、グラディさん。どうなされました?」


 男の正体はグラディという人らしい。


「どうなされましたって...ハァ、この子たちの治療をします。あなたもやってください」

「確かに、面倒になる前にそうしときましょうか」

「それだと私が何かをもみ消そうとしているみたいじゃないですか⁉」

「あれ違いましたか?」

「違いますよ...そういえば今回、いい子いましたか?」

「そうだな、数人いましたよ。ガオ君とか...君やランス...く...」


 二人の会話がどんどん掠れていった。あぁ、僕ももうそろそろ限界らしい。



 ん、眩しい。


「おや、お目覚めですか?」


 確かこの人は昨日の、えっと......


「グラディ..先生?」

「おや?私のことを知っていたのですか?」

「いえ、昨日の先生たちの会話を...」

「あぁ、なるほど。そういうことですか」


 此処は、保健室だろうか?


「よかったよかった、無事に起きてくれて。もう少し休んでから授業に行くかい?」


 あぁ、今授業をやっているのか。そこまで気分も悪くないし、行くか。


「いえ、特に異常もないので行くことにします。ありがとうございました」

「そうですか。何か困ったことがありましたら、いつでも保健室へ」

「はい、では失礼します」


 保健室から出ると知らない場所であった。ここ何処だ?

 周りを見渡すと、大きな地図があったので見ることにした。

 えっと、ここは保健室だからここだ。場所は、東棟の一回の中心部。そして、1-Fは...西棟の2階か。意外と近いな。

 

 そう思ったのもつかの間だった。東棟と西棟の間が結構広くて、1-Fに着いたのは15分ほど経過した後だった。


「遅かったですね。魔力・魔法検査はもう始まってますよ」

「すいません」


 僕は、列の一番後ろに並んだ。


 ここでの魔力。魔法の測定は特殊な魔水晶によって行われる。

 冒険者にも魔水晶もあるが、それは属性しか調べることができない。けれども、ここのは魔力まで調べられる最高級魔水晶だ。

 その分、値段は数十倍とする。貴族が多い、ルーナエ・ルーメン学院等でしかできないだろう。


 皆、属性の数にばらつきはあるが、魔力値は平均1200から1500だった。普通の人の魔力量は600程度と言われているから倍はある。

 魔力値1200と言えば金級程度の実力である。


 そして、僕の番がやってきた。


 怖い、怖い、怖い、いらないといわれるのが怖い、怖い、怖い、怖い、ごみを見るような眼で見られるのが怖い、怖い、怖い、怖い、人が怖い。


「どうしました?ティック君」

「...あ、はい。大丈夫、です」


 僕はゆっくりと水晶へと手を乗せる。すると、水晶は、眩い光を放つ。

 先生はその光からどの属性の魔力感じるか、魔力はどのくらいかを確認している。

 

「おい、これはなんだ?何故、このようなものがこの学院に...それも、このクラスに?」


 先生のその発言に教室内がざわめきだした。

「なになに、そんなにやばいの⁉」「おい、マジかよ。そんな奴がこんな最低クラスに!!」「おい、最初にあいつに唾付けたの俺だからな」「うるせぇ、ガオ」「んだとー」


 そんな、声が聞こえてくる。それらに反応するかのようにどんどん声は大きくなっていく。

 でも、違うよ。僕はそんなんじゃないよ。


「うるさいぞ!静かにしろ!」


 華扇先生は怒り、強くそう言った。その言葉と同時に、生徒の歯と歯の隙間から聞こえる呼吸音が静寂の中で響いた。

 華扇先生は、僕の前に立ち、汚物を見るかのように僕を見下ろした。


「お前の適性属性は炎と風の二属性だけだった。それに、魔力量は650程度と来た」


 それを聞き、周りの生徒も分かっただろう。僕が無能だって。


「なぁ、お前の固有魔法はなんだ?」

「...付与魔術エンチャントです」


先生の圧に嘘をつけずに、真実を語った。

 それと同時にまた、ざわめきだす。

「付与魔術って言ったら、魔法を付与するごみと聞いたことがありんだが」「昔に付与魔術使いがいたよね」「おい、まだ使えなかったんじゃねぇのか」「こんな無能がいただなんて」「この学校の質が落ちてしまう」「屑が」「無能が」


「お前にはがっかりだ、ティック。いや、無能」


 華扇先生がそう言って、僕から離れてみんなの方に行った。


「さぁ、皆さん。授業をしましょうか、さぁ、皆さん席についてください。今日扱うのはさっき使った魔水晶です」


 皆、ぞろぞろと自分の席へと移動していった。

 僕も、泣きそうなのをこらえて席に行く。

 冒険者になろうにも知識がいるから、学ばなければならない。どんなことを言われようと学ばなければ生きていけないから。

 僕は席に着いた。チクチクと刺すような視線がいろんな方向から感じられる。

 華扇先生は教卓に着くと僕の方を見た。相も変わらず、汚物を見る目だ。


「まともに自分の場所に行くこともできないのか?無能。何を自分は人のような面をして、席に座っているんだ?あなたの場所は地べた、でしょう?」


 え...?


「さぁ、早くどきなさい。あなたには人権なんてものは存在しないんだ。人の席からだけろ」


 そんな...

 気づくと、液体が頬を流れていた。


「あぁ、汚らわしい〈フォン〉」


 華扇先生は、僕に向かって魔法を唱える。


「グヘッ!!」


 顔の横に現れた空気の玉によって僕は席を無理やり降ろさせられた。

 痛い、悲しい、辛い。


「あぁ、机に汚物が〈フオ〉」


 机の上にあったノートや教科書は燃やされた。


「やめて、やめて、やめて!!お願い、します。やめて、ください。お願いします」


 もうやめて、何もしないから。お願い、もう何も...


「はぁ、うるさいですね〈イェン〉」


 僕の頭の上に、同じくらいの大きさの岩が生成され、頭に落とされた。

 視界が赤く染まっていき、目が開けられなくなっていく。もう特に何も感じなかった。感じることのできなかった。


「はぁ、やっとうるさいのが静かになった。授業の妨害はしないでほしいですね」


 その言葉だけがかろうじて耳に聞こえた。

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