真犯人は笑っているよ 解答編


解決


 四条が、不意に口を開いたのは、三枝が皆を廊下へと押しやった後だった。

 あなたは皆と同じように廊下へと出て振り返る。四条のその差し迫った表情にあなたも思わず生唾を飲む。


「すまないが、スタッフはみんなもとの場所へと戻ってくれないか。僕たちだけで話がしたい」


 そう彼が切り出すと、三枝は周りを見渡し、四条の言う通りに皆を休憩室へと帰した。もちろん、残ったのはあなたを含む、一ノ瀬、二階堂、三枝と四条である。

 皆の姿が見えなくなると、四条は扉を開き、無言で皆を現場へと招きいれた。


「警察が来る前に、整理しておかなくちゃいけないことがある」


 そう切り出す彼に、あなたはこくりと頷く。そうしてじっと四条を見つめる。


「これは殺人だ。みんなもそれは分かっているよな。両手足を縛られて、自殺できるとは思えない。誰かが横山さんをここへ吊るしたんだ」


 あなたは頷く。四条はゆっくりと状況の整理を始める。

 横山がいなくなったのは稽古が終わった後だ。四条が最後に目撃してから、一度も誰も見ていない。

 食堂には初めに四条がいた。その後、あなたと一ノ瀬、二階堂が食堂でポーカーをしていた。そこへ三枝が現れ、劇場へ横山を探しに行った。

 このとき、劇場に横山の死体はなかった。建物の構造上、劇場への道は食堂の前を通らなくてはならない。空調の故障があり、部屋の扉は開けたまま。スタッフたちが劇場へいくにはこの扉の前を通らなくてはならない。

 そして、あなたたちが食堂へ戻ってから、四条が所用で、二階堂が菓子類を取りに部屋を出た。

 それぞれ、1ゲームの時間程度、およそ十五分ほどであった。


「――そして三枝が部屋を出て、劇場で死体を発見。悲鳴を上げた。これは間髪なく、時間では長く見積もっても五分ほどだったろう」


 一ノ瀬が、四条と二階堂に視線を向ける。酷く、怯えた目だ。そうして恐る恐る口を開く。


「何が……言いたいの?」

「――劇場を確認してから、君たち二人は劇場に立ち寄っていない。三枝も一瞬で、死体を吊るすことなんて出来ない。そして。――つまり、死体を吊るすチャンスがあったのは、僕と芳樹だけってことになる」


 あなたは驚いた顔で口元に手をやる。同じことを真っ先に頭に浮かべていたからだろう。


「そしてもちろん、僕や芳樹じゃない。それを立証する方法はまるでないんだけどね。あの時、暑さを紛らわせようと廊下へ出たが誰にも会うことはなかったし」

「だから、こうして話の場を作ったわけね」


 あなたはそう四条に同調し、そうして初めて考えを巡らせた。もし、四条が犯人でないというのなら、どこかにその理由があるはずなのだ。


「――まず、横山さんはいつ亡くなったのかしら。食堂に一度も顔を出さないってやっぱりおかしいわ。こうなってしまったのなら、もうあの時、すでに横山さんが亡くなっていたと考えるのが妥当よね?」


 言いながら、あなたは三枝に視線を送る。三枝は渋々、頷いて答える。あまり関わりたくないのだろう。一ノ瀬は不安からかあなたの腕に抱きつくようにして立っている。


「死体は、どこかに隠してあった。電気の落ちた劇場で、私たちはそれを見逃し、そして誰かがそれを僅かな時間で吊るした」


 しかし、力の問題がある。横山は肥満体系である。あなたを含む女性陣にはとても持ち上げられるものではない。一ノ瀬曰く、例の木箱と横山の体重は同じくらいであるなら、四条や二階堂も一人では死体を上へあげることは出来ない。しかし、あの時は、二人はそれぞれ別々に部屋を後にしていた。死体を二人で上げるチャンスはなかったことになる。

 二階から、死体を降ろす方法もあるが、あの時、二階部分には死体を隠すようなスペースはなかった。

 あなたが辺りを見回す。まだ四条たちを犯人と決め付けられないのだろう。それはそうだ。まるでお膳立てしたように彼らは疑われている。違和感がそこにあるから、あなたは考えを巡らせる。

 “私”は、そっと木箱の傍に立った。見上げると死体は静かに下を見下ろしている。警察が来るまで、現場は保存しなくてはならない、確か四条が言った言葉だ。

 あなたはふと気付き、口を開いた。


「木箱を使ったのかしら。ロープをちょうどよい長さに切って、中身を抜いて上へあげた。そうして横山さんの首にロープをかけ、中身を箱に入れていった。そうすれば、中身の重みと僅かな力で死体をあげることが出来る」

「無理よ」


 そう口を挟んだのは三枝だ。


「横山さんは、練習のあと、木箱をまた下へ降ろしていたわ。もしあなたのいう通りにして死体をあげたのなら、木箱の本を一旦抜いて、箱を上へあげ、ロープを横山さんの首へかけ、本を持って上がって、箱に詰めたってことよね。横山さんの体重は知らないけど、たぶん七十kg以上はあるんでしょ。それだけの本を持って上がる時間なんてなかったはずよ」


 言われてあなたは口を噤む。現状、与えられた時間は十五分とされている。三枝の言う通り、あなたの考えではとてもじゃないが、死体を吊るすことは出来ない。

 あなたは考えを巡らせる。違和感の正体に未だ気付けていないのだろう。“私”はため息を零し、死体の足先へと視線を移した。


 ――どうして、足を結ぶ必要があったのだろう、いや、そもそも四条たちが犯人であるなら、このような死体の状態は避けるべきなのだ。


 そこで、あなたははたと気付く。


「どうして、自殺に見せかけなかったんだろう」


 え、と一ノ瀬が声を出した。


「だってそうじゃない。首吊り死体って、自殺のテンプレートじゃない。どうして一見して他殺体と分かるようにしてあったのかしら。さっきの方法なら、とりあえず形上は自殺に見せかけることは出来たはずなのに」


 出来たことをしなかったのには理由がある。その理由が四条たちにないからあなたは違和感を感じていたのだ。

 そしてあなたは思い返す。死体が発見されたときの状況を。“私”はふっと笑みを浮かべた。そうして今はじっと静止している死体を見つめた。


「――揺れていた……わよね」


 ぼそり、とあなたは呟いた。そうして一ノ瀬が傍でこくりと頷く。


「死体は、揺れていた。どうしてなの、動かした? いえ、動いた? 違うわ。まさに今、現れたからじゃないの?」


 “私”は天井を見上げる。高い天井に張り巡らせた赤い布。それを引っ掛けるための金具。


「――死体は、ずっとここにあったんじゃないの? ずっとこの天井に」

「どういうこと?」


 一ノ瀬が問う。四条や二階堂も理解できず小首を傾げた。あなたは指を天井に向けて、なぞるように、指し示した。天井、二階の手すり、そして右側に置かれた箱。


「死体は、やっぱり木箱を使って、上へとあげられた。きっと殺されて間もなく。そして犯人は、足先に結んだロープを天井の、一番隅っこへ通したの。そうして、二階部分で木箱に結びつけ、手すりに引っ掛けるように下へと降ろした。死体を持ち上げるのと同じ要領でね。天井の隅に通されたロープに引かれて、死体の足は天井へ向かって上げられる」

「でもいくらなんでも、天井近くに人の姿があったら暗くたって気付くわ」


 三枝が口を挟む、あなたは下唇を一度噛んで、三枝から視線を逸らす。


「赤い布をかぶせてた?」


 言葉に詰まるあなたに、一ノ瀬が言った。あなたはこくりと頷き、そこでようやく視線を三枝へと向けた。


「そう、天井に飾られた赤い布の中、一つだけ死体を包んだ赤い布があった。だから私たちはそれを見落とした。木は森の中っていうことね」


 そこまで言って、四条も二階堂も三枝へと視線を向けた。三枝はその視線の雨に立ち向かうように凛と、あなたを見つめた。


「――ロープを切れば、死体は現れる。ロープを切れば赤い布は外れるように細工してあったんでしょうね。床にも赤い布はたくさんある。一枚増えたところで気付く人なんていないわ。こんな大掛かりな準備、もちろん十五分じゃあ出来ない。三十分……いえ、一時間くらいかかりそうなものね。――三枝さん」


 三枝はため息をついた。稽古が終わり、食堂には四条がいた。あなた、一ノ瀬、二階堂はそのあと一時間ほどポーカーに興じていた。ただ一人、三枝だけがその場にいなかった。

 ぎゅっと一ノ瀬が、あなたの手を握る。負けたわ、と三枝が一言呟いて、何故か少し爽やかに笑った。


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