銀河連邦の夜
放射朗
第1話
高い天井からの虹色の光に包まれたプラットホームは滑らかに磨かれていて、階段から降り立つと無音の世界に私のハイヒールがコツリと硬い音をひとつだけたてた。
レイが私の背中を軽く押して先を促す。
此処まで来たら開き直るしかない。私は自分自身に対してうなずくと、彼女の勧めにしたがって歩き出した。
「気を楽に持ってください。落ち着いて。あなたは聞かれた事に素直に答えればいいだけですから。他の誰かを代表しているなんて思わなくてもいいのですよ」
私の横を歩く髪の長い美しい女性、レイはそう言うけど、それは無理というものだ。
レイの言葉が真実なら、ここまで来てしまった以上かなり高い可能性で真実だと思うけど、地球の運命を左右しかねない立場に追いやられてしまったのだから。
「目的地はまだ遠いんですか」
私は遠いという言葉を期待しながら聞いてみた。遠ければそれだけ考える時間があるからだ。
どんな質問をされるのかわからないけど、いずれにしても人間性に関する質問のはずだから、愛とは何だと思いますか? 人生に価値はあると思いますか? あなたの大事なものは何ですか? それらの答えを考える時間が少しでも長くあってくれると助かる。
「目的地には今すぐにでも着くことはできます。ただ、歩いているのは、そうすることであなたの気が静まると思っているからです。この駅を通らないでいきなり面接室に行くこともできたんですよ」
案外私の事を思いやってくれてるんだな。
レイは太陽系を含む星域の監視官だという話だった。
レイ自身は地球が連邦に入ることを望んでいるのだろうか。
自分の監督する星域から多数の参加者が出ることが彼女にとっての名誉につながるのだろうか。
昨夜話したことと、今のレイの表情から推し量ろうとしたが、自分には見当もつかなかった。
「そろそろ心の準備はできましたか?」
レイが足を止めた。
「できました」
レイの目を見て私が答えると、周囲の風景が渦を巻くように消え去り、いつのまにか私たちは新しい場所に立っていた。
ほんの十分前のことだった。
私は遅くなった夕食をレトルトカレーで済ませて、ちょうどお湯のたまったお風呂に入ろうかとしていた。
その時ドアのベルがひとつなった。テレビを消していたから気づいたが、そうでなかったら聞き逃していたかもしれないくらいの微かな音だった。
電池が切れかけてるのか、とふと思った。
時計は夜の十時をもう少しで指すところだ。
若い女の一人暮らしということを考えれば、無視するべきだと心の中の自分は言っていた。
でもなんとなく気になった私はチェーンをしたままドアを開けてみた。
そこの隙間からこちらを見ていたのがレイだった。
テレビのシャンプーのコマーシャルにでも出てきそうな感じの女性だった。
何でしょうか、と聞くと、ひとつお願いしたいことがあります、とコマーシャルレディは微笑んだ。
宗教の勧誘だろうか。でもそれにしては時間が遅すぎる。急にトイレに行きたくなったとか?
でもそんな緊迫感は漂っていない。
新聞の勧誘? にはぜんぜん見えない。
結局私はすいません、間に合ってますからと言ってドアを閉めた。
鍵をかけて、浴室に向かおうとしたとき、背中の方で開錠される音が聞こえた。
急いで振り向くと、チェーンロックの錘がまるで糸でつるされたみたいに浮き上がり、上端まで行ったところでその見えない糸が切れたみたいに金属音を残して落ちていった。
チェーンロックが外れたのだった。
信じられないものを見た思いが私の背筋を冷たくした。
つばを飲み込んで後ろに下がると、ドアが開かれて白い絹ででもできているような滑らかなワンピースを着た彼女が一礼をして入ってきた。
「失礼は承知していますが、是非とも話を聞いてほしいのです。上がってもいいですか」
この人は超能力者なのだろうか、それ以外の説明は自分が夢を見ている、ということ以外に思いつかなかった。
私は夢を見ているほうに賭けた。そっちの方が可能性がずっと高いと思ったから。
どうぞ、という声がかすれて出てきた。
1DKの狭い部屋のキッチンテーブルに彼女を導いた。
コーヒーを入れようとしたのは彼女のためではなく自分のためだ。
夢だとは思っていても心臓の鼓動は苦しいくらいに早くなっていて、血圧が急上昇するのがわかった。
落ち着くためにはコーヒーでも飲むのが一番だと思ったのだ。
「どうぞお構いなく。話はそんなに長くなりませんから。それからあなたに危害を加える気持ちはまったくありませんのでその心配もしないでください」
役者が台本でも読むように滑らかな日本語が彼女の口からは出てくるが、そこには人間的な感情というものが欠けているようだった。
私はコーヒーを諦めて、ひとつ深呼吸すると彼女の向かいに腰掛けた。
「わかりました。話を聞きます」
ヒステリックに喚きたい気持ちが起きなかったのは、やっぱり目の前の女性が美しかったからだ。
彼女が男だったら、状況はまったく異なっていただろう。
「最初に自己紹介しますが、私はこの太陽系を含む星域を監督する監視機関のものです。私のことはレイと呼んでんでください。本名は地球人には発音できない波長を含みますのでこれは仮名ということになりますけど」
確かに私は女性の中ではSF好きだし、日本は元より海外SFもよく読んだほうだけど、彼女の言葉を聞いたとたん、この人は気が触れているという感想しか浮かばなかった。
でも私は黙って話の続きを聞くことにした。
気が触れている人をあまり刺激するのは得策とは思えなかったから。
「現在私たちの星域からは十二の知的生命体が銀河連邦に加盟しています。そして十三番目の知的生命体として地球人類が選ばれようかとしているところです。話は理解できますか?」
「いきなりなので、なんだか夢でも見てるみたいです。でも、その連邦は全部で何種族くらいを含んでいるんですか?」
こんな設定のSFはよく読んだことがある。そういえばスターウォーズも似たような背景だったのではなかったかな?
そう思うと少しだけ彼女との会話を楽しいと思えてきた。
「連邦は、全体で約二百の種族からなっています」
嬉しそうに微笑むレイ。
「それで、私に何の用があるんですか」
根本的な疑問を聞いてみた。
「実は十三番目の仲間として、地球人が適当かどうか私たちの間で意見が別れてしまっているのです。賛成と反対が同数で。その場合は、その星の人を無作為に選んで面接して決めることになっています」
あきれてしまった。
無作為?
どうしてその星の代表者にしないのだろうか。
私の表情を読んだのだろう、レイがすぐに付け加えてきた。
「無作為でないと意味がないのです。その星の代表者は星の中でいろんなその利益を代表していますから、本人の本音で語れないわけです」
「でも、だからといってどうして私なんかに・・・・・・」
「理由はありません。健康な精神を持った成人なら誰でもよかったのです」
「ちょっと待ってください。私が選ばれたことは意味がないとして、その面接で何がどうなるんですか」
これはやっぱり夢だ。あまりにも突飛過ぎる。
でも質問せずにはおれなかった。
「合格すれば連邦の一員として地球人類を迎え入れることになるでしょう。そうすれば、連邦の科学技術、文化芸術などあらゆるものを共有することができます」
「それは、すごく魅力的ですね。でも失格すればその連邦に入れてもらえないわけなんですね」
それなら、失格したとしても今までの暮らしが続くだけで何も変化がないことになる。
「あなたにはちょっと酷かもしれませんが、嘘を言うわけにはいきませんから説明すると、失格の場合は地球人は科学を少し後退させられてしまいます。このまま科学が発展したら太陽系外にまで進出してくる地球人と連邦加盟の星でいさかいが起こる可能性があるというのが理由の一つで、もうひとつは地球人が自滅してしまう可能性があるからです」
レイの言い分もわからないではない、でもちょっと勝手なのではないだろうか。
「後退させられるといいますけど、どの程度ですか?」
「あなたの知識から言って、江戸時代くらいの生活に戻ってもらいます」
時代劇の時代か。水戸黄門と暴れん坊将軍が頭に浮かんできた。
あのドラマどおりの時代なら、そう悪い時代じゃないかもしれない。
でも事実では貧困と飢饉でほとんどの日本人、農民は苦しんでいた時代だったはずだ。
「でもどうやってそうするんですか? いったん発明されたものは消えてなくなったりしないと思いますけど。すべての地球人の記憶を消し去るんですか?」
素朴な疑問が浮かんできたので聞いてみた。
「今の人類文明は、何で成り立っていると思いますか」
レイは質問に質問で答えてきた。
いきなりそう聞かれても困ってしまう。少し考えて私は電気かなと答えた。
「大体正解ですね。その電気を生み出すものは石油です。人類の文明は今石油文明の状態なのです。もし今すべての石油が水に変わってしまったら、自然と江戸時代くらいの生活に戻ってしまいますよ」
「でも、原子力発電だってあるし、風力発電や太陽光発電だったあるでしょう」
私が食い下がってもレイは首を軽く振るだけだ。
「原子力発電に使うウランはどうやって採掘してると思いますか? そしてどうやって運んでいますか? 風力や太陽光発電は効率的に言ってまだまだ無理ですよ、今の電気量を支えるにはね。だから、今の地球文明を破壊するのは簡単なのです。石油を水に変えるバクテリアを地球上にばら撒くだけでいいのですから」
「ちょっと待ってください。それは勝手すぎるんじゃないですか、大体何の権利があってそんなことをするんですか」
相手の淡々とした物言いにだんだん腹が立ってきた。
「地球はこのまま行くと人類の滅亡だけでなく、その他の生物も住めない廃墟の星になる可能性が高いからです。あなたもこの星が人類のためだけにあるとは思わないでしょう」
そう言われると返す言葉がない。核の恐怖、その言葉が頭に浮かんでくるだけだった。
「そんな大役は私はできません、と私が断ったらどうなるんですか。別の人を探すんですか」
そうであって欲しい。それならすぐにでも断れる。
「どんな場合も面接に選ばれる人は一人だけと決まっています。断るのが普通ですから、それが許されるならいつまでたっても堂堂巡りをする事になるでしょう」
ということは、やっぱり私が断ったら無条件で地球は失格の烙印を押されると言う事だ。目の前が暗くなってレイの顔もぼんやりとなってきた。
「気をしっかり持ってください。あなたで失格になったとしたら誰がやっても失格だったと思ってください」
これが夢だと言う気持ちはまだあった。でもそれは私がそう願ってるだけのようにも思えた。
「わかりました。あなたの言う通りにします。でも、面接ってどこでするんですか? 宇宙に飛んでいくんですか」
光速で飛んだとしても地球から一番近い太陽、アルファケンタウリまで数年かかったはずだ。
いや、数十年だったかな。もしそんな事になったら、私はウラシマ効果で一気に未来の地球に戻ってきてしまう事になる。
そんなSFの知識がふと浮かんできた。
「面接は連邦支部で行いますが、あなたが思ってるような物理的な移動ではありませんから心配しないでください。すべてが終わっても、あなたが帰ってくるのは今から十分程度おそい時間になるだけですから」
では準備はいいですかと言われて私は慌ててしまった。
化粧も落としてるし家着のままだ。出かける格好には程遠かった。
「大丈夫ですよ。身体ではなく心だけの移動です。あなたの外見はあなたの思い描く通りのものとして表現されます」
だとしたら、準備も何も無い。心の準備をしようとしたら一週間でも足りないくらいだ。
「わかりました。準備オーケーです」
覚悟を決めて答えると、レイがじゃあ出発しましょうと随分気楽に言い、その瞬間私の周囲の部屋の様子は渦を巻くようにして消えてなくなった。
次に感じたのはまっさらの新車に乗ったときのようないい匂いだった。
無意識に閉じていた目を開けると、右側には大きな窓があるのが見えた。乗った事も無い豪華な列車に乗っている自分がそこにはいた。
左隣にはレイが優しく微笑んでくれている。
「……銀河鉄道ですか。なんだか昔見たアニメ映画みたい」
「あなたが一番落ち着ける旅をアレンジしてみたつもりです。気に入ってもらえたらいいのですが」
これも演出なのか。私は再度窓の外を見た。
すでに列車は地面を離れて緩やかなカーブを描きながら光あふれる都市を過ぎ去ろうとしていた。
くっきりとした眺めは、これは夢だと言う私の信念をゆるがせる。夢だ、夢だ。再び私は念仏のように唱えた。
青く輝く地球を一周すると、銀河鉄道は目的地に向けて加速し始めた。
火星が目の前を通り過ぎ、木星の薄いリングをくぐっていく。間近に見る木星はすごく美しかった。
何層にもなったガスの流れが帯を作っている。
土星を飛ばして次は海王星の近くを通った。土星は太陽系の反対側に行ってるのだろう。
あくまで演出ならそこまでリアリティにこだわらなくてもいいのに。土星のリングも見てみたかった。
青い水晶のような海王星を抜けると、後は深宇宙へ続く一本道だった。
「ではそろそろ駅につけるとしますが、よろしいですか」
「どうぞ。十分楽しませてもらいました」
まだ現実感は無い。かといって夢とも思えない。不思議な宙ぶらりんな気持ちのまま、私はレイにうなずいた。
次に私が立っていたのは、就職試験のときの面接会場の会議室にそっくりの部屋だった。
中央に面接官らしい人たちが十人座っていた。
私はレイに言われるまま彼らの正面の椅子に腰掛けた。
レイも横に座ってくれたのは嬉しかった。一人で取り残されたら、どうしていいかわからなくなる。
「遠いところからようこそおいでくださいました。私が主任面接官のカイバラと言います」
横一列の面接官の中でも中央に座っている白髪の老人がそう名乗った。
見た感じでは人間と少しも代わらない。そういえばレイも人間と何ら変わる事の無い外見だった。
知的生命体は同じような星の条件からしか発生しないから、外見も似てくるのだろうか。
私のそんな疑問に答えるようにカイバラが首を振った。
彼らには私の思考が読めているのだろうか。
「同じような星からでもいろんな生命が生まれます。知的生命体もほとんどは皆変わった外見になるんですよ。あなたが見ているのは、私達の本当の姿ではありません。あなたを怖がらせないように、親しみやすい外見に変換しているだけです」
ではレイも実際の姿は蛸みたいな宇宙人なんだろうか。
横目でこっそりレイを見る。
レイの横顔はやっぱり美しかった。
「貴方に来て貰った理由はレイから聞いていると思いますが、早速面接をはじめてもかまいませんか」
ここまできたら嫌がっても仕方が無い。どうぞと私は一言答えた。
「では、まず最初の質問をします。貴方の星では、宇宙に進出しようかというほど科学技術が発達しているにもかかわらず、相変わらず戦争が耐えないようですが、それはなぜだと考えますか?」
うーむ。いつも園児を相手にしている一介の保育士にとって、あまりに難しい問題だ。
いくつか理由が浮かんでは消えていく。結局は国同士の喧嘩なんだろう。
でもそんな答えでいいんだろうか。
人間性の問題かな。でもそんな事を言ったら、人間はその持っている科学技術に関係なく危険な存在だと言ってるのと同じ事になる。
「戦争というのは、その国の人全員が賛成して起こるものではないんです。ほとんどの人は当事国の人も戦争には反対しているんです。でも、その国を代表している権力が戦争をしてしまうんだと思います。それには国全体の利害が絡んだりしてる事が多いと思います」
不確かな知識を必死で寄せ集めて答えた。
でもあまりいい答えではなかったかもしれない。すぐに別の、ブロンドの長髪がきれいな女性から質問されたから。
「国と言いましたけど。まだ地球全体が一つになっていないということですね。どうして一つになれないのでしょう」
「地球人は肌の色や宗教、文化、言葉などでさまざまな形の国に分かれています。それを一つにすると言う事は当然切り捨てられる部分が出てくるわけだから難しいんだと思います」
「しかし、その国同士の争いが核戦争まで行く可能性が高まっていますね。もしそうなったら、取り返しのつかないことになりますよ。人間はもとより、すべての生命が死に絶えた廃墟の星になるでしょう。そうなったときの人間の罪の深さを、考えた事はありますか」
きれいな女性なのに、かなり厳しい突込みだ。
答えられずに黙っていると、さらに彼女が言い出した。
「国と言うものを解体できない性質は、連邦に入ったとしても急に変えることはできないでしょう。連邦に派閥を生む危険もありますし、それは非常に危険な概念を含んでいます。やはり地球は連邦の一員としてふさわしくないと思います。議長、どうでしょうか」
「サラン、君の言いたい事はわかった。まだ質問は残っている。もう少し話を聞こうじゃないか」
カイバラが彼女をなだめるようにうなずくと、私の方を再び向き、第二の質問を口にした。
「貴方は現在の地球環境に満足していますか?」
地球環境というと、自然環境のことだろうか。それともさっきの質問のように紛争の絶えない国家主義のことだろうか。多分どちらも含んでの事だろう。
「あまり考えないようにしてるので、すぐには答えられません。多分不満なのだと思いますけど、そんな事を不満に思っても仕方ないと諦めているんです。私一人の力でどうすることもできない問題だから」
カイバラは深くうなずいた。
「現状を変えたいとは、思っているわけですね」
「そうですね。さっきも言ったように戦争を望んでいる人は地球上にもほとんどいないし、環境破壊も同様です。ただ、人間が増えつづけている以上、エネルギーは必要だから空気が汚染されるのも仕方の無い事だと思います」
少し間があいた。
横を見るとレイが優しく微笑んでくれた。私の面接はうまくいってるのかしら。
では最後に、とカイバラが前置きをして言い出した。
「貴方は、地球を銀河連邦に加入させてもらいたいとお考えですか?」
何を今更、な質問だろう。
そのために私はここにいるのではなかったっけ?
無限のエネルギーを取り出す方法、銀河全般に広がる学問と知識、それらに魅力を感じないものはいないはずだ。
でも、と私は考えてみる。
場違いもはなはだしいかもしれないが、職場で園児を世話しているときの事を思い出したのだ。
園児は何でも欲しがるし、わがまま言い放題の子もいる。でも、そのわがままを聞いてばかりでは教育的にはあまりよろしくないのだ。むしろ我慢を教える事のほうが大切なのだ。
地球人は連邦の人に比べたら幼稚園児くらいなのかもしれない。
今地球が連邦に入るということは、園児が思春期を通り越して大人の仲間に強引に入れさせられる事にはならないだろうか。
それは果たして地球人にとって良い事なのだろうか。
連邦に入らなかったら、地球は自滅の道から逃れられないかもしれない。
諸行無常という言葉が浮かんできた。
すべてのものは生まれたら死んでいくのだ。
それは地球人類という大きな規模でも同じことかもしれない。
それを考えれば、連邦でさえいずれは滅びの道を進む事になるのだろう。
「どうですか? 簡単な質問だと思いますが」
サランと呼ばれた女性が、首をかしげながらテーブルを指で叩いて音を立てた。
その傲慢とも思える態度で私も決心ができた。
「私は地球が今連邦に入るのはよくないと思います。地球人はまだ子供で、いたらない部分がたくさんあると思いますがきっと大人に成長できると信じています。その時まで、できればそっと見守っていて欲しいと思います」
カイバラの顔がふっとほころんだ。
「何を言ってるの? 地球はすでに自滅の道を歩み始めているじゃないですか、貴方は同胞を見殺しにする気ですか」
サランの言葉はきつい調子で私の首を締め付けた。
「まだ自滅すると決まったわけではありません。それに、自分の問題を自分で解決できない民族に連邦に参加する資格は無いと思います」
心が痛む。こんな事言って本当にいいのだろうか。
私は今人類に死刑宣告してるのではないのだろうか。
ふふふ、と上品な笑い声が聞こえてきた。
カイバラと、それに他の面接官の口から漏れてきたものだった。
サランも、いつのまにか厳しい表情を崩して微笑んでいた。
横に座っているレイを見ると、レイもこちらを向きうなずいてくれた。
「どうやら地球人はとても誇り高い民族のようです。私は連邦に迎え入れる事に異議はありませんが皆さんは?」
カイバラの声に皆は賛意を表すだけだった。サランさえも、だ。
「しかし、彼女の意思を尊重して今すぐに使節を派遣する事は止めにしましょう。しばらくは見守るという事で決定します」
カイバラの声が議場に響き渡った。
ただの面接というより、裁判の閉廷を知らせる声のように聞こえた。
私はうまく切り抜ける事ができたのだろうか。
しばらく見守るというのは、人類に猶予を与えるという事だから、その点ではうまくいったのだろう。
ずっしりと砂袋を乗せられていた肩が急に軽くなったようだ。
「よかったですね」
会議場から出て歩く途中、レイが一言そう言った。
「よくわかりません。すぐにでも連邦に入ったほうがよかったようにも思えるし……」
普通だったら絶対そうだ。
「でも、いままで面接で連邦に参加できた種族って無いんですよ。実を言いますとね」
レイがいたずら小僧みたいに笑った。
「面接に来た人は皆自分の種族の優秀さを懸命にアピールして、連邦のためになるから是非加入させたほうがいい、なんて言うのが普通なんです。でも、その言葉は誇張されていて事実と反する事が私達にはわかってるのです。面接がこんなにうまくいったのは初めてなんですよ」
そうだったのか。安堵感とともに足が震えてきた。
「大丈夫? 来たときのシーンは省略してすぐに貴方の部屋に送りますね」
レイの言葉が終わるか終わらないうちに、私は自分の部屋のテーブルに座っていた。
目の前にはレイが長い髪を揺らせて座っている。
「お疲れ様でした。ところで、今更ですけど貴方の名前を聞いて無かったですね。教えてもらえますか」
レイが言う。そういえばレイにも会議場の面々にも自己紹介していなかったのだ。
「私の名前は、本多美菜子です」
壁の時計を見たら十時十五分になっていた。
「美菜子さん、では私はこれで失礼します。人類に幸多からん事を祈って……。それと、これは今日の記念に連邦からの贈り物です。きっと貴方のこれからの人生に役に立つと思いますよ」
レイの手から青い指輪を受け取った。
綺麗なガラスでできた指輪のようだった。青から紺色にゆっくり変わっていく。色が変化する指輪のようだ。
右手の薬指にはめてみた。それはすんなりはまってぴったりだった。
御礼を言おうと顔を上げたら、そこにはすでにレイはいなかった。
強い緊張感から解き放たれた事もあって、寂しさを感じる。
またいつか会えるだろうか。
この星域の監視官だという事だったから、ひょっとしたら会えるかもしれないな。
お風呂に入って、体と心の疲れを取ると、私はベッドに横たわった。
眠気はすぐに訪れてきた。
目覚めは快適だった。窓からは休日の朝日がガラス窓の水滴を反射して輝いていた。
夜に雨が降ったのだろう。
変な夢を見たような気がする、と思ってじんわり眉間を擦っていたら、昨夜の事がはっきり思い出されてきた。
あれはいったい夢だったのだろうか。
右手の薬指を見る。そこには紺色から薄い青に変わりつつある指輪が、しっかりはまっていた。
という事は現実だったのだろう。今も夢の中で無い限りにおいてだけど。
一つ伸びをして朝食の準備にかかる。
コーヒーと、トーストで良いかな。
そう思いながら台所に立つと、香ばしい匂いがすでにそこには充満していた。
テーブルの上には湯気を立てたコーヒーが。そしてトースターからは薄茶色にこんがり焼けたトーストがぽんと飛び出してきたところだった。
あきれた。
この指輪の力なのだろう。
コーヒーもトーストも味わいは本物だ。もちろん自分で買っておいたものであり、それ以上に素材がいいものに変わっているなんて事は無かったが。
つまり、この指輪は私が願った事をできる範囲でやってくれるということなんだろうか。
レイはこれが私の人生に役に立ちますよって言っていたけど。
実は今日は友人と映画を見に行く予定だった。
その友人に断りの電話を入れて、私はミラターボで海に向かった。
休日の朝だから、それほど道は混んではいない。
一時間ほどかかって着いた海水浴場の砂浜に降り立つ。
季節はずれの海水浴場には誰もいなかった。
十一月も半ばになるのだから当たり前だ。
波打ち際まで歩いていくと、急に潮の香りと波が砂に染み込む音が強まった。
私は右手の指から水色に光る指輪を外す。
地球人類は確かにまだ子供かもしれないけど、連邦の人たちも大して大人じゃないじゃない。
こんなもので私が幸せになれると思うなんて。
私は大きく振りかぶって指輪を海に放り投げた。
願いは、かなう事が幸せなんじゃない。かなえる事が幸せなのよ。
指輪はすぐに見えなくなったけど、それが落ちた海面は鮮やかな色を浮かべて光った。
これでやっと一件落着だわ。
胸がすっとした私は、ミラターボに乗り込みエンジンをかけた。
指輪を捨てた海水浴場の水質が星三つの何とか泳げる、から星五つの最適な水質に変わってるのを知ったのは、翌年の夏。新聞には原因不明の水質改善なんて書いてあった。
銀河連邦の夜 おわり
銀河連邦の夜 放射朗 @Miyukiharu
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