第10話 揺らぐ静けさ

宴の翌朝。猫の国の空は、夜よりもむしろ幻想的だった。薄く残った大きな月の光が石畳を洗い、市場では猫たちの声と鈴の音が重なる。


柊と並んで歩く。魚を並べる屋台、ミルク瓶を売る猫族、駆ける子猫たち——昨日まで“異世界”に思えた景色が、今日はどこか親しい。


「ねえ、ご主人さま。これ見て!」

柊が干物を指さし、一切れをぱくり。「うまっ! ご主人さまも食べてみなよ」

「外でそう呼ぶな」

そう言いながらも、押し切られて一口。香ばしさに、思わず「……悪くないな」と漏れる。

柊は尻尾を揺らし、子どものようにはしゃぐ。その様子に周囲も気づき、声が飛ぶ。

「王子、お帰りなさい!」

「お元気そうで何よりです!」


子猫が柊に飛びつき、もう一匹は俺の足にじゃれつく。「ねえ、この人はだれ?」

「ご主人さま!」

即答に顔が熱くなる。「おい……」

笑いがこぼれ、柊は得意げに俺の腕をつかんだ。


——そのときだった。


背筋を冷たいものが走る。喧騒のただ中に、異質な気配。振り返ると、人混みの隅に黒い影がじっとこちらを見ていた。月光の下でも、その瞳だけが異様に冷たい。


瞬きした刹那、もう誰もいない。

「……気のせいか」

呟いても、胸のざわめきは収まらない。



その夜。縁側に腰を下ろす俺の隣に、柊が静かに寄り添う。月を仰ぎ、少し真剣な声で言った。

「ご主人さま……近いうちに、“試練”があるかもしれない」

「試練……?」

問い返す俺を、柊はまっすぐ見て微笑む。月光に照らされた耳が、揺らぐ静けさの中で儚く光っていた。


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