スペースラビット
虚数遺伝子
スペースラビット、ミッションスタート
『カウントダウン開始、二十秒前。十五秒前、メインエンジンスタート』
ロケットの底から煙が立つ。今回のロケットはいつもより大きく、有人ミッションに比べて小さい。
『十秒前。九……八……七……。点火』
モジュールには誰かが座っている。しっかりとベルトで席に固定され、カウントダウンや速度などの数字が並ぶ画面に向けている。
しかし、画面やモジュールの大きさの割に、宇宙服が小さい。
『三……、二……、一……、リフトオフ――』
轟音の中でロケットが直線に発射される。世界中の注目を集めながら、ロケットはエンジンの火に推進され、空を目指す。
『リフトオフ成功だ! 世界初の、‶
『乗員にとっては初めての
アナウンサーの前にぶん、とモジュール内の様子が画面に映し出される。小さな宇宙服――うさぎ専用の宇宙服を着たアポロは、カメラに向けて右の前肢を出す。
『おお、アポロくん、自信満々のサインだ!』
『いよいよ正念場です……、
画面中のアポロは前へ伸ばした腕を敬礼するように頭の上に置いた。だがそれは敬礼ではなく、彼なりのどや顔を表現するポーズだ。何しろ、ヘルメットの中では彼の表情が見えないのだ。
『分離が終わったらアポロくんを乗せたハイヤは一日をかけて地球のランデブーをし、更に一日をかけて月へ向かいます。その間にアポロくんに質問をしてみましょう!』
暫く地球重力に頼ってランデブーするハイヤで休憩時間になったアポロは、ヘルメットを緩め頭から取った。
彼はうさぎらしくモジュール内をくんくんと嗅いだ。ベルトを外し、座席より後ろの通路から、ぎっしりと保管されているチモシーの袋を取る。
さっきまで4Gの重力を経験しても、宇宙空間に放り出されても、彼には全く影響がなさそうだ、ってくらいにむしゃむしゃとチモシーを楽しんでいる。
月のミッションに向けて訓練を受けたのも、宇宙船内のメカニックを覚えるだけで、身体の訓練は自分で行ったものだ。何しろ、人知を超えていた彼の身体を理解するのは不可能に近い。
‶宇宙最強のうさぎ〟など人類が勝手に呼んだ二つ名だ。地球最強であれば宇宙最強と言っても過言ではないからだ。そもそもアポロは、ダサすぎなければ呼び名なんてどうでもいい。
チモシーを食べる量は設定されているため、彼は大人しく袋を元の位置に戻して、身体を舐め始める――身体に付けてしまったチモシーの屑を取り、器官に摂取させる。
習性はうさぎのまま、頭脳と身体能力は人類を超越する、もう一つの意味で宇宙最強のうさぎである。おまけにもふもふだ。もふもふ。
『アポロくん、インタビューは大丈夫?』
無重力を泳いで、無線通信の部屋へ向かう。ここには地球上と繋がり、彼には航空宇宙局の代表しか見えないが、彼の顔は全世界で中継されている。
アポロはヘッドホンのような装置を頭にかけるとカメラに向けて、いつものように前肢を出す。おけのサインだ。
『おお、ありがとうございます。では最初の質問です。「アポロくんはなんで最強なの?」とのことです』
微かに頷くうさぎ。すると彼がかけたヘッドホン――脳波を読み取る装置が彼の思考を文字に起こす。
――僕は気付いたら最強なのさ。
どや顔。
『流石、アポロくんです。ユーモアも持っています。さて次は、「アポロくんの宇宙服は特製ですか?」……、私が答えてもいいのですが』
――僕が答えるよ。もちろん特製だ。この頭の上に立つ耳を傷つけないようなデザインじゃないといけないからね。耳はうさぎにとって危険を察知する部位だけではなく、ファッションでもあるから。それから、宇宙服は僕の骨と筋肉で微調整してもらってる。
『耳はうさぎのファッションでもあるなんて! 確かに、人間の私から見てもうさぎの耳は魅力的でかわいいですよね』
アポロは嬉しそうにちょっと耳を動かして見せた。
『さてさて、今回のコーナーで最後の質問です。「アポロくんはなんで宇宙へ行きたくなったの?」』
――……僕が最強だから。
『最強であるゆえに人類の希望に応えるアポロくんはかわいいだけではなくかっこいいですね! では、今回のインタビューはこれで終わりです。アポロくん、お時間ありがとうございました!』
ぶん、と画面が消えた。
アポロは装置を下ろして、寝床へ泳いでいき、うさぎ用の寝袋に入る。
最後の答えは少々人間を媚びた答えだった。何故ならそれが求められているものなのだから。
宇宙へ行くと同意したのはあくまで弱肉強食の世界と、表面的な‶最強〟から離れたいだけ。
人間のミッションはついでだ。
今日も疲れた、と宇宙うさぎのアポロは眠りについた。
スペースラビット 虚数遺伝子 @huuhubuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます