2話〜腕伸ばして。ぎゅって、して〜


//SE 低い化け物のうなり声

 

「えっ、はっ、えっ、なに、何あれ……」


//SE ぺチリと触手が電車を叩く音

//SE ぐちゃぐちゃとした化け物の咀嚼音


「えっ?嘘、ほん、もの?ドッキリでは、ない、よね」


//SE 車両が揺らされる音


「きゃっ……先輩、えっ……どうしよ。先輩、そと、あれ、あれ何なの。化け物がいるなんて、わたし、ばけもの、聞いてないのに、どうして、どうしよ」


「ぇんぱい、先輩、やだ、やだ。離れようとしないで。やだ、無理だもん、先輩。せんぱい、どうにかしてよぉ」

(泣きそうな声)

 

「……落ち着けって、できるわけ、ないじゃん!見えるでしょ!あの気持ち悪いやつ!いっぱいいるじゃん!」

(気持ちが限界で怒ってしまう)


「無理だもん、ひゅっ、わた、ひっ、わたし、無理だもん!ひっ、っ」

(呼吸が乱れる)


「あっそっか……わた、し、が……ごめんね……ごめん……ごめん、なさい。せんぱっい、ごめんなさいっ、」

(我に返り自分を責める)


//SE ドンと化け物が電車にぶつかる音


「ひゃっ、ぇんぱい」


//SE 頭を抱き寄せる音


「あっ……あり、がと……せぇんぱい」

 (独り言のように)


「うっ……ん、……ふっ……っ……うっ、うっぁ、……うぅ……なっ、ぁんでっ……んっ」

 (顔を押し付けて泣く)


//SE 化け物の唸り声


「せぇんぱい、ふっ、んっ、うっうっ、んくっ」

(徐々に涙が収まる)


「先輩って温かいね……しんぞう、どくどくしてる」


(しばらくの沈黙、落ち着いた呼吸音が響く)


「とり、みだして、ごめんなさい。もう、もうだいじょうぶです」

 (弱々しく喉にかかるような声)


「……先輩は、落ち着いてますね」


「なにそれ、先輩も怖いでしょ。泣いたらいいのに……」


「へっ?あぁ、そうだね。椅子に座ろっか。いつまでの乗ってちゃ辛いもんね。……ごめん、なさい」


//SE 立ち上がろうとするが立ち上がれずまた胸元に体が落ちる

 

「あれ?……あぁ、ごめんなさい。ふる、震えて……うまく、上手く立てなく、て……ありがとう先輩。そのまま、て、握っててください」


//SE 立ち上がる音


「あれって、ここまで、こないよね」


//SE 化け物の唸り声


「……うん……うん。やっぱ先輩も見てたよね……今のところ、この電車に弾かれてるし、大丈夫、と思うしかない、よね」


//SE 移動する音


「あれぇ、先輩、椅子に何か……」


//SE 雑誌を手に取る音

//SE 椅子に座る音


「……先輩、これ。これ!あの雑誌だよ……例のおまじないが掲載された雑誌、だって、ほら見てここ、書いてあるよ」


「恋心を食べる列車って」


//SE 扉が閉まる音


「えっ?!何?!」


//SE 化け物の声が扉越しに小さく聞こえる


「閉まっただけ、なのかな、だいじょうぶ、だ、だいじょうぶだよね」

 

「うん、……そうだ、ね。気にしすぎは、良くない、もんね」


「ふぅ……うん、えーっとね、恋心を食べる列車。恋心を養分としているから、ペアの人間を閉じ込める」


「だから、ここにきた人は必ず両想いになる」

 (淡々と読み上げるように)


「……必ず、だって」

 (嘲笑混じり、諦めも滲む)


「へっ?……あ、ううん。なんでもないの」


「なんかね、窓の外にはずっと化け物がいるって言うのに、先輩の声を聞いてると、なんだか落ち着いてくるっていうか、なんか……冷静になれる」


「先輩、あの、あのですね、ちょっと抱き着いてもいい?」


「うん、ありがとう」

//SE ぎゅっと抱き着く音


「先輩も、腕伸ばして。ぎゅって、して」

 (耳元によって、呟くように)


//SE 離れる衣擦れの音

「先輩、ありがとうございます。もう、もう私、大丈夫だから」


//SE 蛍光灯の音


「先輩はすごいね。変な場所に来たのに、ちゃんとしてる。そう、見えてるだけなのかな?」


「私が、いるから、なの?」

(確かめるように復唱)


「あぁ、後輩だからですか?」


「先輩って責任感がありますね」

(投げやりに)


「ううん、これは何でもないことなの。……まずはここから脱出できるようにがんばろ」


「と、言っても何をすればいいのかも分からないもんね。……うん、雑誌には恋心を食べる電車に乗る方法しか掲載されてなくて、ここに来たら二人は真実の愛を見つけることができるって、しか書いてない。降りるほうほうはー、う~ん。これ、全然違う化け物電車で、私たちは頭からバクバクと食べられちゃうとかだったら最悪ですね」


「ははっ、最悪すぎて笑えてきますね」


「ふっ、笑えないか」

(無理やりふざけようとしている)


「うん。そっか、一人じゃないから、大丈夫だよ、ね」


「うん?お決まりの方法?う~ん、なんだろ……。たぶん目的が両想いになることだから、それが達成できたら、とか?」


「へっ、……あ、そ、そうだね。今回だと、私と先輩が両想いになれば目的達成になるね」


「でもさぁ、それって無理でしょ。私たちはただの先輩後輩にすぎないもん。……もし、それが条件なら達成前に餓死しちゃう」


「うん、そうだね」

(暗いトーンで)


「じゃあ、他に手掛かりがないか、探すしかないよ。化け物がいるかもしれないのに」


「先に私とキスでもしてみたらいいんじゃない?電車への両想いアピールにさ」


「ふふっ、真実の愛じゃない、ね」


「確かに、雪ちゃんもこの雑誌も真実の愛が大切って言ってるもんね。じゃあ、だめ、か」


「それなら、他の車両を確認してみる?今はドアも締まってるし、たぶん安全だと、思うよ」

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