異世界ピザMAP! ピザ配達員は世界を測ります!

クッソデカパイのナギ

第1話 ピザ配達員、異世界に立つ

ピザを届けるだけ―――のはずだった。


「よし、これで今日のラスト一件!」


 ヘルメットを被り直してバイクのエンジンをかける。


 あたしの名前は大地 凛だいち りん。17歳の高校2年生。趣味は地図を描くこと。特技は……うーん、強いて言えば、風景をそのまま覚えられること。―――そう、あたしは生まれつきのカメラアイなんだ。


 一度見た景色なら、細部までほぼ完璧に記憶できる。看板の色、建物の形、木の位置、道のカーブ。でも別に超能力者じゃない。テストの暗記?それは無理。覚えた問題と一緒じゃないと、全く通用しないから。だけど景色だけは覚える。それだけ。


 あたしが地図を好きになったのは、小学生のころに読んだ冒険小説がきっかけ。住宅街とか、通学路とか、初めて見る路地を見つけると通らずにはいられない。小さな冒険みたいでワクワクする。見たこともない地形を描いて自分だけの地図を作る―――それが最高に楽しいんだ。


 もちろん地図帳を読むのも大好き。紙の匂い、線の美しさ、そして、未知の場所を頭の中で広げる期待感。地図好きあるあるじゃないかな…たぶん。あたしはロマンだと思う。もし世界中に空白があったら、あたし……絶対に全部埋めたいなぁ。


 ちなみに実家はパン屋。焼き立てのパンの香りで育ったせいか「食べ物は出来立てが命!」って価値観が骨の髄まで染み込んでる。


 そんなあたしがバイトに選んだのはデリバリーピザ屋。だって、地図好き+パンっぽい食べ物=ピザ配達、でしょ?しかもバイクで風を切って走るの、ちょっとカッコいいし。ピザを届けるときはいつも思うんだ。“熱くて美味しいうちに届けたい”って。ただのバイトだけど、それがあたしなりのこだわり。


 配達員の魂にかけて冷めたピザは絶対に許されない。そう思いながら雨上がりの夜の街を走る。そのときだった。


「え……?」


 交差点を曲がった瞬間、眩しい光に視界を奪われた。混乱して咄嗟にバイクのブレーキをかける。向かい側から迫りくるエンジン音と段々と強さを増す光。眩しさに耐えきれずに腕で顔を庇う。かろうじて確保した視界の隙間から大きめのタイヤが視界に入った。


その瞬間———


 空気がゼリーみたいにぷるぷる揺れる。耳がキーンと鳴り、バイクごと宙に浮いた感覚。反射的にハンドルを握ったけど意味がなかった。


目の前に広がったのは―――


「……なに、ここ」


 見渡す限り建物ゼロ。舗装道路ゼロ。あるのは無限に広がる自然だけ。草原。どこまでも広がる緑と青すぎる空。雲がやけに近い。風が妙に暖かい。


 ……いやいやいや。何これ。ドッキリ?VR?あたし死んだ?焦ってスマホを見ても圏外。画面の時計は止まったまま。そしてバイクは――エンジンがかかった。動く。よし、これは現実。


「落ち着け、凛。こういうときはまず状況整理」


 バイクのデリバリーボックスを確認。無事だ。今日最後の配達分、マルゲリータLサイズが1枚。……いやいや、それどころじゃない。


「と、とにかく落ち着け凛! こういう時こそ……」


 あたしはバッグから、いつも持ち歩いてる小さなスケッチブックを引っ張り出す。とりあえず、今の風景をスケッチ。地平線、川、遠くの森……。ペンを走らせてると不思議と落ち着く。こういうときこそ地図だ。――そのとき。


「おい、そこの娘!何をしている!」


「ひゃあああっ!?」


 声に振り向くと馬に乗った男が二人。鎧を着てる!剣を持ってる!!!完全にRPGの世界観です。本当にありがとうございました。


「な、なにこれコスプレイベント?あ、あのあたし、ピザ屋のアルバイトなんですけど!」


「ピザ屋……? なんだそれは?」


「聞いたことがないな。商いか?」


「え、えっと……」


 うわ、日本語じゃない。でも、なぜか意味はわかる。不思議。男たちは、あたしの隣にあるバイクを見て目を丸くしている。


「鉄の獣……?それを従えているのか!」


「ち、違います! これはバイクって言って……えっと、オート……いや通じないな!」


「どうした?」


 馬車の方から降りてきた男。40代かな。いや30後半かも。高そうな服に立派なマント。見るからに偉い人。彼の目があたしのスケッチブックに止まる。


「ん……それは……絵か?」


「あ、はいっ、地図を描くための絵です……」


「地図……?」


 兵士たちが顔を見合わせる。偉い人の眉がぴくりと動いた。


「ふむ…面白い娘だな。名は?」


「だ、大地 凛……です」


「リン……?変わった名だな。我が名はルディオ。この国の侯爵だ。」


 こ、コーシャク!?ってことは貴族?貴族って実在するんだ……!


「リンよ、ここで何をしていた?」 


「あ、あの、えっと……ピザの配達中に…道に…迷いました?…というか気づいたらここにいました?」


「何を言っている?聞いているのこちらの方だぞ。」


 だって何て言ったら良いかわかんないんだもん。どうしよう、冷や汗が流れる。その時“ぐ~~~”とお腹の音が草原に響いた。あたしだ。恥ずかしい。


「腹が減っているのか…?」


「あはは……そうだ!」


ここで咄嗟に思いつく。―――ピザを一緒に食べよう。


「ちょっと待ってくださいね。」


 あたしはバイクのデリバリーボックスを開けてマルゲリータが入った箱を取り出す。兵士は剣を構える。お客様のだけど、いつ戻れるかわかんないから…本当にすいません。


「それはなんだ?」


「これはピザです!」


「ピザ……?」


 持っている箱を開けると、トマトソースとチーズの香りが異世界の風に乗って広がる。怪訝な表情をしていたルディオ侯爵と鎧の2人の目がグッと見開いた。


「なんと……!この香り……?」


「ピザ・マルゲリータ!―――あっ、これ・・・一緒に食べませんか?」


「な、なんだその得体の知れないものは…!」


「ほら、ちゃんと食べられますってば!」


 あたしはピザを一切れ取って一口食べる。うん、美味しい。


「あっ毒は入ってませんよ。」


「直接手で持つのか!?」


 警戒していたけど、ルディオ侯爵が手に取る。そして――


「……う、うまいっっ!!!」


「本当ですか!?」


 ルディオ侯爵の反応に兵士2人も驚いたみたい。


「……これはただの料理ではない。


 まず三位一体の色彩が食欲を刺激してくる。


 次に生地だ。外側の膨らみは香ばしく焼かれ、中は驚くほど軽やかだ。


 生地に溶け込んだトマトの酸味が爽やかでありながら力強く舌を打つ。


 この糸を引くものは一体なんだ!?生地全体を包みこみ、濃厚さと滑らかさを与えていて、口に含むことで、次の一口へと甘く誘う…!


 この味わいは…まさかチーズか!?熱せられたチーズが、他の食材と合わさることでこのような変貌を遂げるとは…事件と言っても過言ではない。


 そして最後に鼻腔を抜けるのがこのバジル。清涼なる香りが、口の中の余韻を爽やかに整えてくれる!まさに常春の我が王都を表現する味わいだ。」

 

 あっこの人美食家なのかな?美味しいの一言で終わったあたしが恥ずかしいわ。


 兵士たちも食いついた。……てか、え、ちょっと、お~い、あたしの分……あっという間に3人でたいらげちゃった。


「ふむ…リンよ。大層美味だったぞ。もし行く当てがないなら王都まで来るが良い。私たちも戻るところだ。あの温かい円盤のような食べ物の礼もせねばな。」


「えっ!? お、オート?…えっいや、その…」


「このまま夜を迎えると野犬に食われるぞ。」


「行きます!」


 即終了。ルディオ侯爵について行くことになりましたとさ。

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