第2話

「一緒に行ってくれるの…?」

「もちろん」

どこに行くか話し合いながら駅に向かって歩き始めた。真夏の太陽がじりじりと僕らを照りつける。暑くて汗が止まらない。

「暑くないの?全然汗かいてないけど」

「そんなに暑くないかも。寒がりだからかな?」

スマートフォンで調べると現在の気温は37℃。いくら寒がりでもかなり暑いだろう。不思議に思ったが、とりあえず碧海について何か手がかりを見つけるために行先を決める。

「お母さんが入院してた病院の場所とか、何か覚えてる場所ってある?」

「うーん…。病院の場所は覚えてないの…」

「そっか。他になにか記憶にある場所は?」

「小さい頃遊びに行った公園…。ひまわり公園って名前だった気がする」

「ひまわり公園か…。調べてみよう」

僕はスマートフォンでひまわり公園と検索してみた。よくある名前だからかかなりの数の公園がヒットした。近場には3件あるようだ。その3つの公園の写真をそれぞれ碧海に見せた。すると1つ思い当たる場所があったらしい。

「ここ…!ここだと思う…!」

「ここか…!電車で15分くらいか?この海の近くに住んでたんだね」

碧海はそうなのかもと笑った。


2駅ほど進んだところで乗降口の前に立つ。ホームに足を踏み入れるとふわっと潮風が吹いた。少し先には海があって、水面が微かにキラキラと揺れているのが見える。駅名は"漣駅"。どこか懐かしい雰囲気のある駅だった。

「綺麗だね、海」

「うん、綺麗だ」

そんな他愛のない話をしながらひまわり公園に向かう。ふと横を向くと、潮風に靡く絹のような髪や少し悲しそうな横顔に目が離せなくなる。

「…知りたいな。おーい、話聞いてる?」

「あ、ごめん。全然聞いてなかった」

「もー!ちゃんと聞いてよ!」

碧海が屈託のない笑顔で笑ったのはこれが初めてだった。碧海が今度はちゃんと聞いててと言い、僕の方を見た。

「そういえば名前聞いてなかったなと思って…。君の名前、教えてくれる?」

「…僕はみなと。」

「漢字は?」

「さんずいに奏でるで、湊。」

「かっこいい名前だね。改めてよろしくね、湊」

碧海がまた僕に微笑む。名前を褒められることなんて中々ないからか、ほんの少しだけ胸が鳴った気がした。


しばらくするとひまわり公園が見えてきた。誰もいない小さな公園で、遊具はどれもかなり年季が入っているようだ。入口が近付いたところで、碧海がシーソーを見て急いで駆け寄った。

「湊!早く来て!」

どうしたものかと走って向かうと、碧海は座る部分に貼ってあるシールを指さして言った。

「これ、私が貼ったの…!」

「碧海が?」

「うん!昔大好きだったキャラクターのシール。家に誰もいなくて、つまんなかったから1人でこの公園に遊びに来たんだ。」

「じゃあここから歩ける距離に家があるのかもね。他にも何か思い出せたことある?」

碧海がハッとしたように顔を上げて言った。

「家の場所、思い出したかも…」

「えっ!本当に?」

「うん!今から行ってみてもいいかな…?」

「行こう、碧海の家」

僕らは家に辿り着けるかもしれないという安心と少しの不安を持って歩き出した。


5分くらい歩いただろうか。碧海が赤い屋根の家の前でピタッと足を止めた。しばしの沈黙のあと碧海がここが家だと思う、と緊張した面持ちで言った。決意を固めてそっとインターホンに指をのせる。何度も聞いたはずのインターホンの音がこんなにも大きく聞こえたことはなかった。少し時間が経つとドアが開いて杖をついたお爺さんがでてきた。碧海の家族だと信じて2人のどちらかが口を開くのを待つ。碧海の方を見ると下を俯いたまま黙ってしまっていた。

「あの…!この子のこと、碧海のことを知りませんか…!?」

我慢できなくなって僕が先に話し始めた。すると首を傾げてお爺さんが言った。

「あおい…?あおいってもしかして…。ちとここで待っててくれ」

そう言ってお爺さんは家の中に戻っていった。お爺さんが見えなくなってすぐに、僕は碧海にお爺さんのことを知っているのか聞いた。

「…知らない」

小さい声で碧海が言った。まさか記憶違いだったのかと焦る。また1からやり直しかもしれないと考えて頭を抱えていると、お爺さんが戻ってきた。

「この写真を見ておくれ」

そこに写っていたのは、碧海によく似た小さな女の子が浮き輪をつけて海で泳いでいる姿だった。

「この子は碧海と言ってな、わしの孫じゃ」

「え…?」

僕は衝撃で思わず言葉を失った。

「赤ん坊のときに何度か会ったっきりだがな…。写真のときは6歳ぐらいかのう?母親から…、わしの娘から送られてきたんじゃ。もしかして、君が言っているのはこの子のことかい?」

顔のパーツや特徴がとても似ていて、目元にある黒子まで一緒だった。最後に会ったのが赤ちゃんのときだったから、碧海もお爺さんもお互いのことが分からなかったのかもしれない。

「もしかしたら、そうかもしれないです」

とても他人とは思えないほど写真の子と碧海が似ていたので、僕はそう答えた。するとお爺さんは裏返った声で言った。

「碧海のことを、なんでもいいから教えてくれないか…!?碧海は今どこにいるんだ!?」

「こ、ここにいますけど…。どういうことですか?」

「…何を言っている?ここにはわしと君の2人だけだろう!?」


*


「あー、味しないや」

さっき母が持ってきたご飯をどうにか流し込む。美味しかったものを美味しいと感じれなくなったのはいつだからだろうか。窓の外を見てみると、本当に止むのか分からないくらい強い雨がまだ降っていた。あのときどうしたら良かったのだろうか。どうやったら一緒に居れたのだろうか。どうやったら、どうやったら、夏に戻れるんだろうか。

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空色の貝殻 みずあめ @mizuame_

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