Ver1.4 虫は光に誘われる

新たな情報を得るために、私はトナンに向かった。


そこは、アンダーの地下に存在する無法地帯。


トウアンの中で最も危険な場所。


暗部と言ってもいい。


表を歩けなくなった人間、オートマトン――

非合法な実験材料――

そして、その失敗作……


不平等な世界にすら行き場がない者たち。


その終着駅。


だからこそ、見つかるかもしれない。


あのオートマトンが抱えているもの。


その裏に隠されているもの。


その一片が、ここにあるかもしれない。


「お、クジじゃねーか」


 酒やけしたようなその声に、クジは聞き覚えがあった。


 振り向くまでもない。


「……なんだよモリヤマ」

「相変わらずつめてぇーなぁー!」

「お前は相変わらずハゲだな」

「はっはっは!! 今日は機嫌がいいから許してやろう!」

「羽振りが良さそうだなハゲ」

「おう! 大口の仕事がずっと続いててな!」

「路上で因縁つける仕事か?」

「ちげーよ! 配送業だ!」

「どうせろくでもねーのを運んでるんだろ」

「あったりー! 流石クジだなー!」

 

 うっぜー。


 酔ってるおっさんって、なんでこんなに面倒くさいんだろうな。


「つっても、大したものを運んでるわけじゃねーけどな」


 手に持っていた酒をあおりながら、モリヤマはそう言った。


「トナンから運んでおきながらか?」

「ああ、ただの廃材運搬だよ」

「こりゃ驚いた、トナンに廃材以外のものが存在していたのか?」

「人の形をした廃材はトナンにしかねーからなぁ」

「ただの奴隷が欲しいならわざわざトナンで買わねーよ」

「その通り! だから――人の形をした廃材なんだよ」


 モリヤマはニヤリと笑った。


 それで、察した。


 なるほど――


「オートマトンの素体か……」


 通常、オートマトンはCESが製造から回収、処分を請け負っているのだが――

 当たり前の話として、絶対にそうはいかない。

 ゴミ箱があるのに、ポイ捨てする奴らがいるのと同じである。


 そんな処分されなかったオートマトンが高額で取引される場所。


 それがこのトナンの、もう一つの顔なのである。


 そんな場所を都合よく使う奴らは誰だろうか?


 決まっている――


「……お相手はCESか」

「酔ってるからって口を滑らすと思うなよ? 詳しくは言えねー」

「もう答えてるよ」

「んあ?」

「あんまり飲み過ぎんなよ」

「おい、もう帰るのか?」

「老人の介護は勘弁なんでね」

「相変わらず口がきたねぇな……たまには優しい言葉をかけろ」


 その言葉を背に、私はトナンを後にした。


 外に出ると、すっかり日は落ちていた。


 丸々とした月が、でかでかと空を占有していた。


 まるで――巨大な電球。


 トウアンという虫たちを誘き寄せる白熱電球。


 私は直感した。


 これは、虫の知らせだ。


 そう感じたと同時に――


「あの――」


 私は話しかけられた。


 無意識に振り向き――


 私は顔がひきつった。


 声をかけてきた相手。


 紫の髪――


 赤い目――


 そして、頭部の損傷を隠すような包帯――


「あの、ちょっといいですか……?」





―――Ver1.4 虫は光に誘われる 終

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