第16話 罠

 それから私と軍務大臣の親子ごっこが始まった。

 オレックスは私を警戒していて、二人っきりにさせることはなかった。

 私にはいつも誰かしらの監視が付いていた。


 カルメンはその監視役の一人だと思うけど、多分本当の意図は知らないだろう。

 彼女は私に親切だった。


 オレックスが不在の時があった。

 もちろん軍務大臣がいない時だ。

 恐らく私のことを調べているのではないかと思っている。

 単独で私を動かすわけはないと思っているので、この屋敷にも我が国の者が入りこんでいるはずなのだけど、誰からはわからない。

 私自身が一人でいることがなく、接触できないでいるかもしれない。


 朝食と夕食は軍務大臣と一緒に取る。

 我が国から連れてこられた女性たちは、彼が本当の娘を見つけたことが嬉しいようだ。

 色々聞かれるので、内心複雑は心境だ。

 彼女たちは軍務大臣が心底好きらしい。

 国に戻れないのに。

 理解できない。


 親子ごっこを始めて一週間が経過した。


「お前の村はイザル地方にあるそうだな。国境で母親を殺され、どうやってそこまで移動した?」

「村で生き残った者の知り合いと一緒にイザルへ行きました」

「そうか」


 私(ルイーザ)の設定は頭に叩き込んである。

 恐らくオレックスは、副団長が扮した商人ライアットに聞きに行ったのだろう。

 副団長は元気だろうか。

 副団長のことを考えると不安になるけど、同時に元気になる。

 頑張らないと。


「旦那様はずっと娘を探していた。裏切るなよ」

「もちろんです」


 躊躇なく答えたつもりだったけど、どうだろうか。

 私はどんどん嘘がうまくなってきている気がする。

 嘘は好きじゃない。

 だけど、目的を達するためだ。

 あいつを殺して、戦争を終わらせる。


 その夜、軍務大臣に来客があった。

 頭から布をまとっていて、すぐにアスリエル教のものだとわかる。来客者を目で追っていると、オレックスに見られていることに気が付く。私は自然な笑顔を浮かべられたと思う。

 これ以上は目で追えないと、私は諦めその場から去った。


「おはよう。ルイーダ」

「おはようございます」


 朝食は毎回豪華だ。

 残すのがもったいないので、二回目からは量を減らしてもらった。

 彼の話に頷き、相槌を打つ。何か重要な情報はないかと聞き耳を立てる。

 もう二週間、私は何もしていない。

 副団長は大丈夫だろうか。


「行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」


 仕事に行く軍務大臣を送る。

 お父さんと呼ぶのは寒気がするので、できる限り言わない。

 寂しそうにされるけど、どうでもいい。

 本当に。

 それよりも、カルメンたちがうるさい。

 私の態度が冷たすぎるとか。

 本当にこの人たちは軍務大臣が好きなんだろうな。

 きっと身内を敵兵に殺されたことがないんだ。

 だからこんなに軍務大臣を慕える。


「ルイーダ。こいつを知ってるか?」


 翌日、突然顔を晴らして縛られた庭師を連れたオレックスに聞かれた。


「庭師ですよね?」

「とぼけるつもりか。こいつは隣国の間者だ。お前とのつながりを白状したぞ」


 罠か、本当の事か。 

 どちらでも私は否定すべきだ。


「何の話でしょうか?」

「ルイーダ。いや、アノン。それがお前の本当の名だな。うまく、擬態したものだ」


 やはり本物か。

 この庭師は私の仲間で、情報を漏らした。 

 それでも私は否定すべきだろう。


「だから、何を話しているのですか?私はルイーダです」

「あの商人はお前の恋人だったらしいな。本当の名は確か、」

「知りません。なんの話でしょうか?」

「動揺しているな。本当に恋人だったのか」


 嵌められた。

 私は多分拷問に耐えられない。

 だったら死ぬ方がいい。


「馬鹿!」


 背後から口に指を突っ込まれた。

 それはカルメンだった。


「何があったか知らないけど、死ぬのは絶対にだめ。旦那様ならどうかしてくれるわ。オレックス。もしルイーダが死んだら、旦那様はあなたを殺すかもしれないわよ」

「それでも構わない。こいつは間者だ。旦那様の命を狙っている。娘というもの嘘に決まってる」

「私はそうは思わないわ。ルイーダはきっと旦那様の本当の娘さんだわ。だって、知ってる?二人はちょっとした瞬間に似てたりするし」


 似てる?あいつと私が?

 あり得ない。

 カルメンことは傷つけたくない。


「ルイーダ。馬鹿なことはしないって言ったら口から指をとってあげるわ。私の指、変な味するでしょ?だって」


 想像して、吐いてしまった。

 匂いはまったくしない。

 だけど


「汚い!ルイーダの馬鹿!」


 カルメンは騒ぎ、私は吐く。

 最悪だ。

 次の行動がとれないうちに、私は殴られ意識を失った。



 次に目を開いた瞬間、周りが真っ暗でまだ目を閉じているのかと錯覚したくらいだ。

 口を布で塞がれている。吐いている時に気絶させられたらしい。

 気持ち悪い。

 手足は縛られて、どこかに転がされているようだ。


「目を覚ましたみたいだな」


 うっすら光が差し込んだ。

 けれどもその光は一瞬でなくなる。

 目が慣れてきて、周りが見えるようになっていた。

 小屋か何かの中にいるらしい。


 声をかけてきたのはオレックス。そしてもう一人。

 布を頭からまとっている。

 アスリエル教の信者だ。

 ジュエル様から教えてもらった情報によれば、この人は神父だろう。羽織を二重に羽織っていて、それが明るめの色だ。この暗さでは色は判別できないので、どの位の地位の神父なのかは不明だ。


「オレックス。よくやった。褒美をやろう」

「褒美など必要ありません。ガリシア神父」


 やっぱり神父。

 オレックスは信者。

 アスリエル教の手先。

 

「それよりもこいつをどうする気なのですか?」

「勿論、殺す。隣国の邪神教信者など殺してもよい」

「しかし、こいつは旦那様、トニー・シュナイド軍務大臣の実の娘です」

「それがどうした。この者はすでに邪神に心を奪われている」


 本当に頭がおかしい。

 我が国は太陽神には祈るが、狂信的ではない。

 だが、こいつは違う。


「もうお前は帰っていい。シュナイドに上手く伝えろ」

「それはできませんね」


 扉が開かれ、軍務大臣が現れた。


「ごめん。遅くなったわ。アノン君」


 その後ろにはまだ商人の恰好しているのに、口調が元に戻っている副団長。

 ええ??


「おのれ、裏切ったか!」

「裏切ったのはあなたが先です!」


 軍務大臣は素早く動き、神父に攻撃を加え、昏倒させた。


「オレックス。その者を拘束して屋敷に連れていきます」

「旦那様!?」

「事情は後で説明します」


 オレックスどころか、私もさっぱりわからない状況だった。

 だけど副団長の顔をみたらすっかり安心してしまった。


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