第15話 軍務大臣

 湯あみをして、服を着せられる。


「緊張しなくても大丈夫だから。旦那様はいい人だよ」


 カルメンと呼ばれた女性は私の髪を梳きながらそう言う。

 いい人?

 戦争を推進する人が?

 しかも母を殺した男の兄だ。

 彼女の言葉に触発されて、押さえていた感情が吹き出そうになる。けれども一生懸命、堪えた。

 戦争を終わらせる。

 私のように親を失う子供を生み出さない。

 このカルメンさんたちを国に返す。


「準備はできたみたいだな。ついてこい」


 確か、オレックスだったかな。

 彼が再びやってきて服を着替え、髪を整えた私を旦那様、軍務大臣のところへ案内する。


「旦那様。オレックスです。入ってもよろしいでしょうか?」

「入りなさい」


 軍務大臣という肩書とは似合わない、落ち着いた声が中から聞こえた。


「失礼します」


 オレックスが扉を開け、中に入るように勧められた。

 仕方ないので、私が先に部屋の中に入り、その後にオレックスが続く。扉が閉められる。

 旦那様、トニー・シュナイド軍務大臣は私を見た瞬間、衝撃を受けたように目を見開く。


「ケイト」

「旦那様、お知り合いですか?」


 軍務大臣が私の偽名を呼んだ。

 なぜ?

 ケイトというのは私の母の名前だ。

 この任務が成功することを祈り、母の名を借りた。

 私は母親似だ。父の顔は知らないけど、鏡を見る度に母の面影を見る。女装するようになってから、その傾向が強い。

 母の名を知ってる。

 私の顔を見て?

 母を知ってるのか? 

 ということは、あいつは私の母のことを知って殺したってことか?

 怒りが体を支配しそうになる。


「その子はケイトというのですか?」

「はい」


 二人が会話しているのを静かに聞く。

 落ち着け。

 ここで怒りに身を任せたら、すべての計画がだめになる。


「オレックス。この子と二人っきりにしてくれませんか?」

「旦那様?」

「大丈夫です。お願いします」

「畏まりました」


 二人きり?

 それは絶好の機会。

 彼の息の根を止める。

 それで私の任務は終わる。

 そして自害する。


 副団長には言っていないけど、ジュエルさんから自害の仕方も教わった。暗殺に失敗して、逃げられない時は、自害する。それが軍人として当然のことだ。

 私は軍人としての矜持があまりないけど、私が捕まって拷問されて、副団長のこととか話してしまうかもしれない。それは嫌だ。それなら死んだ方がいい。


 オレックスが一礼して部屋を出ていく。

 素早く部屋の中を確認する。

 封筒を切るための小さなナイフ、羽ペンがある。

 ナイフをまず狙う。

 首に差せば殺せる。

 扉がしまった。


「ケイ、」


 私は走り出し、ナイフを掴む。


「待て」


 首元に突き立てようとしたけど、それは躱され、逆に腕を掴まれた。


「話しを聞きなさい。それから君がしたいように私を殺せばいい」

「何を言っている!」


 ここで彼を殺さないと私は終わりだ。


「旦那様!」


 しまった。オレックスが部屋に飛び込んできた。

 終わりだ。

 拷問を受ける。

 私はきっと全部話してしまう。

 それなら死んだほうがいい。

 副団長、ギル様。 

 ごめんなさい。役に立ちませんでした。


「馬鹿なことをやめなさい。オレックス、扉を閉めなさい。早く!」


 舌を嚙み切ろうとしたのに、口に指を突っ込まれ、噛んだのは奴の指だった。血の味が口の中に広がる。


「旦那様!」

「静かにしなさい」


 ずんっと衝撃をして、体の力が抜けた。

 私の記憶はそこまでだ。


 目覚めると、私は清潔なベッドの上にいた。

 軍務大臣がすぐそばにいて、逃げ出そうとしたが、それはオレックスによって防がれる。

 口には布が巻かれていて、自害することもできない。 

 絶対絶命だ。

 こうなると拷問を耐えきる必要がある。


「ケイト。それは偽名ですね」


 軍務大臣がなぜか微笑みかける。

 オレックスは私の両腕を掴み、ベッドに押し付けている。


「あなたはケイトの娘。そして私の娘でもある」


 何を言っているんだ。この人は?

 私は抵抗をやめ、軍務大臣の顔を睨む。


「今から十八年前、私はケイトに会いました。身分を隠してあなたの国に潜んでいました。そこで定食屋で働くケイトに出会いました。私たちは愛し合い、だけど、私は国に戻る必要があり、迎えにいくことを約束してケイトと別れました。その後、彼女とは連絡が取れなくなってしまい、取れたのは彼女が殺され、娘がいるということを知ってからでした」


 淡々と軍務大臣は語る。

 この人が私の父、ありえない。

 何を静かに語っている?

 母はあなたの弟に殺されたというのに。

 もしかして、こいつが母を殺すように仕向けたのか?

 殺したい。

 何が父親だ。

 彼に一矢を報いたいと抵抗するけど、オレックスの拘束は堅く、私はベッドに押し付けられたままだ。


「まさかケイトが殺されたなんて。なんて惨いことをサイファイはするのか」


 何を言っているの?

 母を殺したのはあなたの弟だ。

 私の国のものではない。

 叫ぼうとするが、布が邪魔して話せない。


「ケイト。そう呼びたくないのですが、その名を呼びます。何か話すことありそうですね。自害しないという約束をしてくれるなら、布を取ります」


 自害なんてしない。

 こいつを殺すまで。

 絶対に。

 作戦は続行する。

 油断させて、こいつを殺す。

 私は頷いた。


「取りますよ」

「旦那様!」


 オレックスが反対の声を上げたけど、軍務大臣は布を取った。


「何か言いたことがありますか」


 考えろ。

 怒りで行動してはいけない。


「お父さん」


 震える声でそう呼ぶ。

 心が痛い。

 こいつにそう呼びかけるのが嫌で堪らない。


「君の名前を教えてくれるか?」


 本当の名前なんて絶対に教えない。


「ルイーダ」


 昔母に読んでもらった物語の女の子の名前を名乗る。


「ルイーダ。会えてよかった。本当に」


 オレックスが私から手を放し、軍務大臣が私を抱きしめる。

 気持ち悪い。

 ぞっとする。

 だけど、私はやり切る。

 戦争を止める。

 愛し合っていたなんて嘘だ。

 母はこいつの話を一度でもしたことはなかった。

 父は私が生まれる前に死んだと聞かされていた。

 だから、母はこいつを恨んでいたはずだ。その上、こいつの弟に殺された。あいつは母を凌辱しようとしていた。

 最低な奴だ。

 軍務大臣は私を抱きしめ油断している。

 だけど、オレックスが警戒しているのがわかる。

 あいつは細身だけど、副団長と一緒で強い。

 だから、今はじっとして機会を待つ。


 


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