第12話 誘惑の仕方

「さあ、あなたたち、隣国で流行っている可愛い服を作るのよ!」


 二週間後、私は再び副団長の家に戻ってきた。

 宿屋の女将さんと旦那さんは娘さんと再会できてうれしそうだった。

 早く宿を出ることができてよかったかもしれない。

 そういう温かい気持ちで、副団長の家に戻ってきた。

 料理とか全くしていない感じで、台所は私が去った日から変わっていなかった。

 再同居、訓練初日、家に仕立て屋がやってきた。

 私の服を作るためらしい。

 これは任務のためなので、拒否権はない。

 隣国の軍務大臣に興味をもってもらわないといけないんだ。

 どういう設定で私が隣国に潜り込むことになるか、後で副団長に聞いてみよう。

 服の寸法はもちろん服を脱いでするもの。

 副団長は早々と部屋を出ていき、仕立て屋さんが私の寸法を測る。

 服のデザインは副団長と仕立て屋さんにおまかせした。


 その後に、歩き方の指導をされた。

 やはり男らしくしようと心掛けていたせいで、歩き方が男性寄りらしい。

 副団長は女性らしい歩き方を見せてくれた。

 背を伸ばすが、腰を左右に微妙に揺らす感じだった。

 難しい。


「ああ、それ振りすぎ。それは引かれるだけだから」


 歩き方をまねるだけでも結構時間がかかってしまった。

 

「誘っているのか、いないのか、微妙なところがいいの。ドキドキするでしょう?」


 副団長がゆったりと歩くと確かに色気が漂ってきて、ドキドキした。


「今日はこの辺にしましょうか?まだ一日目だし。明日は軍で訓練でしょ?」

「はい、そう聞いてます」


誘惑技術の訓練は歩き方で終了で、買い物に行くことになった。


「アノン君のスープが食べれるのが楽しみだわ」

「ミルクスープも作れるようになったので、今夜はそれにしましょうか?パンも今日は買ってもいいですか?」

「もちろん。焼いてくれるのは嬉しいけど、今は訓練もあるし、無理しないでいいのよ」

「ありがとうございます」


 そう言われたけど、料理は好きだ。

 特に副団長は私の料理を美味しそうに食べてくれて、嬉しくなる。

 明日はパンを焼いてから軍に行こう。

 両手にいっぱい抱えるほどに買い物をして、私たちは家に戻る。

 副団長の家なので、「家」というのはちょっとおこがましいけど。


「少し待っててくださいね。先に湯あみしますか?」

「そうね。そうしようかしら」

「それでは水を沸かしますね」


 水を沸かしながら、野菜を切る。

 買ってきたベーコンは細かく、野菜はおっきくだ。


「じゃあ、先に湯あみするわね」

「はい」


 宿屋の旦那さんが料理を担当していて、ミルクスープ以外にも色々料理を教えてもらった。前よりかなり作れる料理が増えている。

 隣国に送られる前に、色々な料理を食べてもらいたいな。


「湯あみ終わったわ。作り終わったなら先に湯あみする?」 


 服を着替えた団長は少し印象が違う。


「髪、髪伸ばさないんですか?」


 私のために隣国へ侵入するために、副団長は髪をばっさり切られた。その後伸ばしていた気がするのだけど、髪が短いままだ。

 どうして今まで私も気が付かなかったんだろう。


「短いと楽ってことに気が付いちゃったのよね」

「確かに、そうですよね」

「あなたの場合、任務上、伸ばしたほうがいいわね」

「そうですよね」


 少年のように見える私の髪形は、肩に触れるからふれないくらいの長さで、前髪も伸びていて、耳にかけている。髪が長い女性が多いので、伸ばしたほうがいいのだろう。

 

「次は香油とかも買いましょうね。艶やかな髪にしてあげるわ」

「ありがとうございます」


 副団長の金色の髪は艶があって、いつも輝いている。 

 私は黒髪だけど、香油を塗れば艶やかになるのかな?


「さて、先に夕食済ませようかしら。片付けは私がやるわ。あなたはゆっくり湯あみしなさい」

「それは駄目です」

「どうして?」

「副団長だからです」

「確かにそうだけど、家にいる時くらい、副団長じゃなくてもいいじゃない?そういえば、アノン君は私の名前知ってるの?」

「知ってます」

「言ってみて」

「ギル・エルガード副団長」

「副団長はいらなかったわねぇ。そうね。アノン君。ギルって呼んで」

「へ?え?」

「家にいる時だけよ。名前で呼ぶって重要なの。相手を誘惑する時も、名前で呼んであげると堕ちるの早いわ」

「えっと、あの、わかりました。だけど、副団長に対してはそんなことしないでも」

「訓練よ。訓練。わかった?」

「はい」

「じゃあ、呼んで」

「ギル様」

「………」

「副団長?」

「ああ、もう。ギル様って呼んでみて」

「ギル様?」

「ああ、最高。その感じでよろしくね」

「はい」


 名前で呼ぶって不思議な感じ。 

 なんていうか恥ずかしい。

 ううん、もどかしいというか、表現が難しい。

 浮かれた気分になりそうになる。

 これは、きっと辛い目にある前の前兆だ。

 隣国に侵入するのはたやすいことじゃないはずだ。

 きっと色々大変な思いをする。

 大体、軍務大臣を誘惑するなんて、私はなんて大それたことを。

 だけど、大隊長を含めスカーレット様のお兄さんもできると思っているから、私を任務に参加させた。

 がんばろう。


「明日。暗殺技術よね。誰が担当するのかしら。とても嫌な予感がするわ。まあ、それよりも今は湯あみ。お湯を沸かすわね」


 その後、湯あみをして、夕食を食べた。

 ミルクスープの出来栄えはなかなかで、副団長はお代わりをしてくださった。副団長と呼ぶたびに、呼び名をやり直しさせられたので、少し疲れてしまった。名前を呼ぶだけなんだけど。

 片づけはやはり頼むのは嫌で、話し合った結果、共同作業になった。

 一緒に皿洗いをするのは意外に楽しかった。

 ここでも名前のことがあって、どっと疲れてしまった。

 おかげで、以前と同じ寝室へ入り、ベッドに横になった瞬間、眠けに負けた。



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