第14話 ハッピーエンド

キュウビは勝ち誇った。盾が炎を防ぎ切ったとしても千度を超える灼熱を人間は耐えられない。

あの厄介な男は死んだ。後は女をじっくりといたぶるだけ。

今後のことを考え、楽しそうに嗤う。


「笑ってんじゃねえよ」


キュウビの虚を突くように白煙の中から正愛が飛び出した。


「助かったぜ、珀。お前がいなけりゃ今頃、灰になってた」


珀に感謝をし、一気に肉薄する。

キュウビは困惑と動揺で出足が一瞬遅れる。なぜ、この男が生きているのか。


珀に与えられた能力。それは簡易的な神域。たった一度の使い切りの不可侵領域の生成。

最後の爆炎は正愛には届かなかった。


「起動しろ。復讐者の腕」


正愛の発したキーに反応し、瞬間的に黒い鎧装が腕を包む。


「100%、フルバースト」


青い閃光が迸る。可視化されたエネルギーが虚空にはじける。

限界まで蓄積されたダメージが…復讐者の怨念が溢れ出す。

しかし、あと一歩足りない。出遅れたとは言え、全てに勝るキュウビの速さを正愛じゃ埋められない。


「結縁!今!」

「神威!」


20を超える閃光を纏った神の一撃が4体の分身を瞬時に撃破する。

瞬間、キュウビの足が止まった。


「分身に蓄積されたダメージは撃破されたときに本体に返ってくるんだろ?その瞬間だけ、ダメージに足が止まる」


この瞬間、好機逃しはしない。

悪あがきに振るわれた凶爪を盾で防ぎ、懐に潜り込む。


「くたばりやがれぇぇぇぇぇぇ!」


乾坤一擲。全てをかけた正愛の一撃は右前足を中心に半身を吹き飛ばした。


「正愛くん!」


結縁の悲痛な叫びが聞こえる。

反動で右腕が動かない。脱臼か骨折か。それでも、やり遂げた。そのはずだった。


「な、んだよ…それ」


醜く再生していくキュウビの半身。欠損部から肉体が生え始め、未だにその命は健在している。

息は絶え絶え、今にも倒れそうなほど消耗しているが目には正愛への敵意と憎悪で赤黒く光っている。

一歩。また一歩と正愛へと近寄っていく。その爪で牙で確実にその命を奪おうと。


「…終わりか」


足りなかった。届かなかった。今まで努力を続けていれば…恐怖なんかに心を折られていなければ…。そう思っても後の祭りだ。

ただ、結縁だけは生きていてほしい。

その願いを一心に最後の悪あがきを…。


「いえ、終わりじゃありません。私がこの戦いを終わらせます」

結縁の声が正愛の意志を遮った。


そして、次の瞬間天候が目まぐるしく変わる。雨が降る。晴天が灼熱を生む。雷が迸り、暴風が吹き荒れる。結縁の式神と言えど、キュウビは神々の逆鱗に触れた。

四柱の神は怒りのままに神気を放つ。


キュウビは生まれて初めて恐怖した。これには勝てないと。

喰らったからには放してはならなかった。唯一の勝機を手放してしまったと遅ればせながら気づく。


「正愛くんのおかげでこの子たちが解放されました。後は休んでいてください」


キュウビの喰らった三柱の神は魂の状態で体内に囚われていた。

しかし、正愛の一撃が拘束を緩め、脱出口まで作ってしまった。


「四神装纏・天叢雲」


天を支配し、従えるほどのその威光はまさに神威であった。

一切の穢れなき純白の装束はその無垢に恐れを抱き、両手で握られた剣を振るえば天すら両断するだろう。薄く透き通る羽衣が一層人間離れを加速させる。

結縁が地を踏みしめているというのに世界には音がない。

キュウビを含め、世界が結縁の威光に飲まれていた。それに気づいたのは剣が振るわれた後だった。


軽く振るった剣は今までの苦労を嘲笑うかのようにあっさりと前足を両断した。

恐怖に、焦燥に背を焦がされるキュウビは回復と同時にあらゆる手段をもって結縁へと攻撃を仕掛けた。分身を、透明化を、業火を。

その殆どが剣によって弾かれ、幸運にも傷をつけられたとしても鳳凰の炎が傷を再生させた。


どうしようもなかった。本能が逃げろと訴えかけてくる。

どうやって?この怪物から…己を裁きに来た神からどうしたら逃げられる?

それでも、ただこの恐怖から逃げ出したかった。分身を透明化を炎を今度は逃亡のために行使する。しかし、


雨露霜雪うろそうせつ


雨が降り炎を消し、一瞬で積もった雪が足跡を残す。


雷霆万鈞らいていばんきん


雨雪転じて雷が豪雨のごとく降り注ぐ。一瞬にして分身が消え去り、キュウビ自身も灼け焦がされる。すでに戦意はない。それでも一縷の望みにかけて空を駆けていく。


「…正愛くんに怖い思いをさせたことも!攻撃したことも!絶対許しません!」


悪意をもって多くを傷つけ、喰らいつくしたものに慈悲はない。


「と、友達に手をだしたことを後悔してください!」


光る剣が虚空を切り裂き、天を割る。かつて龍を切った神の剣がキュウビに牙をむいた。

恐怖も焦燥も後悔もすべてを抱えたままキュウビは消滅する。


「神威・天之羽々斬」


分厚い雲は両断され晴れ間が見える。天使の梯子が地上に下り、世界を照らした。

キュウビは消え去り、脅威は去った。


「はは、やっば」


自分がどれだけ無力さを痛感すると同時にそれでもきっと、結縁の力になれたことに嬉しさを覚えている。


「正愛くん!」


四神装纏を解除した結縁が焦った表情でこちらへと駆けてくる。

珍しくタマですら焦った顔をしているのだ。少し笑えて来る。


「右腕見せてください!…っ!ひどいことになってますよ!ピーちゃん!」


召喚される赤い鳥…ピーちゃんと呼ばれる鳳凰はすぐに患部へ羽を当てると温かい火が灯る。

焼くことも傷つけることもなく正愛の傷を癒していく。

久々の全力戦闘を終え、気が緩んだのか微睡んでいく。


「…死なないですよね!?」

「死なねえよ。たかが骨折でギャーギャー騒ぐな!」


微睡みを衰弱と勘違いしたのか騒ぐ結縁に正愛も大声でツッコミを入れる。

眠気がどこかへ行ってしまった。

そのかわり大事なことを思い出した。


「カバン…あそこか」


傷の治療を終え、端的にお礼を言うとカバンの中を確認し、大事なものが傷一つないことを確認し安堵する。

そして、猛烈に恥ずかしくなってきた。


(…え、今渡すの?なんか…恥ずい!!)


降ってきた雪。クリスマスイブ。人除けの結界も効果を終えてはいるものの周囲に人気はない。

つまるところ、二人きり。

なんか…告白みたいではないか。いや、決してそーゆう意図はないのだが。


「正愛くん?どうしましたか?」

「いや…えっと」


口ごもる正愛。その時、風が吹き結縁が可愛らしいくしゃみをした。


「なんでお前、こんなに寒いのに薄着なんだよ…」

「戦ってるときに上着どっか行っちゃって…」


上着を結縁に投げ渡し、プレゼントの包装を解く。

少し躊躇って、首元へマフラーをかける。


「…暖かいです。くれるんですか?」


寒さに鼻頭を赤らめ、上目づかいで遠慮気味に正愛へと問う。

そのまっすぐな瞳を見つめ返せず目をそらしてしまう。


「…クリスマスだからな」

「そうですね。クリスマスですから」


照れ臭そうにうつむく結縁を見て再び恥ずかしさに顔を赤く染める。

それを見て、結縁は嬉しそうに笑う。


『おい、持ってきたやったぞ』


足元からふてぶてしい声がした。タマが咥えていたのは見覚えのある包装。

以前、遊びに行った帰りに結縁が持っていたものだ。


「学校で今までのお礼として渡そうと思ったんですけど勇気が出なくて…もらってくれますか?」


驚きで声は出なかったが、素直にプレゼントは受け取った。

小さな包みの中には手袋が入っていた。


「この前、遊びに行った時にはつけていなかったので…持っていたらすみません」

「……」

「ご、ごめんなさい!センス悪かったですか?」

「いや、すっげえいいよ。嬉しい」


黒のレザーの手袋。スタイリッシュで高級感もあってかっこいい。

先日のプレゼントセンスと比べるととんでもなく成長している。


「ほんとにうれしい」

「…うん」


緊張していたのか結縁は顔を綻ばせて肩の力を抜いた。

結縁からのサプライズに正愛も嬉しそうにほほ笑んだ。正愛の珍しい微笑に嬉しそうに笑う。


「つけていいか?」


結縁は笑顔でうなずく。冷えていた指先が徐々に温かくなっていく。

最高のクリスマスプレゼントだ。


「くしゅん!」

「あ、悪い。寒かったな。そろそろ行くか」


鞄を拾い上げ、結縁へと渡す。どこに?…と首をかしげる結縁に正愛は照れ臭そうに頬をかくと遠回しに伝えた。


「…純恋がクリスマスパーティーに五人分料理作ってくれてるらしい」

「い、行ってもいいってことですか!?」


無言で視線を逸らす正愛に結縁は満開の笑顔を見せる。


「ケーキ…ケーキ買っていきましょう!正愛くん!」

「あほ、市販のケーキより純恋が作るケーキのほうがうまいから楽しみにしとけ」


徐々に人が増えてきた。人知れず人々を守り、死闘を終えた二人は人込みへと紛れていく。

クリスマスソングが街に流れ、イルミネーションが人々を照らす。

二人は歩を踊らせ、クリスマスパーティーへと向かった。



「ふぅ…」


時刻は日を跨ぐ頃、一息つくために正愛は外へ空気を吸いに出た。

雪はちらほらと降ってはいるが積もりそうにはない。


「雪だるま作りたかったなぁ」

「……意外と子供ですね、正愛くん」

「うおっ…。え、どうした?」


不意に声を掛けられ、声を出して驚いてしまう。誤魔化すように用件を聞き返した。

答えは聞かずとも、大方察してはいる。


「遅いですが今日は帰ろうと思って…。さすがに男の子の家にお泊りはできませんし…」

「ま、それが普通だよな」


当たり前のように泊まる純恋や寝るつもりがなく朝までゲームをやり続けるつもりの真白がおかしいのだ。少しは警戒心と言うものを持ってもらいたい。別に何もしないが。


「ちょっと待ってろ。コートとってくる」

「いえ!遠いですし、いいですよ。一人で…」

「いいから待ってろ」


結縁の言葉を遮り、手早くコートを取りに戻る。戻りがけに純恋に一言伝え、外へ出た。

街灯がぽつぽつと照らすだけの夜道を二人歩く。

間に言葉はなくしびれを切らした結縁が先に話題を切り出した。


「そういえば、今日はご両親はご在宅じゃなかったんですね。挨拶を…と思ったんですけど」

「あ~…あいつ言ってねえのか。うち、両親いねえんだよ。昔、死んじまってな。親父の知人が親代わりだけど忙しくて世界中飛び回ってていねんだよ」

「あ、すみません!」

「気にすんな。特に気にしてねえよ」


再び、無言になる。結縁は再び地雷を踏むのを恐れ口を紡ぐことを決めた。


「…少し話聞いてもらっていいか?」


こくり、とうなずくのを確認してから話始める。

両親のことを、父親が結縁と似ていることを、そして、両親の死から何を思ったのかを。

結縁は真剣な顔でただ静かに聞いていた。


「…だから、俺はさ神代さんにも傷ついてほしくないよ。無茶してほしくない」

「…お気持ちは分かりました。ありがたくもあります。それでも、頷くことはできません。誰かが困っていたら手を差し伸べる。それが私の生き方ですから」


正愛はその言葉に嬉しそうに笑った。それでこそ結縁だ。

答えなんて聞く前から分かり切っていた。


「そう言うと思ったよ。だから、俺は神代さんを守るよ。今はまだ、本当の意味でとなありには立てないし、対等ではないけど。いつか隣に立つよ」


それは紛れもない本心で正愛の覚悟だった。

きっと昔からずっと答えはこれしかなかったのだ。誰も失いたくないのなら自分が強くなるしかない。

シンプルで誰でも分かる答えに辿り着くまでに随分と遠回りしてしまった。

けど、それでいい。遠回りだったからこそ得られたものがある。


「待っとけよ。全部まとめて俺が守ってやるから」


守ってやる。そう言われたのは生まれて初めてだった。

幼いころから才能を遺憾なく発揮していた結縁にとって周りは助けるべき対象ではあっても助けられることはなかった。

だから、嬉しかった。思わず抱き着いてしまうくらいには。


「神代さん!?」

「約束ですよ?絶対ですよ?信じて待ってますからね、私」

「…ああ、約束だ」


正愛は覚悟を新たに、目に涙を浮かべる少女に誓いを立てた。

満足いったのか結縁は正愛から離れると再び帰路へとついた。内心、思わずやってしまった抱擁に顔は真っ赤だったが必死に平常心を保っていた。


「…そういえば!正愛くん、私のこと神代さんってよんでますよね!?なんでですか!?」

「なんでって…。おかしいことはないだろ」

「だって…と、友達ですし…。それに助けに来てくれた時は結縁って…」

「それは…」


正愛は思い出し、顔を赤くする。勢いで口をついたことを後悔した。

正直、照れ臭いがきっと結縁は納得しないだろう。少し躊躇するが、結縁から視線を逸らし恥ずかしさを誤魔化すように勢いをつけたままに大声を上げた。


「結縁!さっさと帰るぞ!」

「はい、正愛くん!」

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