第3話 交渉と言う名の…

4限目の終わりのチャイムで目を覚ます。

まだぼやけている頭をクリアにするため、ぐーっと背筋を伸ばす。

騒がしさは教室から廊下へと伝播していき、苦行の中の短い休息を楽しむべく多くの生徒たちが教室を抜け出していく。


『先輩、部室で飯食います?』

『ごめ~ん!小テストクリアできなくて補習~!』

『何点だったんですか?』

『12』

『…ああ、50点満点ですか?』

『………100点満点だよ』

『50点満点でもひどいのに…』

『うるさいなぁ!鍵は持ってるでしょ!?使うなら使っていいよ!』


真白からの許可も出たので部室で昼食をとることにし、買ったパンとスマホを持って教室を出る。


「あ、財布忘れた」


途中で飲み物を買おうとしたのに財布を忘れたことに気づき、教室に戻ろうと踵を返す。


「…っ!」


なんかいた。

正確には、こそこそと後ろからついてきている結縁がいた。

一瞬、用件を聞くか迷うが、きっとさっきの件だろうと見なかったことにして隣を通る。


「………」

「………」


バッと振りむけばサッと木の影へと隠れる。

なんだこれ、だるまさんが転んだか?


『…なにやってんだ、あほ主人。言いたいことあるならパッと言ってくればいいじゃねえか』

「で、でも!緊張するし、昨日関わるなって言われたから人がいないところまで行かなきゃ…。で、出来れば嫌われたくないし…」

『あいつに嫌われたくねえなら関わんねえのが一番だろ。うじうじしやがって』

「式神のタマちゃんにはわかんないだろうけど緊張するんだよ!」

『そんなもんかね』


タマは興味なさそうにあくびをすると、器用に肩の上で丸くなりすぐに寝息を立て始める。

そんなタマを結縁は優しくなでてから、また正愛を追い始めた。


「あれ!?いない!」

「…よし、まけたな」


結縁が見失ったことを影から確認し、念のため遠回りして部室へと向かった。

しかし、そこで話は終わらなかった。


昼休み、終わりに教室へと戻ってからやたらと視線を感じる。

ぼっちとはいえ、孤高の姫様としてやたらと目立つ結縁だ。

そんな結縁が正愛に注目するとどうなるか。巻き添えで注目される。悪評のおまけつきで。


「…チッ」


居心地の悪さに思わず舌打ちが漏れる。

一気に視線の数は減ったが、それと同時にコソコソ話の数は増え、更に正愛の居心地は悪くなる。

ティリン♪とスマホの通知がなる。


『お疲れ様です。買い物のお話ですが校門集合でいいですか?』


純恋からの連絡に二つ返事で返信を返そうとし、削除ボタンを押す。


『すまん、今日は用事ができた。また明日にしてくれ』


嫌なことは先に終わらせるに限る。



本日の授業は終了し、各々が放課後の過ごし方について楽しそうに談笑している。

そんな楽しい雰囲気を切り裂く一言を放った。


「神代さん、ちょっと時間良い?」

「ひゅっ」

「ひゅっ?」


驚きを超え、声にならない声が漏れた結縁は慌てて口をふさぎ正愛に背を向ける。

話したいことはあった。が、正愛の方から。それも教室で声をかけてくるとは想定していなかった。

そして、結縁は想定していないことにめっぽう弱かった。


「えっと…なんでしょう?」


視線を合わさぬまま取り繕われた一言に正愛は「場所を変えよう」と提案する。

教室を出る際、カツアゲだの脅迫だの聞こえたが、扉を閉めてシャッタアウトした。


「…どこ行くか」


部室は恐らく真白先輩がいる。借りてもいいが他に居場所のない先輩を部室から追い出すのは胸が痛む。

もう少しすれば帰宅する生徒や部活に行く生徒がいなくなり格段に生徒は少なくなる。

それまで待つか。


「あの…人がいないなら心当たりがあります…けど」

「助かる。案内してくれ」


先を促し、そのあとを正愛は静かについていく。

玄関へと向かっていく生徒たちの中を逆行するように進んでいく。


「…なるほど、屋上ね。たしかに放課後なら人はいないか」

『ここなら静かに話せんだろ。確認したが人っ子一人いねえよ』

「駄猫」

『ぶちくらわすぞ、クソガキ。口を慎めよ』

「学校でしゃべってもいいのかよ。ばれたら大変だろ」


正愛の言葉にタマは肩をすくめ、やれやれと器用に呆れた様子を見せる。

そのポーズに正愛は額に青筋を浮かべる。


『てめえら、人間の何千倍五感が鋭いんだ。誰か来ればわかるし、そもそも誰もいねえってさっき言っただろ』

「SNSでいつか拡散してやる…。じゃ、本題に入るか」


一応、屋上の入り口から死角に当たるベンチに腰を掛け、隣に座るよう勧める。

少し迷った後、おずおずと席に着く。


「それで、俺を追い回してた理由は?」

「お願いがあるんです!!!」

「うぉ…ちょ、近いよ?」


しかし、意を決した結縁は正愛の言葉など気にもせず…いや、そもそも聞こえておらず堰を切ったように言葉があふれてくる。


「私の代わりに神様と交渉してくれませんか!?もちろん、お礼はしますし、その後関わるなというなら今度こそ金輪際関わりません!だから!」

「ちょっと落ち着け!」


前のめりな結縁の肩をつかみ、強制的に落ち着かせる。


「す、すみません…」


頬を染め、恥ずかしそうに身を縮める。


「私調子に乗るといつもこうで…」

「それはよくわかった。ほんとによくな」


どうもパニックになりやすいみたいだ。落ち着けるのも一苦労である。


「で、神様との交渉ってなんだ。1から説明してくれ」

「えっと…お仕事を手伝ってほしいんだ。私の異能協会からのお仕事」


取り出したスマホに一通のメールを表示する。

総明市近辺において猛威を振るう指定討伐対象の討伐。そう書かれていた。


「異形はその存在を確認され次第、すみやかに討伐部隊が組まれるのですが稀にすぐには討伐されず生き延びることがあるんです。被害が多い、もしくは、長く生き延びたものを指定討伐対象と呼ぶことがあります。今回はその討伐になります」

「つまり、この前の怪物より強いってことか」


指定討伐対象。厄介なことになってるみたいだ。

結縁の言い方は間違いではないが芯を得ていない。指定討伐対象とはつまりは放っておけば街一つ簡単に滅ぼしてしまうような化け物だ。

そのレベルの依頼が来るってことはつまり…


(こいつ、英雄レベルかよ…)


異能協会のほんの一握り。上澄み中の上澄み。


「そうですね。…厄介なことに対象の姿、能力。なにも分かっていません。だから、私は今回、土地神に力を借りることにしました。そこでです…。私にお力添えいただきたいのです」

「それでなんで神様と交渉、ってことになるんだ?」

『そりゃ神様だってただで力を貸してやるほど暇でもなけりゃ、力を持て余してるわけじゃないのさ。自分の神域を守るにも力がいるからな』

「それに、いくつかの神社の土地神が急にいなくなったそうなので調査も兼ねてます」

「そうじゃなくて、なんで俺が。そんなの自分で…」

すればいいだろ。そう言おうとして止まった。

『このあほたれに交渉なんて高度なコミュニケーションができるわけねえだろ…。考えてものを言え』

「そうだな…。すまん」

「暮雲くん!?」


ノートすら借りれない結縁が交渉なんてどだい無理な話なわけだ。


「つまり、俺に神様相手に交渉しろってわけか。無理だな」


メリットがない。助ける理由もない。

なにより、正愛は神秘とはもう関わらない。そう決めていた。

昨夜がイレギュラーであり、最後なのだ。


「要件はそれだけか?なら、俺は帰るぞ」

「ま、待って!」

「…神代さんは俺に何を差し出せる?」

「え?」


正愛は続ける。


「交渉ってのはお互いが相手にできることをカードとして、そのカードをいかに使わず相手から欲しいカードをもらうかのゲームだ。今の俺と神代さんの状況は交渉にすらなってない。ただのお願いだ。そしてそれを聞く義理なんて俺にはない」


その言葉が正愛から結縁へ送れる最大のアドバイスだ。

頭が悪いわけじゃないし、しっかりと事前調査を行って作戦を練れば十分に勝率は確保できるはずだ。

正愛はカバンを肩にかけ、今度こそ屋上から去ろうとする。


「…暮雲君は、なんで私と距離を取ろうとするんですか?何か理由があるんですか?」


理由はある。しかし、神秘側の人間だということを伝えるつもりはない。


「…目立つ奴と一緒にいたくないんだよ。一人でもあれこれ言われてんのにこれ以上火種を作りたくない」

「どうしても私と一緒にいたくはないってことですね…」


やけに念押しをすると、そう思った。

一緒にいたくないことの確認など普通はしないし、正面から言われて気持ちのいいことでもない。だからこそ、疑問に思う前に正愛は屋上から出るべきだった。

結縁が正愛の手をつかんだ。


「これから私はお願いするわけでも交渉するわけでもありません。先に謝っておきますが、ご迷惑をおかけします」

「なにを…」


手を振りほどく隙も耳をふさぐ隙も正愛には与えられなかった。


「明日から毎日話しかけます。昼食時も同席します。私はこれから友達のように暮雲くんに接します」

「神代さん?」

「冷たく接するならそれでもいいです。自ら火種を増やすまねができるならですが」


結縁の目は混乱しているのに覚悟だけは決まっている。…いや、キマッている。


「もう一度言いますがこれは、お願いでも交渉でもありません。脅迫です。暮雲くんがうなずいてくれるまでさっき言ったことは本当にしますからね!」

「お前…正気か!?」

「正気だけじゃやっていけないんですよ!」


結縁には勝機があった。正愛が優しいことを知っていた。面倒見がいいことを知っていた。

だからこそ、押しに押せばと強行に出た。


「さあ、どうしますか?平穏な学園生活を送りたいなら大人しくうなずいてください!」

「セリフが悪役すぎる」


正愛はついぞ結縁を諦めさせる方法を思いつかなかった。

短く嘆息し、渋々頷いた。


「わかった。降参だ。手伝えばいいんだろ」

「ほ、ほんとですか!?」

「頷かないと付きまとうんだろ?だったら、早いとこ終わらせてさっさとおさらばだ」

「おさらばって…まあ、いいですけど」


不満気に頬を膨らませるが、すぐに笑顔を浮かべる。ころころと表情が変わる。

口ではなんだかんだ言いながら結縁にノートを貸した時から結末は決まっていたのかもしれない。


「それじゃあ、これからよろしくお願いしますね!暮雲くん!」

「短い間だけどな」


正愛が手を差し出せば、結縁はあたふたしながらもおずおずと手を差し出す。

孤高とひとりぼっち。


『なんだかんだ相性悪くねえんじゃねえか?こいつら』


タマがつぶやいた言葉は二人に聞こえることはなく消えていった。


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