カッパとリンゴ 

流山忠勝

幼少の思い出

 ※当作品は、小学生の方でも読めるように、わざと漢字にしていない部分がございます。ご注意ください。


 これはわたしが幼いころに体験したふしぎなお話です。

 わたしは生まれてからずっと体がよわく、よく熱をだしていました。ごはんもあまり食べられず、体育の時間では、体をうごかすとすぐにつかれしまうのです。そのせいで思うようには過ごせず、学校も休みがちで、クラスのみんなからは「ズル休みの子だ」、「のろま」、といわれて、友だちはひとりもいませんでした。

 ですので、学校からはすぐに逃げるように帰っていました。家は学校に行くまでに、十分とかからないほど近かったのですが、走って帰ると、いつも死ぬのではないかと思うほど呼吸が苦しくなっていたのです。

 もちろん、休みでない日の放課後は、いっしょに遊んでくれる子もいません。ですので、わたしはよくひとりぼっちで遊んでいました。

 近くの公園で、お花のにおいをかいだり、ベンチの上で本をよんでみたりと、なかなかに満足はできたのですが、やはりさびしいものでした。

 ある日のことです。わたしはクラスでうわさになっていたことを、本当かどうかたしかめに行ったのです。

 学校のうらの雑木林の中に沼があり、その沼には、化け物がでるというものでした。わたしは学校の図書室でこわい本をよむのが好きだったので、化け物がいるのかどうか、つい行ってみたくなってしまったのです。

 学校が終わると、すぐにわたしはその場所へ向かおうとしました。空がくもっていたので、ポンチョを着てから、行くことになりました。その日はかなり気分も良く、いつもよりも体をうごかすことができました。さすがに、沼に着いときは息を切らしていましたが、特に問題はありませんでした。

 ちょうどそのとき、ポツポツと雨がふりだし、やがて、ザァーザァーと変わりました。「あー、これは早く帰らないとなぁ」と思いました。

 しかし、そのとき、私は見たのです。沼の中心にある大きな岩の上に、白いお皿を頭に乗っけ、腰に草で編んだかごを付け、ねこのような目でこちらを見つめ、黄色いくちばしと緑色のはだを持つ化け物を。

 カッパだ。あの見た目は間違いない。そう思いましたが、わたしは、おどろきすぎてその場から全く動けませんでした。

 すると、カッパは、

「わらべ、何しにここに来た」

と、暗い声でわたしに話しかけてきたのです。ですが、ふしぎなことに、わたしは一切こわさを感じませんでした。なんというか、とても本物だとは思えなかったのです。化け物を見るということがそもそも初めてのことでしたし、カッパはあくまでおとぎ話の生き物であると思っていたのです。むしろ、わたしの中にあったのは、夢なら夢でかまわないから、おそらく今後ないであろう出会いを楽しもうという、好奇心だったのです。

「わ、わたしはうわさをたしかめに来ました。カッパさんこそ何をしているんですか?」

 わたしはウソをついては何かよからぬことをされると思い、正直に答えました。さらに、自分の中にある疑問を、ここぞとばかりに投げかけたのです。

「おれか?おれはただ居るだけさ。雨がふっている日ほど気持ちがよいときはない。」

 カッパそう言うと、誰かを抱きしめる準備をするように大きく両手を広げ、全身をもれなく雨に打たせました。その光景はなんだかとってもキレイで、たしかに気持ちよさそうだと思いました。

「しかし、わらべ達にうわさされるほど、この沼から出すぎていたか。反省せねばならんな。」

 カッパはなんだか難しい顔をしているようで、なんだか人間っぽいな、なんてことを思いました。

「この沼って何かあるんですか?」

「この沼をずうっと深くもぐっていくとカッパの王国がある。ここは、そことお前たちの住んでいるところをつなぐ、とても貴重な道だ。」

「へぇ、そんなところからわざわざ来たんですか。」

「ああ、あの王国にばっかいたら、心がおかしくなっちまうからなぁ。たまには外の空気も吸わないとな。それよりも、おまえは俺が怖くないのか。」

「ええと、あんまりです。逆にワクワクしています。」

「はっ、へんなわらべだ。お前のようなやつは初めてだ。だが、気に入った。」

 そんなやりとりをしていると、突然わたしのお腹が「ぐぅー」と鳴りました。今日の給食も他の子より食べられなかったせいでしょう。わたしははずかしくなって、顔をそらしました。

 すると、カッパは「ふむ、腹が空いているのか」と、意外そうな顔で言うと、おもむろに腰のかごから、真っ赤なりんごを取り出しました。

「ほら、食べるか?」

「きゅうりじゃないの?」

「きゅうりもいいが、お前のようなわらべならあまい方が好きだろう。ここで会ったのも、何かの縁だ。食ってみろ」

「毒リンゴじゃないですよね?」

「毒?毒はないはずだが…」

 わたしはおそるおそるそのリンゴを手に取りました。そこらのやおやさんに売っていそうな、本当に立派なリンゴでした。

 手にとってみても大丈夫そうだったので、わたしはがんばってそのリンゴをガブッとかみました。シャキと心地の良い音がして、すぐに口の中にあまずっぱさとみずみずしさが広がりました。

「おいしいです。」

「それはよかった。水の中にも、うまいリンゴはあるんだぞ。」

「けど、わたしが食べてしまってもよかったのですか?カッパさんとは、はじめて出会ったのに」

「いいんだ。わらべは元気に食べ、遊び、育っていくのが仕事だ。お前は運がいいな。人はなかなか食えないものだぞ。」

 そのとき、カッパはどうやらニヤリと笑っているようでした。わたしはカッパからもらったリンゴを、てきるだけ手をよごさないよう、ゆっくりと食べました。

 すべて食べ終えると「どうだ?カッパのリンゴも悪くはなかろう。」と、カッパが誇らしげな顔で言いました。「はい、本当においしかったです。」そうわたしが続けると、カッパは「そうだろう、そうだろう。」とうなずいていました。

 思ってたよりもカッパは人間ぽさがあって、優しい生き物なのだと、わたしはそのとき思ったのです。

 しかし、ちょうど同時に学校のチャイムが鳴り、帰らなけばいけない時間だということに気づきました。名残おしいですが、仕方がありません。

「すみません、そろそろわたしは戻ります。」

「おう、達者でな。」

 「はい、ありがとうございました。」わたしはそうお礼を言って雑木林を抜け、自分の家に帰ったのです。ただ、その日は息切れを全くせずに帰ってこれたのを、今でも覚えています。

 あのあと、また雨の日にあの沼に行きましたが、カッパの姿はどこにもなく、もう見かけることはありませんでした。

 しかし、あの日以来、わたしの体は今までがウソのように丈夫になり、学校を休んだり、ごはんを残したりすることはなくなりました。

 今でもわたしはあのカッパを探しています。一言、お礼が言いたいのです。



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カッパとリンゴ  流山忠勝 @015077

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