第32話 【EX.EP,】鋼のユラテ
琥珀に纏わる伝説にはいつも、女神の嘆きが付きまとう…。
コイツが厄介だ……。
防衛隊岩掌駐屯地で
沿岸部、軸泉湾口に、海中から迫る複数の機影があった。
アルオスゴロノ帝国所属、量産型半魚人タイプ水中ロボット【ディープトゥース】。
甲冑魚を思わせる頭部に、上半身には申し訳程度の増加装甲、ダイバーを思わせるシンプルなボディラインの両足先では、魚のようなヒレがはためいていて海水を掻き回している。
エラ状に切れ込みが欠かれた両脇腹から噴出するハイドロスラストに音は無く、今回の任務に合わせてより隠密性が高められていた。
「湾内に艦船、及び目立った兵器の展開はありません。海上防衛隊は軸泉から離れて、この県のメイン海港がある
「今はエシュタガが目立ってくれてるからなァ?お陰で動きやすい!」
ここは軸泉市から二十数キロ程南下した断崖絶壁が連なるエリアの、かつて小さな漁港だったであろう、隠れ家的な船着き場。
防寒着をガサガサ擦らせながらリールを巻き、全員がそれらしく振る舞ってはいるが、彼らは全てアルオスゴロノ帝国のエージェントである。
釣竿型のコントローラーとそれにリンクした特別兼用仕様の
エージェント達の中には、軸泉市から離れた幹部の一人、リキュストも居た。
「…アンバーニオンのバックアップ体勢の早さ…やはり軸泉には何かがある。…予定通り襲撃班は2波に別れて陽動、上陸班は先に説明したピックアップポイントを、それぞれ追及する!」
ディープトゥース部隊は、リキュストの言葉に応じて泳速を上げた。
だが次の瞬間、一番遠く離れた場所に陣取っていた一人がインカムを押さえ、慌て始めた。
「?、どうした?四番機?不具合か?ディープトゥースはどうせ片手間で引き上げて直した気になってるポンコツだから無理もな……」
[いえ、リキュスト殿、これは襲撃です!これは…海底にひきずられたようです!]
「なに?」
ゴヴァボボ….。o○!
ディープトゥース全機が、ヒレの踵を返して振り返る。
水中暗視カメラに映った先では海中に泥の煙が舞っていて、そのエージェントの言い分に説得力を持たせている。
フ…ズズズズズズ.。o○!
「?!、な、なんだ???!」
ディープトゥース達の足元。彼らが浮かぶ海の底で、巻き上がる泥の嵐が縦横無尽に沸いて回る。システムの向こう、ゴーグルの内側で驚くリキュスト達。
「泥が…」
その時、
複数の川が合流する扇状地の街、軸泉。
内二つの急流の一つはダムで塞き止められ、もう一つは国道沿いの峠道にねじ曲げられながら流れる景勝地として名高い。
景勝地の方は一気に海へと向かって流れ込む
それは河口河川敷への土砂堆積問題にもなっているらしく、定期的な治水掘削事業も必要なのだとか。
当然湾内もその影響をモロに受け、比較的粒子が細かく軽い泥砂は広範囲に拡散して、やがては湾内の海底に沈殿する。
その泥の中に今、何かが居る。
[なんだこの動きは!]
[まさか!…
[イヤ、この辺りはヤツらの縄張り《テリトリー》じゃないハズだぞ?]
「センサーは出すなよ?あちこちにバレる…」
相手がまず機械なのか生物なのか。
隠密作戦という都合上、派手な索敵は出来ない。使用しているディープトゥースですら、まだ国力復古が不十分であるコストの中では、突貫整備の虎の子なのだ。
リキュストが泥の怪物の動きに身構えていると、まるで明後日の方向で衝撃音が爆ぜた。
先程姿をくらませた四番機が泥中から放り出され、五番機に激しく衝突、両機共に爆発して大破した。
「[各機緊急応戦!急げ!]」
リキュストの指示で、残されたディープトゥース全機の巨頭が開口する。剥き出しになった牙は付け根のベルトごとチェーンソーのように回転して、いつか泥から飛び出して来る敵を待ち構える。
「ウオオオッ!」
「!?」
三番機のオペレーターが驚いて悲鳴を上げ、まるでゲームオーバーになった少年のように失望してゴーグルを外し、その場に
一番機を操るリキュストはその様子に注目しないよう、自機の水中カメラに集中す
る。
一番機のカメラが捉えた三番機の姿。
三番機の胴体は何か、巨大で細長い多毛類のような存在の牙に噛み挟まれていた。
「!!?…潜水艦!…だと!!?」
ディープトゥース三番機の胴体を先端に付いた
黒い弾丸状の先端部、天面から突出した艦橋。ここまで見れば、ほぼ誰でもそれが潜水艦だと思うだろう。
だがその潜水艦は、あまりにも異形だった。
艦首には可動する
リキュストは、まるで生き物のように柔軟に動く異形の潜水艦を見て確信した。
(しくじった!…軸泉からの撤退は防衛隊の罠か?!アレが…あのムシムシ潜水艦が恐らく…最近アチコチでディープトゥースを喰ってる化け物…!【鋼のユラテ】の正体!!)
キュボッッ!!.。o○!!
泥の中で三番機が爆発した。
閃光と衝撃を泥が受け止め、海中に柔らかなクレーターが一瞬姿を現す。
ピキン!!
クレーターから発せられた潜水艦のアクティブソナーが、リキュストのディープトゥースを叩く。
[
「!?」
リキュストはその音に少女のような声色を感じた気がして、しばしの間呆然としてしまった。
「は?!しまった!!」
リキュストが我に返ると、等間隔で漁港各所に散っていた仲間達の気配が無い。
夜目遠目の上、暗視ゴーグルと無線機を用いても彼らの存在感は皆無。
全員がその場で意識を失っているのだ。
「、!!!」
相次ぐ異変に動じたリキュストがその場でゴーグルを外すと、喉元には日本刀の切先。
そしてうなじにも同じく日本刀。
頭部の装備を押さえたまま、動けなくなったリキュスト。彼はいつの間にか、見知らぬ男女ペアのエージェントにハンズアップ状態にさせられていた。
恐らく仲間達を鎮圧したのも、このコンビなのだろう。
前門の狼はブロンドヘアにサングラスの女性。
後門の虎は白いスーツにサングラスのイケオジ。
40歳手前頃に見えるイケオジの方は、最 終 局 面 省 《ファイナルフェイズ》の飛行機に乗り、アンバーニオンの写真に一喜していた男だった。
「こんばんはシマサメくん。我々は君のホームの視聴者登録してた者ですよ?」
「ウチは違うワよォ?」
奇妙なイントネーション。わざとらしい英語訛りで日本語を喋る女性エージェントが、男性エージェントのフレンドリー(?)な挨拶を否定した。
「いやぁ…参ったね?」
リキュストは目尻を
「くっ!あ!…ど、毒……?!」
リキュストの膝から力が抜け、失神する。男女のエージェントは刀を後ろへ引き、息ピッタリにリキュストの小脇を支えて地面に降ろす。
二人がなにやら雑談しながら納刀する頃、リキュストは、やがてどこからかワラワラと現れたら戦闘員達に引き渡され、仲間共々人員輸送車で連行されて行った。
ゴ!ザヴァ….。!
ディープトゥース部隊を全滅させた潜水艦が、まるで映画の首長竜のように鎌首を海上に付き出し、時折閃光が走る夜空を見上げた。
潜水艦としてはあり得ない機動を可能にしているのは、【ある設計上の都合】による無人機故である。
「· ……」
海上防衛隊、重合重深隊所属。
遠くで吠えるアンバーニオンの声を聞く彼女の名は、鋼のユラテ改め、特殊潜水艦、
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