第31話 共に振るう


 宇留を見送り、なんとかカード人間達を行動不能にした百題は、車を一番近い遊歩道の入口付近にまで移動させ、徒歩で宇留に追い付こうと試みた。

 しかし出会い頭にタイミング良く遊歩道から道路脇に現れたのは、わんちィと磨瑠香であった。


「あー!百題さん!本部までお願い出来ますか?」

「パン屋ケ丘くん!?···ダメだ、北演で既に戦闘が始まっている!非戦闘員には退避命令が出ている!」

「宇留くんはアンバーニオンで出ました!」

「ア!···アンバー···?そうか、やはり···」

ウチの相方パニぃと合流だけでも!?」

「彼女ならもう医務課の者達と…それにそこのお嬢さんが一緒なら尚更戻るのは······!」

 百題は言いかけてスマホをポケットから取り出す。相手は茂坂だった。

「はい!···百題端末です」

[百題か?茂坂だ。隊長の許可は取ってある。今すぐ重拳のドッグまで来てくれ!]

「どういう事でしょうか?」

[J3を動かす!お前に頼みたい!]

「まさか!自分は既に重拳隊を······」

[まだシュミレーションを続けてるそうじゃないか?···]

「!」


 百題はしばらく茂坂の言葉を聞いていたが、やがて通話を切った。


「······」

「どうやらお呼び出しのようで?」

 わんちィが百題のすぐ後ろに、ヒョイと近寄った。

「ハァ···いきましょうか···」

 百題は持っていた紙溶け水鉄砲をわんちィに渡し、車に戻って後ろのドアを開ける。ため息をついているものの、百題の口角は少し緩んでいる。


 三人は車に乗り込むと、駐屯地へと向かった。






 北部演習場の一角では、戦車二両が蛇型送電鉄塔に追い立てられ、地形の袋小路に追い詰められていた。


 後退の際に放った徹甲弾も効果は低く、何発かは塔体と複材の隙間をすり抜けた物さえあった。

 蛇型送電鉄塔は先頭の鉄塔をドリルのように回転させながら、戦車目掛けて鎌首をもたげる。

 その時、重拳が蛇型送電鉄塔の後方に参上し、ドリフトからのターンを利用しながらアームを伸ばし、苛烈に蛇型送電鉄塔の尾を掴み後ろへ引きずった。

 蛇型送電鉄塔は掴まれている部分を切り離すと、解き放たれ自由になった本体は重拳のすぐ近くに落ちて居直った。

 まるで驚いて見つめるように、先頭を重拳に向ける蛇型送電鉄塔だったが、重拳の手に残された尾の先が先頭の頭上から複材の隙間を縫って絡めつつ、ザグンと土壌に突き刺さる。

 更にもう一発、こぶしのハンマーが振り落とされ、鉄塔のくさびで固定されたていの蛇型送電鉄塔はその場でもがいた。

「······」

 藍罠は蛇型送電鉄塔の体に重拳の拳を載せ、ゆっくりと潰していく。

 その荷重があるポイントに達した時、キャキンという音と共に体が崩れ、白い粒子に変わって消えた。

「成る程!そんな感じの構造つくりね?」

 椎山が勝手に納得している間にも、残った蛇型の体から分離した飛行送電鉄塔が、ストックと再合体して蛇型送電鉄塔は復活した。


「このデータをAI解析後全機とリンク、敵の装甲は衝撃に対し、言うなれば剪断増粘ダイラタンシー流体様の特性を有している可能性。これはァー独り言なんですが、装甲ドーザーとかショベルとかで圧せば危ないけどイけるかもしれませーん」

「水溶きカタクリコなんちゃら的なぁ!?」


 飄々とした藍罠達の報告と共に、敵を知る為の情報が部隊内で共有リンクされてゆく。重拳はまたしても向かってきた蛇型送電鉄塔を掴むと、ゆっくりと握力を上げて握り潰し始めた。



 ズ!ゥゴォォオオーーン!ガァーーン!


 重拳のバックカメラの視界に、アンバーニオンと送電鉄塔の怪物テットーラが戦いながら現れる。


 四足のテットーラは両後足のみで器用に歩き、両前足の先端で左右連続の突きを繰り出していた。

 それに対しアンバーニオンは、左右連続の掌底打ちで弾き返している。

 アンバーニオンは押されているものの、どうやら先端と掌がぶつかる瞬間に、お互いの雷撃のぶつかる反動を利用して防ぎ合っているようだ。

 そしてそれは、アンバーニオンとテットーラの間にある程度の距離が出来た時だった。


 テットーラは両前足を真っ直ぐ伸ばすと、重拳の方に向き直る。


「?!」

 それを確認した蛇型送電鉄塔は重拳に体を握られつつも、まだ自由な部分で重拳のアームに巻き付いて締め上げ始めた。


「まさか!」


 宇留は敵の動きを察して、アンバーニオンでテットーラに再接近する。しかしアンバーニオンの方に顔を向けたアクプタンヘッドの眼前には、既に小型送電鉄塔が浮かんでいた。


「!!」 ッガィンッッ!!


 アクプタンヘッドから放たれた小型送電鉄塔は超高速で右頬にヒットして、アンバーニオンは転倒してしまった。

 アクプタンヘッドは再び重拳に向き直ると赤い単眼を輝かせて威圧する。

 伸ばされた両前足に電流が流れ、スパークすると同時に、両前足の合間に小型送電鉄塔が飛来して浮かぶ······


「ぐ···パンチくん!藍罠さん!椎山さん避けて!!」

 宇留はアンバーニオンを立ち上がらせようとする。

 しかしその間にも、テットーラの両前足の合間にある小型送電鉄塔は、ドリルのように回転し赤熱化していく。

 重拳の腕に巻き付いた蛇型送電鉄塔は、重拳が無理矢理間接を曲げたアームのテンションに耐えきれず、細かく砕け散った。

 しかし既に重拳は、テットーラのレールガンの射程範囲内だった。


「くっ!逃げるぞ藍罠!」

「!、ねがぃシャス!」


 アラートが響く重拳の制御車内で後退の操作をする椎山。


「ふ···さらばだ、パンチくん···」

「!ーーー」

 エシュタガがテットーラのレールガンを撃ったその刹那、アンバーニオンはテットーラの懐に潜り込んで両肩の琥珀柱でテットーラの両前足を持ち上げ、射線を上空にずらした。


 ーーーバギュァァァーーーーン!


 放たれた小型送電鉄塔弾は、上居脇山の中腹を掠めて上空に飛び、やがて大気摩擦と反応して大爆発を起こした。

 上居脇山が赤い爆炎を後光に巨大なシルエットを主張する。


「な!···威力やべぇ!」

 驚くモニター越しの藍罠。テットーラは腹の下のアンバーニオンを一度上から押し付けて、地に伏せさせた。


 ズンッッ!!


「うわぁっ!」

 アンバーニオンが倒れている周囲は、クレーター状に地面が抉れていた。押し潰される瞬間、アンバーニオンが飛行用の斥力波動でカウンターを当てたのだ。

 その反動を利用し、そのまま後ろに飛び退くテットーラ。レールガンのバレルにされた両前足うでがボロッと崩れて砕け、消える。

 着地したテットーラは、何処からか巨大な送電鉄塔を呼び寄せ、再び両前足に合体させると、元の姿に戻った。


 キギョョォォォォォ······!

 

 雲の合間から顔を覗かせた十三夜の月をバックに、赤い単眼を輝かせ見栄を切ったテットーラは咆哮した。







「うぅゆ···すまないネェ···?簡単でいいよ?」


 駐屯地、医務課棟前。

 磨瑠香はわんちィに頼まれて、ベンチでダウンしているパニぃのやけに綺麗な髪をツインテールに結い直していた。

「こんな感じで良いですか?」

「何でもおーけ!アリガト!こうしないと力が出なくて···ナンチャッテ···」

「アハハ······?」

 そこへ、小瓶を三本持ったわんちィが戻って来た。

「おょーい!“また„トリツカレテたの?ヤッテキとエテマスどっちがーい?」

 わんちィの手には三本の栄養ドリンク。定番のヤッテキタン1(ワン)と肝臓系のエテマスキタン〆(シメッ!)。磨瑠香には青少年向けのウチュキティーン4(フォー)が渡されたが、磨瑠香はそれを飲まずにスタジャンのポケットに隠れて仕舞った。

「じゃあエテマスで···」

 わんちィとパニぃは開栓からニ.五秒で栄養ドリンクを飲み干す。

「よしっ!もうひと頑張り!逃げるぞ!」

「アレ?ももちゃんさんは?」

 回復したパニぃは立ち上がる。

「ああ、そうだった!これありがとうございましたって、なんかどっか行った」

「あ、そう」

 中々近くで轟音が響く中、わんちィは空になった紙溶け水鉄砲の片割れを、パニぃに返した。


 三人は早足で車に向かい歩く。わんちィがリモコンキーでロックを解除した時だった。


 ガゴーーーーーン!


 解錠した車目掛けて、槍型送電鉄塔が突き刺さる。

 わんちィとパニぃは咄嗟に磨瑠香を庇い、トラックの物陰に隠れると同時に車が爆発した。

 周辺の熱が収まり様子を見に顔を覗かせたわんちィは、炎に照らし出される槍型送電鉄塔を間近で目にする。

 遠目では送電鉄塔だが、微妙に直線は歪み表面も鉄骨製品にしては荒い造り。明らかに模造品か擬態のようだった。

 そして何より塔体に一つ、二つと、キョロキョロ動く小さな目玉が複数。それを見たパニぃはおもむろに、エアガンでその目を撃った。


 超濃縮ミントオイルカプセル弾が、槍型送電鉄塔のメニ超シミル······


 ビェェェェェ!


 槍型送電鉄塔は悲鳴を上げて、砕けて焦げた車の部品を撒き散らしながら何処かへ飛んで行った。


「···オノレェェ!私達はともかくこのをこんな目に合わせやがってぇ!」

「許せんっ!」


 わんちィ達は磨瑠香を守りながら、別棟にある自分達の待機部屋に向かった。


 待機部屋のわんちィとパニぃは、タンクトップにボディアーマー、カモフラパンツにブーツといった出で立ちに、良くわからない武器を一分で多数、装備フルアーマーした。

 スマホから響くマリンバの調べ…わんちィとパニぃはまるで、これから一人で敵アジトをぶっ潰しに向かう昔のミリタリーアクション映画の主人公然とした険しい面持ちで、磨瑠香の待つ外への扉を二人で開く······


 ガチャン!! 「「寒うッ!」」 …カッ···チャン…


 ポカンとしている磨瑠香を残して、二人は上着を取りに、もう一度部屋に戻って行った。







 退避する二両の戦車が、正面から向かって来る巨大な車両を避ける為に両脇に一両づつ別れて走る。それは重拳の戦っている所に真っ直ぐ向かって行く···


 重拳は再び現れた蛇型送電鉄塔を崖に押し付けて潰していた。しかし新たな蛇型は一回りサイズが大きく、必要な力加減が先程とは異なった。

 バギャァァン!

「!」

 重拳の隣に現れ、共に蛇型送電鉄塔を崖に押し付けるもう一台の重拳。


「藍罠さん!行きますよォ!?」


「三号機?···モモちゃんん?」


 蛇型送電鉄塔は両機の腕に押し潰されて砕ける。



 十式多目的クロークレーン改 重拳 三号機


 拳先がマニピュレーターでは無く、ツメか掴み機のような構造で、四号機よりスペックの平均が五%程下回る以外は、同様の機体が揃った。

[椎山、藍罠、待たせたな?]

「え!隊長が運転士ランナーですか?」

[いいじゃないか?別に···]


評価試験コンペ以来ですが、例によって一時復帰します!よろしく、お願い、しますよ?、藍罠さん?」


 百題が言い終わるなや否や、三号機は自身に向かって来た槍型送電鉄塔を正面からドンピシャのタイミングで掴み、地面に叩き伏せる。


「おぉ···やるなぁ···」

 椎山が感心していると茂坂が藍罠に言った。

「藍罠!妹さんはパン屋ケ丘くんが保護した!もう大丈夫だ!思いっきりやれ!」

「はい!丁度猫の手も借りたいと思ってた所です!お願いシャス!」

「言ってくれますね?自分はあの頃とは違いますよ?」

「アリガトな?モモちゃん!···じゃあ椎さん!行きますかァ!」

「おぅよ!」


 重拳はアームを即座に畳むと次の獲物を探しに移動する。

「な···!」

「クックックック·····」

 百題の前席で茂坂が笑う。

「あの人、丸くなりましたね?」

「あいつは···いろんな所に手を貸したくなったのさ···我々も行くぞ!」

 そう言うと茂坂は、三号機を走らせ重拳J4の後に続いた。








 ザキュ!



「もう、貸してるわい!?」


 とある場所でソイガターが小型送電鉄塔の小さな目を人差し指(?)の爪で潰すと、それは骨組みを残して動かなくなった。











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