第28話 尽くす力
部屋を脱出した磨瑠香は避難訓練通りに、駐車場と宿舎前歩道の合間に造成された芝生のフリースペース付近に急いだ。
しかし向かいのA棟でも、敵襲警報が鳴り響く。四階のとある一室から窓を破って現れた白いカード人間が、ベランダの
顔面蒼白になった磨瑠香は
「こ、ここはダメだ!や、やっぱり火事の訓練じゃ、だ、ダメだよねぇ···?」
宿舎に留まるのも、離れるのも不安なのか、走る磨瑠香の声は震えていた。
パン!パン!パァン!
「!」
騒ぎの中、突如鳴り響いた銃声に磨瑠香の足が止まる。
音がした方…世帯棟宿舎入り口にある遊具エリアの付近を見ると、それはエプロン姿の女性が緊急装備用の簡易拳銃で、カード人間を倒している瞬間だった。
一見、専業主婦のような印象の女性だが、恐らく防衛隊員の一人なのだろう。慣れた手つきで銃をテキパキと扱い、沈黙し地面の上でバラバラに
その光景は、ここが決して一般人の住む場所では無い事。戦場になりうる非日常と隣り合わせの場所であるという現実を、磨瑠香に否応無く押し付けていた。
その時、警戒を解き銃をホルスターに仕舞う女性のもとに、植え込みから幼い男の子が現れ向かっていく。親子なのだろうか?女性は男の子をギュッと抱きしめ無事を喜んでいた。
その光景に磨瑠香はハッとした。
数少ない両親の庇護の記憶。かつていじめっ子から自分を守ってくれた
「ま···もる···!?」
磨瑠香は空手の練習モードである真剣な顔つきになると、壊れたフェンスの改修工事中の区画を囲む三角コーンに備え付けられたコーンバーを一本拝借して、駐屯地に向かって果敢に走り出した。
階段を降りきった藍罠とわんちィのもとへ、相変わらず気色の悪い声でカード人間が一体迫って来た。
「!」
わんちィは居合い抜きのようなポーズでスラックスのベルトのバックルに手をかけると、一気に引き抜きベルトのムチをカード人間の顔面に見舞う。
「オワッチャア!タピミルチャアっ!」
バシ!ビシュアッ!
赤いマークの付いた顔面のカードをベルトムチの二連撃で無理矢理弾き飛ばされ、カード人間は先程と同様にバラけて地面に落ちた。
「ホォォォ!ジチャ!ラテァァぁ↻!」
盛り上がったわんちィは、ベルトをヌンチャクのようにそのまま振り回し続ける。
ホンフォンフォンホンフォ!フォホン!ンフォンッフォンッ!!
「うわっ!あぶね!」
後ろから来た藍罠は、スマホで磨瑠香に連絡を取ろうとしながら、わんちィのベルトムチに当たりそうになるも全て
「ヌッ!流石ですね?妹茶んは?」
「イヤ早々当たっ茶ダメでしょ!?…こりゃあ!磨瑠香のスマホ、部屋だな!?…しかもこんなに敵がウロツいてたんじゃ!
通話しながら現在地が分かる機能によると、磨瑠香の現在地は藍罠のすぐ周辺を示している。すると藍罠のスマホ画面が、椎山からの着信に変わった。
「はい!こちら藍罠端末」
[藍罠?!すぐ来てくれ!出撃だ!]
「!······あぁ!今······は?くっ···」
「妹ちゃんは私が!急いで?!ングッ」
わんちィは何処からかノンアルコールビールの缶を取り出して一口飲んだ。
「ああ!さっきの俺の!残り!」
「
[は?]
「あーもう!わかりました!今行きまス椎さん!」
「…んじゃ!妹を!磨瑠香をよろしくっす!」
「気を付けて!」
「押忍!」
電話を切った藍罠は、ベルトを締め直すわんちィに磨瑠香の事を頼むと、自家用車で発進して行った。
防衛隊岩掌県駐屯地。医務課棟。
非戦闘員の待避が進む混乱の中、百題は避難する人々の流れに逆らって、廊下を宇留の病室に向かっていた。
すると百題の少し先で、宇留の病室の扉が開いた。三体のカード人間が、ベッドごと宇留を連れて、病室を出て行く。
「!!」
ギンとした表情に変わった百題は懐から銃を抜き、キャスター付きベッドを押すカード人間達に迫る。
病室の前を通り抜けると、内部では宇留の専属スタッフ達が全員倒れていた。
悲鳴を上げてカード人間達に道を開けてしまった職員の合間を抜けて走る百題。
その内、ベッドを押して走るカード人間の一体がベッドの上に座り込み、気を失っている宇留の胸元を調べ始めた。
「…アー!マタモッテネー!フザケンナー!」
「?!···日本語?」
カード人間は、なにやら日本語らしき言葉で不満を述べる。
「ナ、ラ、バラララ······」
カード人間は片手で宇留の胸ぐらを掴みながら、もう一方の手で手刀を構える。
「くっ!いかん!」
百題は銃を構えながら、全力でベッドに追い付こうと走る。
…ベッドが向かう廊下の突き当たり、丁字路に現れた人物は、重そうに持って来た大型リーフブロワのエンジンを始動させる為に、スターターロープを何度か引きながらベッドを押すカード人間達を待っていた。
やっとリーフブロワのエンジンが始動し、その人物は向かって来るカード人間達にノズルを向ける。
カード人間達が、突き当たりに立つYシャツにタイトスカート、ボディアーマー装備のパニぃに気付いたその時、エンジン音が唸り、突風がドッとカード人間達と宇留の掛け布団を吹き飛ばす。
「うわっ!」
百題の眼鏡も突風でズレる。
「ふぅ、」
ゴトリとリーフブロワを廊下に落としたパニぃは、二丁拳銃をホルスターから引き抜いて、倒れたカード人間に迫る。
「!」
銃を向けられたカード人間と百題だったが、銃からは、かなりの勢いで液体の弾丸が放たれる。
一体は顔面のマークを溶かされ人型が
「チィ!」
言葉を発した最後のカード人間は、悔しそうに頭部のマーク付きカードを自分で剥がし、近場の部屋に投げ入れると、すぐに体のカードがバラバラになった。
パニぃと百題はその部屋に突入したが、物も少ない空き部屋にカードらしき物は見当たらない。
「紙溶け水鉄砲です…。すいません、これを取りに行っていましたので···」
「は、はぁ······」
パニぃの様子がいつもと違う。ツインテールを解除したロングヘアは艶やかに輝き、伏せた目は羽毛のように切れ長で妙に大人っぽかった。
パニぃは宇留のベッドまで戻ると、宇留の襟を正し、肩をポンと叩いた。
ポン!
仄かに重低音が響く暗い空間。
宇留はそこに横たわっていた。
「すまないな?本当なら何も無い方がよかったんだけど·····」
声の主、その若い男が自分の手を握っているのに気付いた。
嫌な感じはしない。むしろ宇留は幼い頃に
「本当に、いいんだな?」
「?」
「ヒメナを守ってくれ」
「そ、そうだ!当然だよ!!」
宇留は体を起こす。そして自身の体をオレンジ色に照らす大きな夕焼けの太陽と、その前に立ち手に伸ばす少女のシルエットが目に入った。
「!」
よく見ると、太陽だと思っていたのは、アンバーニオンの胸部琥珀、
「ヒ···メナ?」
宇留は立ち上がり、少女のシルエットに近付いていった。
サイレン、警報、人の叫び声、銃声すらも遠くから聞こえて来る。
磨瑠香は当初、車道脇の歩道を駐屯地に向かうつもりだった。しかしギリギリ見える先にカード人間が二体、四つん這いで道路をウロウロしていたので、歩道を逸れて遊歩道から駐屯地に向かう事にした。
「このコを、宇留くんに······!」
磨瑠香はポケット越しに
フッ!
「!」
すると磨瑠香の前方で、白い影が遊歩道を横切った。驚いた磨瑠香は途中にあった外灯の配電盤の影に、飛び付くように隠れる。
ゆっくりと静かに息を整え、気配を消す。日頃の練習の賜物か、すぐに落ち着く事が出来た。
······何も起こらない。
磨瑠香はポケットから、
螺旋状に組み上げられた、細く美しいチェーンの音を立てないように気を付けた。
相変わらずヒメナは目を覚まさず琥珀の中で漂っている。
「こういうコが···タイプなのかな?······」
小人とはいえ、自分と同年代位の美少女が無防備に液中に漂う姿は、見た目の年齢に分不相応な艶やかさをもって磨瑠香の目に写ったのか、口調がややムッとする。
次に磨瑠香は琥珀の装飾を目にした。
「このデザイン···どこかで······?」
一度だけ報道特番で見た軸泉の
ネジだの歯車だのボルトだのが全部琥珀で出来てるんだろうぜ?という空想を聞かされたのを思い出した。
「似てる······」
その時、磨瑠香の後方で閃光が閃いた。防衛隊が数発ほど、遠くで照明弾を打ち上げたようだ。
その明かりの中に、ゆっくりと音を立てずに磨瑠香の後ろから忍び寄る、四つん這いのカード人間の姿があった。
「!ーーーーー」
再び照明弾が撃ち上がり、周囲がまばゆく照らされる。
「?!ーーーー」
何故かそのカード人間は、もう既に頭を撃ち抜かれて動かなかった。
頭の付近から煙が立ち上るのが、照明弾の明かりでよく見えた。
照明弾の流れ弾が降る?、と勘違いした磨瑠香は、再びコーンバーを持って駐屯地方面へ走り出した。
「…ふっッ!…やれやれ…」
磨瑠香の様子を物陰から窺って帽子の少年、山石 照臣は、やたら火照った右の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます