第26話 女神達の護り
巻沢市、上居脇神社。
夕暮れも差し迫った黄昏時、藍罠 磨瑠香は部屋にはまだ帰らず、誰も居ない神社の休憩コーナーの長椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏していた。
「元気になりますようにってお願いしたのに···…」
境内にいらっしゃる誰かのショックの鐘が、何処からともなく鳴り響いた気がする。
少し赤く晴れた目元を腕から離して顔を上げると、周囲は薄暗く、さすがにもう寒い。
「帰らなきゃ······」
足下の底冷えから逃げるように立ち上がろうとすると、向かいの席に見知らぬ女性が座っていたので磨瑠香は驚いた。
「!?!···あ!」
「!、あら鋭い。私が分かるのね?」
丘越 折子は磨瑠香に優しい眼差しを向ける。その声はマフラーのように肩に温もりを与えて
「?、お、お姉さんは?······」
「ちょっとこの辺に様子を見に来たものだから、こちらのお方にご挨拶と思って···」
言葉から伝わる浮世離れ感。
しかし磨瑠香は、何故自然とこの不思議な女性の超越性をすんなり受け入れてしまっているのか、自分でも戸惑っていた。
「…彼なら大丈夫よ?ノリが悪いだけで、あなたのお願い通り、元気過ぎる位元気だから。こちらのお方にちゃんとお礼しなきゃ、ね?」
「ど!、どうしてそれを···?」
神社の本殿に目配せした折子が語る、宇留の実情。ネタバレを喰らった磨瑠香の顔は、様々な感情で真っ赤になった。
その時。
折子のすぐ横のテーブルの死角からアッカがひょっこりと顔を出し、驚く磨瑠香にジロッと怪訝な顔を向けるとすぐ、耳を寄せた折子にゴニョゴニョと何か囁いた。
「ひゃあ!おっきい猫ちゃん!?」
「ふふ···いい知らせからお願い」
「ゴニョゴニョ」
折子は僅かに微笑む。そして再びアッカのゴニョゴニョを聞くと今度は難しい顔をした。
少し考え込む折子を尻目に、伝令を終えたアッカは喉をゴロボロ鳴らしながら磨瑠香に近寄った。
「ブニャ!」
「あらららぁ······」
磨瑠香は、長椅子に前足を乗せて挨拶したアッカの首筋にそのまま抱きついて頭を撫でる。そしてアッカの首筋に顔を埋めたままで語った。
「······お願いしてたら偶然会えて···嬉しかった···でも、私がダメだったから···宇留くんをズタズタにしちゃったのかなぁ···ってもう一回考えちゃった···」
折子とアッカは瞳を閉じて黙って聞いている。
「おニィが戦って私をずっと守ってくれてるように、私も強くなりたい、強くなってもうダメじゃないようにする···パパとママの時みたいな…最後にお話も出来ない···…お別れは···やだよぅ······」
アッカはそんな震える少女に肩を貸しながら、キリッとした眼で、虚空を、この世に満ちる理不尽を、睨みつけた。
「······
「優しさ······?」
磨瑠香はアッカの首筋から顔を上げ、泣き腫らした顔を折子に向けた。
「彼の······あなたをもう困らせまいとしていた彼の優しさを······そして、今のあなたのその
「!」
「頑張ったわね······あなたがちょっと強くなった分だけ、彼も充分救われてるハズよ?」
「!ーーー」
磨瑠香の瞳からホワッとした涙が流れ切る。アッカはすかさず磨瑠香の肩に肉球をボンと乗せた。しかし再び顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏してしまう。
「やあぁぁ···
磨瑠香は気合いを入れて立ち上がった。
「お姉さん!ネコチャン!ありが······!」
頭を上げると休憩コーナーの付近に折子とアッカの姿はもう無かった。
磨瑠香は、肩に残るアッカの肉球の感触を撫でる。
「······あったかいお化けも···いるんだ?···········!····ありがとうございましたー!」
磨瑠香は満面の笑みを浮かべて礼を述べると、休憩コーナーに深々と頭を下げた。そして神社の前に移動する。
スパァァン!スパァァァァンッ!
「ありがとうございました!押忍!」
磨瑠香は凄まじい音量の
「······」
「オウマガドキ終了ーーー!」
アッカが解説する。実は見えなくなっただけで折子もアッカも、まだ休憩コーナーに居た。
「惜しい···もっとお話したかったのに、やっぱり青春はいいわね?」
「ナァに!まーた会えますがナ?···あ!あのコ、元気になったら地元帰っちゃいますナァ?そしたらまた参拝者サマはジジババメインですよ?あナた様としては辛い所だァ?せっかく都会からカワイイ娘が来てくれてたのにネぇ?」
アッカは神社を振り返る。
「ま、ま!そう落ち込まずに···景気付けに今日も一杯···」
アッカは神社に近づきながら目を細めた。
「ダメよ?!」
「えええ!?ガーン!」
「多分もうすぐ、彼らが動くわ······申し訳ございません!お膝元でお騒がせするやも知れません」
折子は神社に詰め寄り頭を下げる。
「おのれッ!エシュタガァァ!たかが一杯ッッ!されど一杯ィッ!」
「普段からその位の気合いでいてほしいわ?」
「フゥニャァ~ん!?」
急に力の抜けた不満そうなアッカは、その場でゴロンと横になったのだった。
隣の徳森市の街明かりが、牧場の多い巻沢市の農地上空をボンヤリと暗いワイン色に染めていた。
そんな農地の一角で、送電鉄塔のような物体が次々と空間に浮かび上がり、透明だった体躯は徐々に、銀色を帯びてまた一つ、また一つと、姿を現し始めていた。
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