飛翔!琥珀の戦士達!

第10話 重き翼

 岩掌県の隣県、軸泉市からも程近い青杜あおもり県、三螺旋みつらせ市の沖合い。

 海上には、二つの灯浮標とうふひょう付きの巨大な浮きブイに両端を固定された鉄骨が、揺れる波間に浮かんでいる。


 そして上空には、二機の随伴機にエスコートされた青黒い機体が飛来した。


 随伴機よりも一回り大きいその戦闘機は、巨大な尾のようなユニットを機体の後部に備え、ホバリングする蜂のように下方に向けられたそのユニットの先端には、にび色のブレードが光っていた。


 [目標確認、訓練攻撃、アプローチする]

 [リーダー了解、一本集中]


 青黒い戦闘機を駆る女性パイロットの声。

 通信に応答した後方を飛ぶ指揮支援機には、【JSDSF 重翼隊】と文字が描かれている。


 近接特殊攻撃戦闘機 裂断(レツダン)


 最大の特徴は、機体後部に装備されたアームテールユニット。そしてその腕が構える特殊金属製の刀剣、ソージウムブレードである。


 衛星、指揮機、基地のコンピュータと、機体のAIをリンクさせた計算能力に支えられた高い環境対応瞬発微調整性を誇るアクチュエーターを搭載したアームにより、戦闘機でありながら敵性体に対しての、すれ違いざまによる精密な“斬撃„を可能にした機体。


 またステルス性もさることながら、世界でも指折りの対空気抵抗技術も付加されている。


 裂断は海上に向けて降下しながら加速するも、レールの上のに乗っているかの如くスムーズに水上飛行に移る。

 そのまま徐々に高度を下げ、ブレードの切っ先一寸が海面に付くと同時に、一拍遅れて凄まじい勢いの水柱が連続で上がっていく。

 水柱にギリギリ追いたてられるように、更に裂断はターゲットに向けて全開で加速した。

 様々な環境適応パターンを予測したAIによって、目標の攻撃アプローチ測定が完了したテールアームとブレードは、ミリ単位の誤差修正のみで鉄骨に切り込む。

 

 ーーカッ、ッ!!!!


 呆気あっけない音を立て一瞬で両断される鉄骨。


 裂断が引き連れていた衝撃波と轟音に掻き回された波間。鉄骨は、折れた中頃の部分から海中に没し、それを支える浮きブイはよろけて海面ににユラユラと揺れていた。


 [訓練攻撃終了、ありがとうございました。海上班、あとはよろしく···]


 上昇した裂断の高度と比例して小さくなっていく水柱の名残が、重翼隊の帰投を見送っていた。








 十一時五十八分。

 飛行場の近辺でありながら、人影もまばらな防衛隊航空第二資料館。

 アミューズメントに特化し、子供達にも非常に人気のある第一資料館の方とは異なり、飛行場を挟んでその反対側にあるこの施設は、重翼隊の基地かくれがであると共に専門性の高い玄人好みの資料を展示しているせいか敷居が高いと勘違いされており、一般的には入りづらいと評判だった。


 静まり返った受付でコーヒーを飲みながら、企画展の資料を暗記する一般職員の女性、音出 深侑里(おとで みゆり)の元に、先程まで裂断の操縦をしていた小柄なショートカットの女性隊員、追佐和 鈴蘭(おいさわ れいら)が交代を告げた。


「···交代です。音出さん」

「お疲れー!早かったね、今日も飛んだの?」

「教えられません音出さん、タシー達は一応マル秘戦隊ですので!受!付は!世を!忍ぶ!仮の姿っ!」

 ビシィッ!

「おぉ!いかんいかん!それは失敬」

「交代です、?、なにかあるんですか」

 それを聞いた音出は飲みかけた残りのコーヒーをンムッと飲み止めた。


「!、あのね!あのね?あのねのねん?!なんと!藍罠さんがくるの~ん!」


 うっとりとした表情で自身の体をギュッと抱き締め、そのせいで持ち上がった音出の過積載ペイロードを見た鈴蘭は少し怯んで目を背ける。

「ヌぅ···昨日の実動戦闘データの直渡じかわたしかでしょうね…?」

「え?なぁにん?」

「いいえ!なにも!」

 すると、入り口の古い自動ドアがガタゴトウーとポンコツな音を立てて開き、セカンドバッグを肩にかけた私服の藍罠が入って来た。

「ええ!?追佐和ちゃんだけじゃないのか?ま···まぁいいか?」

「お疲れ様です~ん!」

 ズイッと音出が近寄る。

「音出さん!近い、ょ!」

 マスクをしている藍罠は、熊鍋の影響で体が少し臭···ワイルド旨し(?)になっていたので、どことなく遠慮がちだった。

 鈴蘭は、音出を押し退けて割って入り、藍罠に挨拶する。

「お、疲れ、様、です!(グイ!)ホラ!音出さん!藍罠さんはお疲れですから、早くご用件を!」

 ごめんごめんと謝る音出を尻目に、すぐにデータの入った記録媒体メモリの受け渡しは手元だけで速攻終了する。

 互いに二歩程引いて、鈴蘭と藍罠は敬礼し合う。


「おトドケしました」

「受領しました」

「お疲れ様でした」


 音出は藍罠の隣で敬礼をしている。

「音出さんはこっちィ!」

「え~私もう今日上がりなんですものー、藍罠さーん、私今日岩掌県の方の実家に帰るから、どうかぜひん送ってってんくださいよーん?」

「いやー、俺今日も軸泉で待機だから内陸ちがうとことか行けないよ···?」

 あからさまにデヘる藍罠。

「(くぅー!イラつく~!同じ重合隊じゅうごうたいのメンバーとしての世間話もアルのに!藍罠さんも、タシーみたいなのより、音出さんみたいな健康的ドわオな方がいいのかよ!)」

 しばらくの押し問答ののち、音出は満足したのかニコんニコんしながら鈴蘭達に手を振って、なにやら唄いながら職員控え室に戻って行った。


 とおすぎて…とおすぎてん…けっきょくドア…開けてしまったん…♪


「遠すぎドライブスルーだ…懐かしいな…」

 音出が廊下の角を曲がるまで見送った藍罠は、彼女が口ずさんだ曲のタイトルを思い出していた。

「……藍罠さん?!来るって連絡しましたか?」

「え!?…エエト···したよ?隊長ヤノさんに。追佐和ちゃんヒルマルマルにはもう受付に居るって聞いたんだけど?」

「(んもう!作戦以外マーイーダロなんだから!ちゃんと下ッ端まで情報下ろせよ!···てか!、音出さんなんで藍罠さん来るの知ってんだァ!?)」

「くぁ···!」

 藍罠は、アクビを顔の奥で押し潰していた。

「ん~、寝たの今朝だよ。でも高速リニューアルしたし、近いから行ってこいって···」

「お疲れ様です、活躍拝見しますね?」

「押忍!ではヨロシク!」

 藍罠は一度帰ろうとしたが、気になった事があったのかもう一度鈴蘭に向き合って聞いてきた。

「······あのさ、音出さんっていつもあんな感じなの?」

「うへぇ···ええマァ···黙ってれば美人さんなんですけどね······あと変な意味は無いっぽいですけど、なんか藍罠さんと遊びたいって言ってましたよ。ブランコに隣同士で座って、ニコんニコん見つめ···合い、たい、そうですよ?ぃひひひひぃ!」

「ええ?!んむぅ…あのテンション、どうも弱るんだよなぁ···」


 鈴蘭にもからかわれた藍罠は、肩を落として今度こそ帰って行った。

「……」

 それを見送った鈴蘭は受付の席に戻り、テーブル下の棚の鍵二ヶ所を解錠し、中身の拳銃一式を確認して再び棚の扉を閉める。


 そしてそのまま静まり返ったエントランスで、ちょこんと受付に座って待機任務に就いた。





 重翼隊、隊長室。


 半分ほどに減った仕出し弁当の上に箸を置いた隊長の八野 は、自分の席で眼鏡を軽く指で押さえ、資料に目を通していた。

「今日までの挙動データのAI抜き平均です」

 応接席の下座で、整備長が弁当の封を開けながら言った。

「間違い無い?」

「ええ九割、そして今日の分をご覧下さい」

「?」


 突貫でコピー用紙に印刷された本日分のデータファイルには、AIの有り無し比較グラフが並んで描かれ、どちらのグラフもほぼ同じ値を示している。

 パッと見、数字を参照して差異を見比べなければ同じものにしか見えない。


「うー···今はいいか?」

「はいっ!」


 八野は二度目の、整備長は最初のいただきますを、二人は同時に手を合わせて、昼食をとった。




          ·



 流珠倉洞に程近い山中、林の斜面に積もった枯れた杉枝に足をとられる事もなく、疾走する大きな影。

 琥珀の鎧を纏った虎のような大型獣は、先程までエシュタガが居た場所の匂いを嗅ぎ、クルルル···とうなった。


 琥珀の虎の胸元には、赤い装飾の中心に昼の木漏こもを照り返して、黄色い琥珀が輝いている。


 その時彼の耳に、遠くで枯れ木が連続して割れ砕ける音が、かすかに響く。

 次の瞬間には音が聞こえた方向に脱兎の如く駆け出し、既に数百メートルは進んでいた琥珀の虎。


 三角パタパタ“アクプタン„の主機マスターは、エシュタガを乗せて三角形の体を粘土のように変形させると、赤い一つ目の大蛇のような姿になって、潜伏していた廃墟の作業場の裏の斜面を尾根に向かって体をくねらせ、木々を器用に避けながら猛スピードで這い進む。


 しかし後方には、琥珀の虎が既に迫っていた。琥珀の虎がオレンジ色に光る牙で、逃げる蛇の尾の先端に噛みつこうとした時だった。

 スピードの乗ったアクプタンは尾根から放り出され、空中で瞬時に三角形の飛行形態に戻って飛び立ち、向かいの山合まで降下しながら低空飛行で逃げて行った。

 ギリギリ間に合わず尾根で急停止した琥珀の虎はそれを黙って見ていたが、やがて琥珀の鎧の変身を解除した。


 真剣な眼差しで、アクプタンの去った方向を見つめる巨大猫。

 アッカは、やがてもと来た道を引き返して行った。






 軸泉市、護ノ森諸店本店

 頼一郎達の滞在するログハウスでひと通り話終えた宇留は、護森の会社である護ノ森諸店に一人案内されていた。

 少し大きめのゴルフカートをわんちィが運転し、護森と共に二~三分で本店営業所に辿り着いた事から、この辺り一帯がそこそこ広大な護森の会社の敷地内だったという事が分かった。


 護ノ森諸店は、周囲を公園にあるような手入れされた樹木に囲まれ、二十数台程の駐車が可能なパーキングと、シンプルかつ斬新な外見デザインに、刺し色としてさりげなくオレンジ色が使われた白い建物、その中にオフィス、リゾートのショールーム、売店と、社員食堂も兼ねた一般人も利用出来るレストランが入っていた。

 明るく木目のある床の食堂で、昼食に今日のAランチ、具沢山コク出汁塩焼きそば+うにみそおにぎりセットを出された宇留は、自分だけこんなに···と心配したが、護森にログハウスにも全員分出前すると言われ安心していた。

 食堂の隅の席では、今日のランチC、ニボラー&半ホーレン丼を食べながら、私服の防衛隊高官と護衛隊員S Pがそれぞれ二人づつ、そして付き添いの椎山の五人が、“本人確認„の為に宇留達の様子をうかがっていた。

「···あの少年が太陽由来サニアンワンを······?」

「まずは顔合わせだな?焦らず、迅速に話を···」


 

 その時、女性職員が護森の元へやって来た。

「社長、昨日の洞窟見学会にいらした男性のお客様がいらっしゃってまして·····」

 わんちィが何事か、ガタッと乱暴に席を立つ。そして護森に目配めくばせすると、護森はゆっくりとうなずく。

「ねぇ!食堂の休憩室の見学しようか?」

「ぇ、ぇえ!?」

 わんちィは、宇留の食器を持って宇留を奥に促した。

「どうした?!」

 椎山は席から立ち上がり、わんちィの前に立ちはだかる。

「シャー!」

 食器のプレートを持ちながら、猫の威嚇のような声を出して椎山をどかし、宇留をバックヤードに連れて行くわんちィ。すれ違い様に、椎山と宇留の目が合った。

 空気を読んだ椎山は、合点がいったようだ。


「イマドキ アポナシ、こっちへ!」


 振り返り、SPと高官に椎山が告げると全員も空気を読んだらしく、わんちィと宇留に続いて休憩室スタッフオンリーに向かう。

 わんちィはその場に宇留を座らせ、高官達と椎山を確認して指示をする。

「私が出ていったら鍵を閉めて、皆さんは脱出を、少年くんは私がここで匿います」

「分かった!」

 椎山が答えるとわんちィは休憩室を出て護森の元へ向かう。休憩室の鍵が閉まった。

「···車を裏に回します」

「バレないようにな!」

 SP達が動く中、状況がよく掴めていない宇留と大人達の微妙な時間が過ぎる。

「何故敵性を即排除しない?」

「待て、叩こうにも本当に敵なのか今は証拠は薄い、もし間違えてみろ?こっちが卑屈になってでもリスクは避けつつ、だ。かつてアノ帝国関連で疑われた冤罪被害者は今でも······」

 尖った高官達の会話を聞いた椎山は、困った顔をする宇留をフォローすべく話しかけた。

「やぁ、俺たちは防衛隊の人間だ。今日は君と、ちょっと話をしに来たんだが···」

 椎山は、宇留の真っ直ぐな視線にたじろぎながら続けた。

「…昨日はありがとう。君とあの琥珀の旦那が居なかったらもっと被害が出ていたかもな」

「昨日の···!?」

 宇留は重拳から聞こえた声を思い出し、一瞬の高揚感に包まれる。一時でも過酷な状況を協力して共に歩んだ男同士の再会は、根源的な情動エモーションを宇留に与えていた。

「まぁ、あれは俺の相棒の方の声なんだが、旦那の力には恐れ染みたぜ?」

「…来た!」

 休憩室と厨房を挟むもうひとつの扉の隙間越しに、食堂の様子を窺っていたSPが警告して扉をゆっくり閉めた。

 同時に外への通用口が開き、車を回し終えたSPが戻って来た。

 SPに連れ出される高官達の後ろを護りながら、椎山は小声で宇留に言う。

「いいか、ここに居るんだぞ。今君は“狙われて„いる。気をつけて!」

 椎山がそう言って閉めた通用口の扉を、宇留は施錠してテーブルの脇に隠れてしゃがんだ。


「あぁ!ど~も~。すいません、先に注文しちゃいますね?」


 女性スタッフに連れられて来たリキュストは、和やかに護森に話しかける。

「ミーレーヴァーの縞雨さんでしたよね?どうぞごゆっくり···」

 護森は平静を装い笑顔で返した。

 券売機で杏仁豆腐の食券を購入しカウンターに持っていくリキュストの背中越しに、厨房スタッフの動きを確認するわんちィ。

 どうやらこういう状況への対応は研修が生きているらしく、スタッフも平静を保っている。数名の他の客も料理のクオリティに夢中で、奥に引っ込んだ人間の事はあまり気に止めていないようだった。

 一分もしない内に杏仁豆腐を持って護森の向かい側、先程まで宇留が居た席に座ったリキュストが口を開いた。

「すいませんいきなり、近くまで来たものですから、あぁ、昨日は取材おはなしありがとうございました。もしご都合よろしければ昨日の災害の件につきまして、スタッフの方と出来れば参加者の方からも追加でお話でもと思いまして···」

「そう···ですか、分かりました。ではちょっと手の空いてる者に声をかけてみましょうか?」

 そう言うと護森は、中座してオフィスへ向かった。すかさず隣に居たわんちィが護森の席に座り直して事務トークを展開する。

「やむを得ないとはいえ、昨日は中止に至り誠に申し訳ございませんでした。避難所の方でこちらのスタッフから口頭で説明と、ウェブでの告知の通りに、交通費は三万円までお返し出来るよう手続き中なのと、再開時期を見てご優待を····」

「あ!いえ、そういうのとかは特に構いませんのでぇ···」

 話はつつがなく進んでいるようではあるが、ここまで見学客の再訪に警戒するという事は、護森達にも何か思い当たる所があるのだろうと宇留は思っていた時だった。


 ···パススススッー


 食堂と休憩室を挟むドアの下の隙間から、A5サイズの紙よりもひと回り小さいくらいのカードが数枚、差し込まれて来た。

 カードは三回、四回と数もまばらに放り込まれて止まった。表面には食堂の床の模様とそっくりな木目があったが、静かに純白に変わったのを見て宇留は座ったまま壁に後ずさる。

 やがてカードの群れは浮かび上がり、白いカード人間とも言えるような姿に組上がった。

 小型のアクプタン。アンバーニオンで戦った角や辺で合体している均整のとれていた固体とは違い、ゴチャゴチャと混ぜ合わせている途中のように人型を保っている。

 カード人間はアクプタン人型モードと相変わらず、そしてペラペラと薄手であるにも関わらず、滑らかな動きで素早く手の部分で宇留の口を塞ぎつつ服の胸ぐらを掴み、静かに、しかし強く壁に押さえつけた。突然の事で宇留は動けない。

 頭部の中心にあるカードの赤いマークが、ひねりあげた宇留の服首元をジッと見据える。


 ロルトノクの琥珀の鎖が無い。宇留はここにヒメナを連れて来ていなかった。


 ー···琥珀の姫はドコだ?ー

 ささやくような、紙を擦り合わせるような妙なトーンの声がした。

 カチャン······

 通用口のノブが回る。と同時にカード人間はバラけて吸い込まれるように、入って来た食堂の扉の隙間下から逃げていった。

 何故か開いた通用口は、慣性でゆっくりと開いていく。


 五秒後。開いた通用口から、椎山が拳銃を構えて警戒しながら入って来た。休憩室に宇留しか居ない事を確認すると、拳銃を下ろし、そして宇留の変わった様子に気付いたようだ。

「どうした?何があった?」

「いや、ええと···」

「そこの扉のカギ閉めなかったのかい?」

「いいえ、閉めたんですけど···」

「おかしいな、ここに女性が入っていくのが見えたんだが···」

「変なの以外、誰も、ここには···」

「変なの?」

 椎山は通用口の扉を閉めて再び警戒しながら宇留に聞いた。

「さっきのお偉いさんは避難させた。その人達に、君の警護増援に入るよう指示されて戻って来た。変なのっていうのは?」

「ぇと、カード人間?としか例えようが···」

「そうか」

「え?」

「信じるよ。君も俺達もあんな戦闘ケンカしてるんだ。結構、驚き慣れただろう?」

 宇留は立ち上がってみた。震えたり体の動きが鈍いという事などは無く、椎山の言うように案外普通通りなのが逆に不思議だった。

「それでそのカード人間は?」

 椎山が厨房の方の扉を覗きながら聞く。リキュストは、いまだ普通にわんちィと話している。

「バラバラになって隙間から逃げて行きました」

「三角パタパタみたいだな?」

 そう言うと椎山は通用口を警戒しながら解放し、一歩外に出ると何処かに連絡をし始めた。




「·····」

「縞雨さん?どうされました?」

 わんちィに急かされ、わざとらしく考え込む振りをしながらリキュストは黙る。そこへ丁度、護森が戻って来たのを見計らって、リキュストが切り出した。

「あの~やっぱり個人情報とかの観点から他のお客さんに問い合わせるってのも?って思って今さら~、皆さんも昨日の今日のでお忙しいですもんね?」

 リキュストが急に要望の風呂敷を畳み始める。

「そーうデスねェ···そうして頂けると···」

「動画のシメを街の人の声とこちらのスイーツに変更しようかと思い付きまして、それはよろしいでしょうか?」

「それは、是非に!ありがとうございます」

 リキュストは挨拶もそこそこに、最後まで一般人を装った風に護ノ森諸店を後にした。




「ふぅー!」

「おつかれさん」

 ため息をついたわんちィを護森が労う。

 わんちィはテーブルの下回りの様子を少し確認しながら護森に答えた。

「彼の動画···」

「?」

「自撮りの時、まばたきの回数やタイミングがおかしいんです。暗号とかじゃないかと思って···」

「なるほど···」

 そこへ様子を見ながら宇留が戻って来る。ポロシャツの第一ボタンが無く、えりが少々乱れているのを見てわんちィは驚く。

「何かあった?!」

 宇留は先程の事をかくかくしかじか二人に話した。

「そんなモノまで···使う?」

 わんちィはテーブルに突っ伏して悔やんだ。

「ごめんなさい。甘かった。危ない目に合わせてしまった。少し気を引き締めないといけない」

 そこへ椎山も戻って来た。護森は次の段取りを仰ぐ。

「まぁ、無事だったんだし、ヒ··おっと!“避難所„のみんなはどうしてるかな?“マーク„の件は私が所長に連絡しておくよ?」

「ありがとうございます」

 わんちィはオフィスに戻る護森に礼を言いながら、柚雲と頼一郎達のガードをしているパニぃにそっちは無事か連絡をした。




 護ノ森諸店を後にした落ち着かない様子のリキュストは、後ろを見ながら特に誰も居ない事を確認して歩道脇の電柱に背中を預けた。

 リキュストの後を追っていた透明になったカード達が地面を滑り、リキュストの足を登って腰のカラビナに自ら引っ掛かり集っていく。たどり着いたモノから純白のカードに戻り、最後のカード。中心に赤いマークがあるカードがカラビナに戻った時だった。

 赤いマークのカードがクシャっと潰れて白い火花に変わり、虚空に消える。残ったカード達はバラバラと地面に散らばり、普通のカードになっていた。

「ここにはもう近づけんな···術か、仕掛けか······?」


 リキュストは近くに倒して置いていた自転車で、街の方へ走り出した。











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