第9話 勇む者の伝え


 護森が宇留達の滞在するログハウスに戻ったのは、午前十時半を回った頃だった。

 

 呼び鈴に答え、宇留が玄関の護森の元へ行くと、護森の後ろにもう二人、SPだろうか?サングラスに黒いスーツをビシッと決めた、独特の雰囲気の女性達が居た。


 しかし髪をアップにした人だけサングラスが大きい。外国のセレブ女優のようだと宇留は思った。

 もう一人のツインテールの人は、ログハウス裏に向かって歩き出す際に、ポケットからお菓子の小袋を取り出すのを宇留は見てしまった。

「······?」 


 今日は宇留と護森の対談だけとして、柚雲と祖父母は隣の部屋で聞き耳という形になった。

「昨日宇留くんが居ないって聞いて、きっと【ヒメちゃん】の所だって思ったんだ。まさかアンバーニオンでみんな戻って来るとはね······」


 ダイニングで話が始まると、護森は名刺を宇留に差し出した。


 護ノ森諸店 代表取締役社長

 護森 夏雪


「まぁ、公共、イベント関係、探偵、カフェ、滞在施設とかこういう所、

その他色々、っています。諸店しょてん諸々もろもろの諸。あぁ!書店はカフェに併設だった」

 フレンドリーに護森は続ける。

「それじゃあね?、実は正直に言うと我々の会社。というか組織。その前身はかつて、あのアンバーニオンに人生を救われた人々の集まりだったんだ」

「?!」

「アンバーニオンを運用する“人々„の仲間として、恩返しや考えに賛同した色々な人が、色々な時代にたくさん居た。若い頃の僕もそうだった」

「そ、…そんな昔から、アンバーニオンがあったんですか?」

「いつから···と言われたら僕も、そしてヒメちゃんにももう分からないそうだよ?あとアンバーニオンの存在があまり表沙汰にはなっていないから知らないのも無理は無い。まあこれは、ここでは言えない秘密のチカラや組織ウチの尽力も【含めて】…かな?」

 宇留は、胸元のヒメナの琥珀を軽く握り絞める。 あまりしつこく追及しないようにと心がけながらも、まだヒメナにも聞いていない確信を護森に聞いた。

「護森さん、ヒメナ、俺の前にアンバーニオンに乗った人って···?」

「··········」

 

 (ムスアウ······)


 ヒメナが誰かの名前を切なげな口調で語る。どこか歯の根が合わないヒメナに代わって、護森が流暢に解説を続ける。


「そうだね···ムスアウぃ。僕はそう呼んでいた。皇帝の眷族けんぞくにいじめられた僕の命を救ってくれた兄貴分…かな?」

「当時のリーダーによると、僕と出会うずっ…と前に、ムスアウ兄ぃはあの山の上、軸の泉からヒメちゃんを身に付けた状態で見つかったそうなんだけど、二人共以前の記憶があまり無かったらしいんだ」

「二人は同じく軸の泉に眠っていたアンバーニオンでずっと昔から、度々たびたび復活するアルオスゴロノ帝国と戦ってきた…!自分達も復活と封印を繰り返してね?!」


「!、アルオス···ゴロノ帝国?」


 アンバーニオンの操玉内コックピットで、ヒメナが呟いた国の名前。宇留の脳裏にあのUFOの群れ、三角パタパタがよぎった。


「······けれどここからは僕のムスアウ兄ぃ最後の記憶」

 護森は一呼吸置く。

「最後の敵をアンバーニオンの力で封印したムスアウ兄ぃは、力を使い切って気を失ったヒメちゃんを僕らに託して太陽に向かった。本来ならヒメちゃんのこの琥珀、ロルトノクの琥珀アンバーが無ければ動かないはずの、壊れたアンバーニオンで······」


 昨日のように丁寧に話していた護森から一転、まるで少年のように生き生きと饒舌じょうぜつに話していた目の前の老紳士の表情が、深い悲壮ひそうに曇る。


「いくらアンバーニオンが頑丈でも、共に太陽に行けばどうなるか······」


 (ムスアウは、太陽のを助けに行ったのかもしれない)

 

 ヒメナが沈黙を破った。


 (あの時、敵は太陽について何か含んだ言い方をボク達に言いほこった。ムスアウはいつの間にかアンバーニオンと深く繋がっていて、その新しい力で太陽の樹の危機を知り得たり、アンバーニオンを動かしたのかも······)


「太陽の樹?······太陽に木?」


 (ボクも多分まだ見た事は無い。今分かっているのは、アンバーニオンはそこから来る。という事だけ)


「ただの常識で考えれば、アンバーニオン関係の琥珀が必要以上に頑丈だったり、太陽に木が生えていたりっていうのはあり得ない事なんだけれど、僕達は琥珀のような、木のような  “何か „ だと考えるようにしているよ」


 (昨日目覚めてすぐ、アンバーニオンが完全に再生して戻って来てくれているのが分かった。危ない所だったから、ウリュと一緒にアンバーニオンを空からんで入ったら······ムスアウは···居なかった······)


 ヒメナの瞳からひと雫、涙が浮かんで消えた。

「そうか···ヒメちゃん···」

 二人はヒメナの為に少し時間を設けた。




「······ヒメちゃん、宇留くん、昨日聞いたその流珠倉洞に来た男って、ヒメちゃん【ロルトノクアンバー】とアンバーニオンを狙った帝国の戦士だね?」

「(!!)」

 その時、椅子に座った護森の後ろの窓から、大きい方のサングラスを掛けた方の女性SPが顔を覗かせ、小さいクッキーをひとつ頬張る。

 そして咀嚼モグモグしながらニッコリと宇留達に対してうなずき微笑むと、そのまま前進して姿を消した。

「(??)」


「···あの···護森さん、そんな名前の国、俺聞いた事無いんですけど···?」

「無理も無いよ?国土“は„無い国だからね」

「?!」

「こんな話を今更、信じるか驚くかなんだけども···新しく生まれて来る子供達の中には、ある特定の共通した記憶を持っている子達が居てね?大人になってもそのままって事があったんだ」

「前世···なんとかですか?」

「···俗に言う、そういうモノだね。そうしてそういう人達は時代を越えてより集まって…気付けば奇妙な技術力チカラを行使して、かつ甚大な被害が世界各地で起きたりする。彼らを誰でもいいから捕まえて聞けば、そのアルオスゴロノ帝国というキーワードが、いつも心情を縛っているんだ……!」


 彼らは土地をもたず、その魂の中にのみ国を持つ、それを許しと身勝手に捉え、人の心を汚し貪る


 かつてのヒメナの言葉がなんとなく理解出来たような気がした。しかし、心を汚し貪る。という言葉は、ただの侵略の意味合いでは無い事を宇留はまだ知らなかった。


「例えば昨日の事件のUFOだって、昔そのUFOを使っていた戦士が生まれ変わって、また自分用の機械を使っただけかも知れない」

 その言葉に宇留は、最悪を予感して驚いて聞いた。

「あれに···だ、誰か乗ってたんですか?!」


 (アクプタン……あの三角パタパタは“目„の付いた本体がいる。倒したのは多分、遠くから操られていた誰も乗っていない子分達のようなもの)


「あ、アクプタンっていうのか、あれ」

 宇留は三角パタパタの正式名称を知る事が出来た事と、一応敵だったとはいえ最悪の人的被害が無かった事を知れて溜飲が下がった。



 (ウリュ、洞窟の男と最後のアクプタンの雰囲気。似ていた)


「やっぱりあのひとに似てた!?俺もそう思った!」

 護森と、無線で会話を聞いていたわんちィとパニぃが真剣な顔になる。


「ほぼ確定リーチだね?洞窟の警備強化してモラオー!」

 パニぃはスマホをわんちィに向けてクイッとかざすと、防衛隊に連絡する為ログハウスの外れに向かった。






 同じ頃。流珠倉洞周辺。


 エシュタガは、流珠倉洞の入り口が僅かに見える県道峠の死角にある獣道脇の繁みで、双眼鏡を使い周辺を観察していた。

 洞窟の入り口広場付近には狩猟や登山、作業員などの服装でごまかしているが、明らかに防衛隊の隊員が武装して警備に当たっているのが見える。

 それを確認したエシュタガは、すぐに身を隠した。すると上の県道峠に自転車が止まる音がしてエシュタガは身構える。

 音の主は歩いて真っ直ぐエシュタガの方に向かって来る。

「よー、お疲れ」

 流珠倉洞の実況動画を撮影していた男、

 縞雨 休利(しまさめ やすとし)こと、アルオスゴロノ帝国の戦士、リキュストがエシュタガに声をかけた。

「······そこで止まれ、狙撃手がいないとも限らん」

「さすが用心深いな、エシュタガ」

「こんな所をウロウロしていて大丈夫なのか?」

「まぁな。今は只の後取材アフターでござィ···」

 飄々ひょうひょうとした態度でリキュストは山並みの写真をカメラで撮る振りをしながら聞いた。

「あんたこそ、あんな動画で良かったのか?多分もう足がついてるぜ?」

今世いまよに存在する全ての戦士の目をこの地に向ける為、そしてエギデガイジュの仕事を敵の目から逸らす為だ。そして琥珀の姫はいずれまた手に入れる」

「んぁぁ、確かにアンバーニオンはすぐそこだが、肝心のソレが無いとな?しかもあの辺りは土地神の術と奴らの仕掛けの合わせ技でなかなか神域エリアまで辿り着けん」

 リキュストは紅茶味と塩ブドウ味の飴玉を差し出しながら言うが、エシュタガはスルーしたのでそれをもう一度自身のポケットにしまった。

「で、どうだった?久しぶりのムスアウは元気そうだったか?」

「いや、ムスアウじゃなかった。少年だ」

「ん?違う?奴も転生したのか?」

「違う、アンバーニオンを喚んで二人で逃げたのは琥珀の姫だ。恐らく彼は息岩扉いきいわとびらに偶然飲まれたのだろう」

「そのガキ···睫毛まつげの濃いカーイー顔の奴か?」

「······ああ」

「そーいやァ、バスに居たな?···ちと運営に当たってみるか?」

 リキュストは棒読みで、アースッキリシターなどと言いながら県道峠に戻って行った。


 [···エシュタガ!準帝サマの一族が向かうそうダよ]


 エシュタガの鼓膜が震えて声が聞こえた。

「分かった」


 山中の何処か。

 何年も前に打ち捨てられ、腐って乾いた材木が散乱する作業場で、折り重なった材木の隙間に、巨大な赤い一つ目が光っていた。






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