第4話 玉なる座


 重拳隊の隊長である、茂坂にも上から降りて来た情報。


 惑星レベルの危機を観測する組織、最終局面省ファイナルフェイズの報告では、太陽方面から地球に向けて何らかの移動物体が観測され、それはほぼ光速からあり得ない急減速を自らに施し、既に地球の衛星軌道上に到達している。…との事だった。

 物体の大きさ、つまり“体高„は五十から六十メートル前後で、現在、東アジア極東付近上空に滞空している金色かオレンジ色の人型という事まで衛星からの映像で確認出来る……。






「関係あると思うか?」


 ここは三角パタパタの件で慌ただしく警戒態勢を整える防衛隊岩掌県駐屯地。

 その駐機場の片隅に停められた二台の特殊車輌の間で、茂坂 雄昌(しげさか ゆうしょう)は戦闘服に休めの姿勢で向かい合う二人の部下、椎山と藍罠に問う。

「似たような力は引かれ合ったり、因縁があります。今までもそうでした」

 椎山が答えた。

「護森さんの所の案件だが、あの人は現在連絡圏外の山奥のイベントで連絡が取れない。番頭さんも手が放せないそうだから早速、パン屋ヶ丘くんと駅弁ヶ駅くんにはもう動いてもらう」

 緊張とのギャップのせいで全員目が笑ってしまった。藍罠が不満を漏らす。

「何とかならなかったんですか!?そのコードネーム!」

「コードのフルネームまで聞くよりかは幾分マシだな?」

 椎山があえて厳しいトーンで緊張感を戻そうとしたが無駄なようだった。

「まぁそう言うな、お前達も知っているだろう。彼女達は隊の特殊戦室の端っこに出向してくるような一般の実力者だ。あちこちで直に欲しい人材としてよく聞かれるぞ?」

「それで、そのパン屋さんと駅弁屋さんは今どこに?」

 藍罠が聞き直した。茂坂は二人の揶揄的な呼び方は特に注意しなかった。

「軸泉市湾内に移動した目標の警戒の為、仮設指揮所がある市内の水質試験場に向かっている」

 茂坂が続ける。

「我々は実装で現地にて警戒、目標が飛べばヘリ、歩けばこちらで“張り倒す„」

「“少々„上空でもぶっ叩いてみせますよ」

 藍罠が自信有りげに答えた


 駐屯地正門の待機場には整列する隊員達と数台の関連車輌と共に一際巨大なラフタークレーン車のような機械が、牽引車に繋がれ駐車されていた。

 

 十一式多目的マニピュレータークレーン改 重拳 四号機


 あらゆる状況に応じて、巨大なロボットアームによる手作業を可能にしたクレーンを格闘戦に特化させた機体である。


 茂坂の指揮車輌と椎山、藍罠の制御車輌が重拳に横付けされる。

「乗車!」

 茂坂がスピーカーで号令を掛けると整列していた隊員達は復唱し、すぐさまそれぞれの決められた配置の車輌に乗り込む。

 重拳の牽引車が長めの野太いクラクションを一度鳴らすのを号令に、各車輌も一度づつ鳴らし、最後に椎山が制御車輌から遠隔操作で重拳が二度鳴らす。

 それを確認した茂坂は手信号を正門ゲートの守衛に送ると正門は全開まで開かれた。

「出動!」

 再び茂坂の号令が下ると、重拳隊は一路、沿岸部軸泉市に向かった。






 その日の正午前、軸泉市では既に緊急事態が宣言され、市民の避難が進められていた。

 車での移動は制限され、沿道を避難する市民の一人が見慣れた車道の信号や標識が自動で可動し歩道脇まで折りたたまれるのを目撃し、何が起こるのか防衛隊の誘導員に尋ねた時だった。

 

 ズドタタタタ······

 

 ドンッ!ドダダァアアン!!


 遠くで機銃の発砲音がしたかと思うと、一辺が十メートルはありそうな灰色の正三角形の板が宙を舞い、近くの河川敷でワンバウンドして土手の上をかすめ、近くのテニスコートの裏のパーキングに落下し数台の車を押し潰した。弾き飛ばされた車から、セキュリティアラームの悲鳴が漏れる。

 避難民はそこから立ち上る土煙を見て茫然としていたが、すぐに低い上空をヒュンヒュンと高速で飛び抜ける二つの飛行物体に、墜落した三角板が速攻追随して飛び上がったのを見るや、パニックで騒ぎになった。


 市街地上空には、飛行物体を追尾して軍用ヘリが展開し牽制に入った時だった。


 「警戒中の潜水艇が海底に押し付けられているだと!?」

 軸泉水質試験場の大会議室に設けられた仮設指揮所で、連隊長の三竹(みたけ)がその報告に驚愕した。

 軸泉湾内に潜航し、警戒に当たっていた潜水艇一隻が、多数に分離した目標の分体に体当たりされ、上方から何らかの圧力で押さえ付けられている。先制攻撃に反応した明らかな報復と思われた。

「岩塊を浮遊誘導させる能力の応用か?」

 移動中の茂坂達も既に通信で指揮に参加していた。

 藍罠が驚く。

「もうおっぱじめやがった!」

「そのまま、すぐ潰さないという事は······?人質のつもりか?」

 椎山の推論を聞きながら、藍罠は軸泉市の方面を睨み自身の握り拳を小指から開き、人差し指から閉じるルーティーンを繰り返していた。




          ·



 初見はフィギュアだと思った。


 透明なオレンジ色の樹脂にくるまれた精巧な人形?。だがリアル過ぎる。写実的な造形とでも言うのだろうか?

 年齢は宇留と同じくらいか?肩まで伸びた色素の薄い頭髪に、シンプルな琥珀の髪飾りヘアピン、胸元に琥珀の装飾ブローチが付いたノースリーブの白いドレス、両手首にはオレンジ色のバングルを付けている。

 小人の少女?はまるで水中に漂うかのようにリラックスした体勢で琥珀の中に入っていた。

 睫毛の一本まで確認出来そうな位、ここまで細かく作れるものなのかと考えていると、はっきりとした存在感すらも漂って来る気がしてならなかった。

 そしてどこか気品もあって、どこかのお姫様がモデルなのか?とも宇留は思った。

 

 ついでになんか可愛い。


 知らぬ間に数分見とれていた。


 コト!

 ……という音に宇留は後ろを振り返る。


 “入って„来た岩壁の辺りに人影が見える。そしてそれはあのスーツを着た男だった。

「…う、うわぁああ!」

 男の殺気めいた雰囲気に圧倒された宇留は叫んでしまった。男はそのまま宇留めがけて全力で走って来る。

 その時、両方の岩壁に梵字のようなオレンジ色の紋様が複数浮かぶと共に、何か力のようなものが宇留の手前から通路方向に満ちたように感じた。


「ぐっ…!!」


 男はまるで空間に繋ぎ留められたかのように前のめりの姿勢で停止し、僅かにしか動けないようだ。

 しかしその視線はしっかり前を見据え、苦痛に耐えつつ強い意思を保っているように見える。

 それを見た宇留は内心怯えつつ、こういう時イケメンだと決まるなぁと、場違いな事を考えていた。


 (アルオスゴロノ…て…)


 その時、女の子の声が聞こえた。

 宇留は周囲を見渡し、声の主を探し……見てしまった。琥珀の中の少女の目が開いていた。

 驚こうとした時、また声がする。


 (ボクを手に取って!)


 声は聞こえたのでは無かった。マンガやアニメでよくある意識の中に響く、という感覚を初めて体験したのを理解した。

 男が無理矢理一歩前進する。この現象は長続きしないという答えが示されたかのようだ。なりふり構ってはいられない。


 宇留は少女の言う通りに、琥珀を手に取る。


 少女の体勢に合わせ、縦に楕円形だった琥珀のふちに銀色の装飾が現れ、どこからかチェーンも伸びて宇留の首にぶら下がり完全にペンダントに変わった。

 チェーンは一瞬熱かったが、すぐに人肌の温度になった。

 

 (ウェラ クノコハ ウヲ アンバーニオン!) 



 少女の掛け声と共に、衛星軌道上のアンバーニオンの目と、胸元の夕日のように赤い琥珀が輝く。


 淡い光と共に体が細かい粒に分解され、宇宙は上方に引っ張られる感覚に陥る。恐怖心はあったが、苦痛は無かった。

 そして宇留と琥珀の少女は、閃光と共に祭壇の前から消えた。






 スーツの男は力から解き放たれ、その場に片膝を突いて踞り、一つ息を吐いた。

 その時、地響きと共に透明な天井が一センチ程下がる。男はしばらく天井を睨んでいたが、“入って„来た所まで戻ると、岩壁にもたれて黙って目を閉じた。

「アンバー·····ニオン」

 男の一言の後、また天井が一センチ、ゴソンと下がった。







 宇留は滑らかな粘性のある液体の中に居た。だが体は動かない。目も開けないが目蓋越しにオレンジ色の光にさらされているのが分かる。呼吸もしていないのに何故か苦しくない。

 体が前方に押し出される感覚と浮遊感で目を開ける事が出来た。


 「ここは?」


 宇留は濃いオレンジ色をした球体カプセルの内部に浮かんでいた。上下は二メートル強、前後も同じ位はあろうか?先程まで居た場所の液体のベタつきなども、体には一切無い。

 カプセル越しに白や赤や黄色、オレンジ色の光が、幻灯か万華鏡のようにゆっくりと周りを不規則に移動するのが透けて見えた。

 琥珀の少女の事を思い出した宇留は、胸元のペンダントを確認した。

 土壇場で少女入りの琥珀と向かい合わせ、もとい前後逆に“身に付けられた„ハズだったペンダントは、前後正しく身に付いていた。

 恐る恐る琥珀を覗き込むと、内部の少女は真剣な眼差しで既に宇留を見つめていた。そして一つ瞬きをする。

 間違い無く、琥珀の中の少女は生きている存在のようだ。

「こ、これは?ここは?」

 宇留が質問すると少女は答えた。


 (アンバーニオンの操玉そうぎょくの中)


 操玉という言葉に機械の操縦席コックピットの印象がダブる。日本語に聞こえるが、単語に様々なイメージが重なる不思議な会話だった。 

 宇留はこの少女が、宇留の脳を使って会話しているという確信がもう既にあった。

「アン······バーニオン?」

 宇留がアンバーニオンの名を呼ぶと、操玉の前面の空間が炭酸のように泡立ち、風景が見えた。


 宇宙と地球。


 上は暗く、下は青い。超高画質の“ディスプレイ„は遥か下方に浮かぶ雲の形を克明に捉え宇留に認識させていた。そして画面の端々に写るクリアオレンジの外骨格を纏った腕や装飾のようなもの······

 宇留が驚き、身を震わせるとその腕も動いたような気がする。まさかと思い自分の腕を目の前に伸ばすと、その腕も同じ動きをした。



 宇留は、琥珀で出来たロボットか巨人か、そんな存在、アンバーニオンの中に居た。

 

 













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