第3話 琥珀の姫
洞窟内はやや下っていた。
しかしコンクリートの舗装は気にならない程度粗めの作りが滑り止めの役割を発揮しているのか、足下は安定していた。
既に周りには小さいサイズの“地面から生えたつらら”が散見された。天面から落ちた雫が積み重なり凍結したものだ。こいつらのボスが目的地という訳だろう。
その時、前方に立ち止まったまま辺りを見回している男が居た。
宇留はギクリとした。
こんな洞窟でのスーツ姿の違和感……先程林道で見かけた男と同一人物かと思った。しかしマイクロバスは、あれから短時間とはいえ結構な距離を走ったハズだ。この男が使っていたであろう乗り物も、林道の路肩には見かけなかったと思う。
どうやって自分達より先行出来たのか?背筋に薄ら寒いものが走る······。
狭い通路を三人がおずおずと男の横を通り過ぎる時も、体を少しもよじらず気を使う素振りも無く、ただ黙って三人を見ていた。
薄暗い洞窟の通路を照らすケーブルで連なる電気ランタンの僅かな灯りを照り返す色白の肌、イケメンなのが逆に不気味だった。
男から離れると柚雲が宇留に顔を向ける。陰口こそ無かったが、目を見開き口を真一文字に結んでいる。宇留は姉が男を怖がったのか、イイ男と思ったのか分からなかったが、宇留はあの男に対して、何か言い知れぬ不安が拭えなかった。
その時宇留は、奇妙な感覚に陥った。
先程から浴び続けている僅な冷たい向かい風が、自分の立ち位置で右手にある岩壁に向かって“曲がった„のを、風が頬を撫でる感触で感じた。
疑問に思いながら辺りを見回す。するとその岩壁の少し上にしがみつくように生えている十センチ程の氷柱が、仄かに発光していた。
「なんだろう?」
それは向かい風が吸い込まれた辺りの岩壁に、宇留が無意識に触れた時だった。
宇留は岩壁に溶け合って消えた……ように見えた。少なくとも振り返って宇留を見ていた頼一郎と柚雲の目には。
「嘘?···ウル!!?」
…………
意識がやっとはっきりした宇留は狭い岩の通路に居た。
しかし明るい。本当に洞窟内なのかと思う位に明る過ぎる。
上を向くと、もう少しで手が届きそうな低い天面は、透明なオレンジ色の僅かに表面が波打つ樹脂のような物で出来ていた。
アトラクションなのかとも思ったが、雰囲気が妙だ。
通路の光源はかなり上の方らしいが、光が乱反射でもしているのか、樹脂の天井は満遍なく通路を照らしていた。
この樹脂の天井はかなりの厚みを持ち、そしてあの光源はまさか外の明かり?……と余計な想像を一度でもしてしまうと、上からの圧迫感は途方も無かった。
コォぉ······という空気の流れの音に背中を押され、宇留は一歩前に進んでしまった。振り返り、後の岩壁に触れても何も起きなかったので、百メートルはありそうな通路を前に進むしか道は無い。
中頃まで歩くと先に何かが見えてきた。
祭壇のように見える。
宇留は小走りに距離を詰めた。
行き止まりになっているその場所は、明らかに人の手が加えられたオレンジ色の樹脂の装飾で造形された祭壇だった。
そしてここは通路よりも更に明るい。
この樹脂は見覚えがある。頼一郎の家で見せてもらった【琥珀】に似ている。
ここ軸泉市でもよく発掘される、太古の樹木の樹液が化石化したものだ。
しかしこの空間を満たすこの樹脂全てが琥珀なのだとしたら、こんな事があるのだろうか?
宇留は祭壇の中央に置かれた手の平程の縦に楕円形の琥珀を見つけた。神棚の御神体のようだと思った。
光の反射で良く見えなかったが、顔を寄せると中に何か······
居る。
人。
小人の少女が、安らかな表情で琥珀の中で眠っていた。
太陽の表面。
太陽の樹から零れる樹液の滴の中で、胎児のように身を屈める巨人。
その体には完全に琥珀の鎧が形成されていた。雫の中の樹液を全て使いきった巨人は、
硬質化しカプセルのようになっていた雫の表面が粉々に砕け散りキラキラと輝きながら周囲に拡散する。
漆黒の太陽の樹を背に、堂々と胸を張り宙に浮かぶ巨人。
アンバーニオンは、遥か地球の輝きを見上げ、そして飛び立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます