第43話 「『名匠』にぬいぐるみを依頼するゲアト、すげえな」

次の日、カイはゲアトたちと連れ立ってデニスの家を訪れた。


「ぬいぐるみなんてもう何年も作ってないけどね。今は釣りにも行けなくて暇だから、良かったら引き受けるわよ」

イーリスは、ゲアトの依頼を快諾してくれた。


「そうね、お義母さんの仕事用の布ならまだいくつかあったと思うけど、ぬいぐるみなら中に綿わたを詰めるでしょう?綿はあまりないから、買ってきてもらわないと」

一緒に話を聞いていたエルゼが、頬に手を当てて言った。


綿については、彼らがツーレツト町から途中までの護衛依頼を受ける予定なので、ついでに買ってくることになった。


イーリスもエルゼも、息子たちを育て上げた経験があるからか、いかついゲアトたちを前にしてもまったく気圧される様子はない。

なんなら、エルゼに質問攻めにされたゲアトの腰が引けていた。

心なしか、虎柄の尻尾もへにょりと力が入っていない。


「いいじゃない、好きなものをぬいぐるみにしてあげるなんて!その子はどういう絵本を読んでるの?」

「えーっと、『ミーちゃんとピョンくん』っていう、猫獣人とウサギ獣人の子どもの話とか。です」

思い出しながら言うゲアトに、エルゼはにじり寄った。


「『ミーピョン』ね!あの二人のシリーズはあたしも好きなのよ。じゃあ、『プリンセスとドラゴン』とか『お花の国の妖精』とかは?」

「確か、『プリンセスなんとか』っていうのは読んでたと思う。です」

うんうん、とうなずきながら、ゲアトは若干体を反らした。


目をキラキラさせたエルゼは、さらに言いつのった。

「女の子ねぇ、いいわねぇ。じゃあ、一番のお気に入りは何?お義母さんなら、色とかポーズとか、どんな要望にも応えてくれるわよ」


「何でもじゃなくて、だいたいね。でも久しぶりだから腕が鳴るわ。それで、何のぬいぐるみだったかしら?」

イーリスも、楽しそうに聞いた。


妙齢の女性二人に詰め寄られたゲアトは、冷や汗を垂らしながら答えた。

「えっと、『ミーちゃんとピョンくん』の二人を、お願いできる、できますか?」


「もちろんよ」

イーリスが答え、エルゼもうなずいた。

「お義母さんの針仕事は見てても楽しいのよ。久しぶりに見られるなんて嬉しいわ」


『針の名匠』の手仕事だから少し高くなる、とイーリスがすまなそうに言ったが、ゲアトはむしろ笑顔で答えた。

「そりゃあすげぇ。です。名匠手作りのぬいぐるみなら、アルマも絶対喜ぶ。と思います」


「イーリスさん、『名匠』なんですか!引く手あまただったでしょう」

「『名匠』にぬいぐるみを依頼するゲアト、すげえな」

フーゴとティムも驚いていた。


やはり、『名匠』というのはかなりのレアスキルなのだ。


しかし、にこにこと笑うイーリスからは、ただの可愛らしいおばあちゃんという空気しか感じない。

不思議なものである。





数日後、カイは役場に呼ばれた。

通された執務室には、バンガードの四人も揃っていた。


全員を確認したデニスが口を開いた。

「カイも来たな。実は、ヤーコブが馬車の購入を急いでくれてな。古い馬車の買い取りが早まった。明日には受け取ることになるから、馬車の囮を頼みたい」


どうやら、作戦に使うと聞いたヤーコブが気を利かせてくれたらしい。

村が買い取る馬車は、初めてカイがヴィーグ村を訪れたときに修理したものとは別の、もっと大きなタイプの幌のない荷馬車だという。


「わかった。カイ、明日は大丈夫か?」

ライナーが受けてカイに聞いた。


いくつか村の人から修理の話は聞いているが、まだ約束はしていない。

「はい、明日なら出られます」


それを聞いたライナーたちは顔を見合わせてうなずいた。

「こちらも問題ない。では、馬車の受け取りはどこでしたらいい?」


「商店に直接行って欲しい。話はつけてあるから、受け取るだけだ」

デニスが手で軽く商店の方向を示した。

「わかった」


その後、馬車を持って行く場所や補強に使う材料の準備、借りる馬などの打ち合わせを行った。




次の日の朝、準備を整えたカイは商店に向かった。


バンガードの四人はすでに商店の前にいた。

アウレリアのゴーレム部位が、朝日を反射してきらりと光った。


「おはようございます。遅れてすみません」

カイが駆け寄ると、アウレリアたちがこちらを向いた。


「遅れてはいないぞ」

アウレリアが言うと、エーミールもうなずいた。

「ちょっと早いくらいだ」


ライナーは、ヤーコブと話していた。

二人の様子をぼんやり見ていると、ふと気配を感じた。


「おはよう、カイ!」

「ぐふっ。ヒルダ、おはよう」

商店の横からヒルダが飛び出してきた。

どうにか正面から受け止めたが、その衝撃のおかげでしっかり目が覚めた。


「アウレリアさん、おはようございます!フィーネさんとエーミールさんも」

ひょいと離れたヒルダは、尻尾をぱたぱたと揺らして三人に挨拶した。

その様子を見たアウレリアが、柔らかく笑った。


「おはよう。早いな」

アウレリアが言うと、ヒルダはさらに大きく尻尾を動かした。


「おはよう、ヒルダちゃん」

「おはよう」

どうやら、フィーネとエーミールともしっかり面識があるらしい。


「今日も森へ行くんでしょう?気をつけて行ってきてくださいね!」

にこっと笑ったヒルダには、不安の色が一切見えない。

多分、詳しいことは聞いていないのだろう。


グリフォンを引っ張り出す囮作戦を決行すると聞けば、心配するに違いない。

とはいえ、今はその話をする暇はなさそうである。


「ヒルダ、戻ったらまた話すよ」

「わかったわ。カイ、ケガしないようにね」

「うん。ありがとう」


カイがうなずいたところへ、ライナーとヤーコブがやって来た。

「よし、そろそろ行くぞ。まずは街道を少し北上する」

「わかった」


ヴィーグ村から少し北へ行ったところに、川を渡る橋があるらしい。

さすがに馬車を引いて川を渡るのは無理なので、そちらへ回るのだ。


「いってらっしゃーい!」

「いってきます!」

ヒルダの元気な声に見送られて、バンガードの四人とカイは出発した。




囮用の馬車は、橋を渡って魔物の出る森の方へ持って行く。

森の手前は草原になっているので、なんとか馬車を通らせることができる。


森に入るあたりで、馬車を馬から外した。

この馬は、ここからなら単独で村に帰れるらしい。

かしこい。


馬車は、人力で森の中を押していく。

グリフォンがすぐに出てこなくても、しばらく森の中に放置して様子を見るのだ。


「よ、っと。このあたりなら、少しだけ開けているな」

前で索敵しながら馬車を引いていたライナーが立ち止まって言った。


フィーネも前で引き、カイとアウレリアとエーミールの三人は後ろから馬車を押していた。

さすがに、大きな荷馬車を森の中で動かすのは骨が折れた。


「ふう。それじゃあ、補強修理を始めます」

「頼む」


ライナーの声にうなずいたカイは、スキルを起動させた。


今回は、中古の荷馬車であちこちに細かい故障があるから、補強修理として対応できる。

板の傷んでいるところ、荷台の壁のヒビがある部分、御者台の板のゆがみ、車軸の摩耗など、あちこちのパーツをスキルを使って修理しながら補強する。


仕上げは、スキルではなく生活魔法を使う。

荷台の下の土を盛り上げて、底板に当たるような形にしたら終了だ。


「これでいいと思います」

馬車の底板が土に乗った状態なので、上で飛び跳ねても板がしなることはない。

これなら、簡単には壊れないだろう。


「ライナー、あれはグリフォンか?」

周りを警戒していたアウレリアが、空を見上げて言った。

カイも上を見たが、青い空しか見えない。

肉眼で見えるとは思えないが、そこは上級冒険者ならではの感覚なのだろうか。


「ああ、こちらを窺ってる。よし、いったん木の陰に隠れて待機。しばらくは見張りながら休憩だ」

ライナーが言うと、それぞれに木の下へと移動した。


カイも、低木の向こう側に身を潜めた。


開けたところにポツンと置かれた馬車は、陽の光を浴びながら静かに待っていた。

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