第40話 「でも、あたしは、あの馬車が良いんだよ!」

村が商人たちに貸している家には、厩がある。

そこには、二頭の馬がつながれていた。

壊された幌馬車を引いていた馬も、特にケガはなかったらしい。


「こんばんは」

扉をノックすると、一番初めに村に駆け込んできた若い男性が出てきた。

「はーい!ああ、あのときの!」


ヒルダから、その男性は寝込んでいると聞いていたが、どうやら治ったらしい。

「もう体調は大丈夫ですか?」

カイが尋ねると、男性はにかっと笑った。


「はい、もうすっかり。というか、普段あんなに走らないのに、突然長時間走ったせいで筋肉痛になっていただけなんです。あのときはありがとうございました」

照れるように自分の頭を掻いた男性が、カイに頭を下げた。


「いえいえ!僕は横にいただけですし。回復されたなら良かったです」

「ありがとうございます。えっとそれで、今日はどういったご用件で?」

男性は、不思議そうに首をかしげた。


「あ、はい。僕は修理屋のカイです。幌馬車の修理の件で来ました」

「そうなんですね。中へどうぞ。すぐに皆さんを呼んできますので」


中に促され、カイはリビングに足を踏み入れた。

その家はカイの家よりも広く、リビングにはローテーブルを挟んで二人掛けのソファが二つ向かい合わせに置いてあった。


やはり、リビングにはソファがあるのが良い。



座って待つと、女将さんと、彼女と同じ年ごろに見える大柄な熊獣人の男性、それから先ほどの若い男性、昨日女将さんにお使いを頼まれていた二人の男性がやって来た。


店員らしい若い男性たちは、ソファの後ろに立った。

どうやら、全員で話を聞くつもりのようだ。


「来てくれてありがとうね。それで、馬車はどうだった?」

カイの向かい側に座った女将さんは、身を乗り出すようにして言った。


息を吸って一瞬止まったカイは、覚悟を決めて口を開いた。

「結論から言いますと、同じ形に修理することはできますが、ほとんどの部品は入れ替えになります。中古なら、購入した方が安くなると思います」


それを聞いた女将さんは、困惑したように眉を下げた。

「昨日置いてきちまったときには、幌が壊されたのと、車軸が折れてたくらいだったのに」


うなずいたカイは、女将さんと、周りにいる男性たちを見回した。

「その後、もう一度魔物が来たらしいんです。馬車の本体で、そのまま使える材料はほぼありませんでした。塩の袋も切り裂かれて、あの辺りに塩がばらまかれていました」


女将さんは両手を組み、胸の前でぎゅっと握りしめた。

「そんな……。なんとか、直せないのかい?」

女将さんの隣に座った熊獣人の男性が、心配そうに彼女を見た。


「比較的形が残っている素材を使っても、まずは部品を直してから全体を修理するので、時間もお金もかかるうえ、材料はほとんど新しいものになると思います。その……元通りにするのは難しいです、申し訳ありません」

カイが説明すると、女将さんは軽く頭を左右に振った。


「それじゃ困るんだよ。多少不格好になってもいいから、できるだけ元のままで直してほしいんだ」

「お前、それは無茶だろう」


熊獣人の男性が言うと、後ろに立っていた緩い雰囲気の男性がうなずいた。

「旦那の言う通りっすよ、女将さん。そこまで壊れてるなら、いっそ新しいのを買っても良いじゃないっすか」


どうやら、熊獣人の男性が店主らしい。

距離の近さからみても、女将さんと店主が夫婦なのだろう。


「でも、あたしは、あの馬車が良いんだよ!」

きっ、と目をつり上げた女将さんは、店主を含めた男性陣を睨みつけた。


「あれは、俺とお前が結婚してから買って、初めて行商した馬車だったな。でも壊れたものは仕方ない。また新しく作ったって、その記憶が消えるわけじゃないだろう?」

店主が丸い耳を少し下げながら女将さんの背中をさすり、宥めるように言った。

けれども、女将さんは唇を噛んで小さく首を振った。


「あんたがそう言ったって、嫌なものは嫌だ。結婚したときのものは、もうあの馬車くらいしか残ってないんだから」

膝を見たまま、女将さんがぽつりと言った。


店主は、黙ってうなずきながら、女将さんの肩を抱いた。

女将さんはそれには応えず、ただ静かに目を閉じた。


男性たちは気まずげに目を逸らし、部屋の空気が重くなる。


そこでふと、カイは思い出した。

ポケットを探り、小さくて冷たいそれを取り出した。


「あの、これは女将さんのものではありませんか?板の隙間にこれが挟まっていたんです。馬車を元通りにはできませんが、せめてこれをお返しできればと」


手にのせたそれを、女将さんの目の前に差し出した。


「……え?これ。これは、あたしの」

息をのんだ女将さんは、震える手をそっと差し出してきた。


だからカイは慎重に摘まみ、女将さんの手のひらに置いた。

「磨けば、艶が戻ると思います」


「それは……?もしかして、失くなった婚約指輪か?」

店主は、女将さんの手を覗き込み、指輪にそっと触れた。


くすんだ金色の指輪には花のような模様があり、花の中心には店主の目と同じ緑色の小さな宝石がついている。

透明度の高い宝石なので、小さくてもそれなりに高価なものだろう。


女将さんは、黙ってこくりとうなずいた。

指輪に見入る視線は柔らかい。


店主はその指輪をそっと手に取り、女将さんの指にはめようとした。


「ん?はまらないぞ」

「ちょっと!仕方ないでしょ。あれから何年経ってると思ってるの?あたしもおばちゃんになったんだから、サイズくらい変わるっての!」

潤んだ目を誤魔化すように何度も瞬きをしながら、女将さんはバシン!と店主の腕を叩いた。


「いてっ!悪かった。王都に行ったら宝石店があるから、そこで磨き直しとサイズ直しを頼もう、な?」

店主は叩かれた腕をさすりながら言った。

カイのスキルで直せればいいのだが、サイズ違いは故障ではないのでできそうにない。


「まったく。でももうデザインがダメよ、年齢に合わないわ」

女将さんはため息を吐き、指の第一関節のあたりで止まった指輪を見下ろした。


「デザイン?なんでだよ」

店主は首をひねった。

ほかの男性たちも、よく分かっていないらしく不思議そうにしている。


「これだから男は。いい?こういう花模様はね、若くて綺麗な子が着けるものなの!」

そう言いながら、女将さんは指輪を引き抜いて手に持った。


「何を言ってるんだ?お前はいつでも綺麗だ」

当たり前のように言う店主を前にして、女将さんは一瞬ぽかんとしてからぽっと頬を染めた。


「なっ!ね、年齢に合わないって言ってるの」

「似合うんだからいいだろ。なぁ?」

店主は、仲間の男性たちに同意を求めた。


「そーですね」

「いいんじゃねっすか」

「そんな細かいこと誰も気にしませんって」

三人とも、とても投げやりな返事である。

気持ちはとてもわかる。


「でも……」

「俺が、お前に似合うと思ったんだ。俺の妻だって主張するためのものなんだから、大人しく見えるところに着けといてくれ」


頬の熱は引かないながらも気持ちを落ち着けるためか、小さく息を吐いた女将さんは店主を見た。

「わかった。結局結婚指輪は買わなかったものねぇ」


「あの頃はまだ流行ってなかったしな。……ん?もしかして、その指輪を失くしてたから、馬車にこだわってたのか?」

店主は、女将さんの顔を覗き込むようにしながら聞いた。


「もう、それはいいでしょ」

「そういうことだったのか。可愛いやつだな」

ぷい、と顔をそむけた女将さんの肩を抱いた店主は、嬉しそうに頬を緩めた。


いよいよ顔を真っ赤にした女将さんは、そっと指輪を握りしめた。




「カイ、本当にありがとね。結婚の思い出はあの馬車だけだと思ってたのに」

指輪をチェーンに通して首から下げた女将さんは、玄関でそう言った。


「いいえ。たまたまですが、見つけてお返しできて良かったです」

カイが笑顔で答えると、女将さんの横に並んだ店主が眉を下げた。

「なのにすまんな、修理しないことになって。無駄足を踏ませちまった」


材料費も含めた見積もりを伝えたが、中古の馬車なら余裕で買える値段になった。

どちらも検討した結果、彼らは修理をせずにツーレツトに戻って新しい馬車を買うことに決めたのだ。


「いえいえ、お気になさらず。それより、指輪の捜索費を貰ってしまって恐縮です」

カイは、店主夫婦からそれなりの金額を押し付けられていた。


「いいんだよ。うん十年も見つからなかったのを見つけてくれたんだから」

女将さんは、少し照れたように笑った。


「本当に助かった。俺たちはいったんツーレツト町に戻るが、そのときに『ヴィーグ村に腕のいい修理屋がいる』って宣伝しておくからな」

にかっと歯を見せた店主の腕は、女将さんの腰に回っていた。


笑顔を返したカイは、別れの挨拶をしてから自宅を目指した。


大事なものを見つけ出すことができて良かった。

あれが、「リア充爆発しろ」というやつだな、と納得したカイの足取りは、いつもよりも軽かった。

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