第39話 「ちゃんとした料金を支払ってもらうべきだと、思います」

一通り確認してから、すぐに取って返して森へ向かった。

魔物の森へ行くには大きな丘を迂回することになるので、少し時間がかかる。


道中、魔物の古い痕跡はあったが、新しい足跡などは見当たらなかった。

崖にうまく誘導され、村側には来なくなっているようだ。


「では、続きを作ります」

「頼む。俺たちは昨日と同じく森の奥の調査をする。エーミールたちは、終わったら先に帰っていてくれ」


ライナーがそう言って、フィーネも一歩踏み出した。

カイの護衛には、アウレリアとエーミールが残る。


「昨日よりも少し魔物の気配が近い。ブラックウォルフの群れか?」

アウレリアが森の奥の方を見やると、ライナーがうなずいた。


「ああ、そうだな。こっちは相手をする時間が惜しいから、避けて行く。こちら側に来たら対処を頼む」

ライナーたちは、移動を優先するらしい。

「問題ない」

エーミールは、答えながら背中から盾を下ろした。



残り部分の崖の生成は、二時間もかからずに終わった。

「こちら側は、少し斜めに立ちあげておきます」


「ああ、それでいいだろう。魔物のいる森の西北側から来ているようだからな」

エーミールは、ライナーたちが走っていった方をちらりと見た。


ちょうど、この崖に対して少し斜めに向かってくる方向だ。

「ほとんどはこの崖に誘導されて南下するだろう。漏れることはあるかもしれないが、仲間が崖の下側にいれば問題ない。ブラックウォルフは、基本的に群れでしか行動しないからな」


崖の端、上ってしまいそうなところには、魔物が嫌がる蔦を植えておく。

ナーデと呼ばれていて、そのへんに生えている。

蔦も葉も細い棘で覆われているうえに成長が早く、村でも嫌われている。


一応皮の手袋をして作業したが、ナーデの細い棘は手袋を貫いてカイの手を刺す。

「イテテ」

抜くときに思い切り刺さるし、土魔法で植えるために支えている間も手や腕、ちょっと当たるだけの足にも刺さる。


「私も手伝おう」

「いえいえ、大丈夫です。アウレリアさんは大切な戦力ですから、雑用で怪我をしたら大変です」


カイが蔦と奮闘しながら答えると、虚を突かれたように赤い目を見開いたアウレリアは、苦笑してから左手をひらひらと振った。

「ゴーレム部位なら、棘は刺さらない。植える場所はカイが決めるだろうから、根っこごと引っこ抜いてくるところは任せてくれ」


悩んだカイは、首をひねった。

「うーん、いいんでしょうか。もちろん手分けした方が早いのは確かなんですが」


「別にいいだろ、そこらへんの蔦を引っこ抜いてくるくらい。俺はそういう針とか棘は苦手だから嫌だけどな」

エーミールは肩をすくめた。


カイとしては、自分の仕事なので自分で完結させたいと思っていた。

だが、手伝ってもらう方が早いのは確かだ。


「いいからいいから。こういうのは適材適所だろう」

そう言いながら、アウレリアは蔦がありそうな方へと歩いて行く。


「すみません、ありがとうございます!では、できるだけ根っこから綺麗に引き抜いてください」

「わかった」



アウレリアの協力もあって、魔物が崖の上に回り込みにくいよう蔦をたっぷりと配置することができた。

ナーデは成長が早いうえにしぶといので、こういう人の手が入りにくい場所であれば魔物除けとしてちょうどいい。


「これで終わりですね」

「よし。ライナーとフィーネはもう少しかかりそうだから、先に帰るか」

エーミールの言葉に、カイとアウレリアはうなずいた。





村に帰ると、まずは役場のデニスの所へ行って報告した。

馬車がバラバラになっていたことと、崖の生成が終わったことだ。


「もう終わったんですね。助かります。村側の香草と、川向こうのナーデの植え付けも終わりましたよ」


香草の一部には、魔物が嫌うものがある。

少し珍しい種類なので、ヤーコブが仕入れてきたものだろう。


「ナーデの植え付けには、ゲアトたちが?」

エーミールが聞くと、デニスは笑顔で答えた。

「ええ。追加の依頼として護衛をお願いしたら引き受けてくれました。魔物は出ませんでしたが、安心して作業できたと村の者から聞いています」


ナーデは、村の人が植えたようだ。

あちこちに棘が刺さっただろうな、と思ったカイは自分の手をちらりと見た。


「えっと、僕の仕事は一旦これで終わりということで大丈夫ですか?」

「ああ、崖作りの依頼は終了だ。本当に助かった。今日も会計の窓口で受け取ってくれ」

デニスは、依頼料を書いた紙をカイに渡してくれた。


「ありがとうございます。……って、これ昨日よりずっと多くないですか?」

数字を確認して、カイは思わずデニスを見た。


「多くはない。昨日聞いたんだが、カイは土魔法もだがスキルまで使っていたんだろう?それなら、むしろ少ないくらいだ」

確かに、スキルを使えば技術料が上がるので高額になるのはわかる。


「でも、実質そんなに時間をかけていません」

眉を下げたカイに、デニスは苦笑した。


「驕らないのは悪くないが、自己評価は正しくしろよ。素人と職人で値段が違うのは当たり前だ。スキルは一種の技術だから、そこに価値がつく」

デニスの言葉に、エーミールとアウレリアが黙って首を縦に振っていた。


「それは当然ですが」

「なら、スキルを使った分が上乗せされるのは正当な評価だ。カイ、似たようなスキルを持った奴に、同じ仕事を安い値段でやらせたいか?」


はっ、とカイは息を呑んだ。

今の自分は良くても、これがほかの誰かだったとしたら。


「……いいえ。ちゃんとした料金を支払ってもらうべきだと、思います」


仕事に見合った報酬を渡すことも重要だが、市場の均衡という意味で適正な価格というものがある。

前世でも、不必要に値段を下げるのは問題になることだった。


「だろ?だったらちゃんと受け取ってくれ。足りないと言われても仕方ないくらいなんだ」


料金としては、スキルを使うことを加味しても順当だと思う。

請求書を見下ろすカイの手元を覗き込んだエーミールは、首をひねった。


「そんな遠慮するような値段でもないぞ。王都なら低いが、このあたりなら妥当な報酬だ。な、アウレリア」

「ああ。確かに、特殊なスキルを使ったと考えれば若干足りないか?」


値上げ交渉をはじめそうな雰囲気になったアウレリアたちを見て、焦ったカイは請求書を握った。


「わかりました。ありがとうございます。今回はこの料金で承ります!」

「すまんな。次があったらそのときはもう少し色をつける。バンガードの皆さんには、もう少し調査を続けていただきたいです」

デニスは、カイに向かってうなずいてから、アウレリアとエーミールに言った。


ライナーたちはまだ戻っていないが、昨日の今日であの羽の持ち主がわかるとは思えない。


「もちろんだ。街道の方にも何か痕跡が残っているかもしれないから、森と街道の二手に分かれて調べると思う」

エーミールが言うと、デニスは深くうなずいた。

「調査に関しては、プロの皆さんにお任せします」


「あ、見つけた馬車のことは、僕からあの商人さんたちにお伝えしても良いですか?」

カイが聞くと、デニスは考えるように腕を組んだ。

「うーん、そうだな。頼んでいいか?」


「もちろんです。修理屋としての話もありますから」

「ありがとう、カイ」

「いいえ」




報酬を受け取って一人で役場を出たカイは、小さくため息を吐いた。


正直に言えば、あの馬車は直すよりも新しく作った方がいい。

「修理する方が高くなりそうなんだよな……。車輪は真っ二つで、幌も全部張り替えだし。まるで上から押しつぶされたみたいに、全部がボロボロになってたし」

土台となる大きな板が壊れているので、ほとんど作り直しである。


けれども、馬車のことを頼んできた女将さんの表情を思い出すと、そんな風に言える気がしない。


少しの間逡巡したカイは、悩みを振り切るように頭を振った。

「提案はする。決めるのは、お客さんだ」


カイの仕事は修理屋であって、最適解を示すことではない。

覚悟を決めたカイは、商人たちが借りた家の方へと足を向けた。

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