第11話 虚空の先

 文化祭の騒ぎが落ち着き、教室には静けさが戻っていた。

 けれど、空気はまだどこか張りつめていて、彼女も友達も沈黙したまま座っている。

 復讐は形としては成功していた。証拠を突きつけ、真実を明るみに出したことで、二人は孤立し、心の中で苦しんでいる。


 俺もまた、胸の奥に冷たい満足感が広がるはずだった。

 なのに、見渡す教室を見ても、胸は重く、空虚だった。

 彼女の泣き顔、友達の怒り、周りの好奇心――それを見て笑うことはできなかった。

 むしろ、俺自身が何か大事なものを失った気がした。


 放課後、校庭のベンチに一人座る。

 夕暮れが校舎をオレンジ色に染め、遠くで遊ぶ子どもたちの声や部活の掛け声が風に乗って届く。

 周りの世界は動いている。俺だけが、止まったまま、過去に縛られているように感じた。


 ふと、楽しそうに話すクラスメイトたちを見た。

 笑って、ふざけ合い、何気ない日常を生きる姿。

 その光景を見て、初めて心の奥底から思った。


「復讐なんて、意味なかったな」


 怒りも、裏切られた悲しみも、もう過去の一部だ。

 証拠を突きつけ、真実を暴いたことで、すべては終わった。

 誰かを追い詰める必要も、誰かを責める必要もない。


 けれど、心の中にぽっかり空いた穴は簡単には埋まらなかった。

 胸の奥でずっと残っている虚しさは、復讐ではどうにもならないものだった。

 そこで、初めて自分に問いかける。


「この先、どう生きたいんだ?」


 過去に縛られても仕方ない。

 今はもう、何もかも終わったのだ。

 ならば、自分の未来を自分で切り開くしかない。


 ベンチから立ち上がり、夕暮れの校庭を歩く。

 風が頬を撫で、心の重さを少しずつほどいていく。

 足元の砂利が軽く崩れる感触さえ、新しい一歩を踏み出すように感じられた。


 通り過ぎる生徒たちの笑顔が、まぶしく、温かく見える。

 過去の痛みは消えないけれど、もうそれに縛られる必要はない。

 新しい出会いも、笑顔も、まだ見ぬ未来も――自分次第で見つけられる。


 歩きながら、自然と笑みが零れた。

 胸の奥で長い間、押し込めていた感情が少しずつ解けていく。

 これからの道は、まだ何も決まっていない。

 だからこそ、楽しみでもある。


 空はゆっくりと夜の色に染まり始める。

 街の明かりが一つ、また一つと灯る。

 どこかで小さな声が笑い、誰かが手を振る。

 過去を背負ったままでも、未来は自分の手の中にある――そう思える夜だった。


 さあ、次はどんな出会いが待っているだろう。

 振り返らずに、前を向いて歩く。

 復讐の先にあったのは、決して憎しみではなく、新しい可能性だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る