この中に1000人、姉がいる。
パンチでランチ
第1話
俺の名前は 篠原ユウタ、ごく普通の大学生……のはずだった。
だが今、目の前に広がる光景はどう見ても「普通」からはかけ離れている。
体育館のように広い空間。そこにずらりと並ぶ――1000人の女性たち。
全員が俺を見て、にこりと笑った。
「……ユウタ、久しぶり」
「弟くん、元気にしてた?」
「かわいい顔して……また背伸びた?」
声が重なる。千の声が一度に響き、俺の鼓膜は悲鳴を上げた。
そう、ここにいる全員が「姉」を名乗ったのだ。
⸻
ことの始まりは一週間前。
俺の家に届いた謎の封筒。そこには「選ばれし者よ、あなたは千姉プロジェクトに選抜されました」と書かれていた。
胡散臭い。完全に詐欺か新手の宗教勧誘だと思って無視した。
……なのに気づけばこの部屋に拉致られていた。
「説明を求める!」
思わず叫ぶ俺に、壇上に立つスーツ姿の男が答えた。
「あなたは一人っ子の孤独を抱えて育った。我々は最新のクローン技術を用い、理想の“姉”を千パターン生み出したのです」
「いらねぇよ!」
叫んだ。だが千人の「姉」が同時に首をかしげるその光景は、悪夢でありながら妙に可愛い。
⸻
一人ひとりに個性がある。
スポーツ万能の姉、眼鏡をかけた知的な姉、料理が壊滅的に下手な姉、なぜか武器を持っている軍人姉までいる。
「おいユウタ、腹減ってない? 姉ちゃんがカレー作ってやるよ!」
「やめろ、それは爆発する!」
「弟よ、戦場に行く覚悟はあるか」
「なんで物騒な話になってんだよ!」
混乱の渦。俺の頭はパンク寸前だった。
だが――ひとり、妙に静かな姉がいた。
群れから離れ、ただ俺を優しい目で見ている。
「ユウタ。私だけは、本当に“最初から”姉なんだよ」
ぞくりとした。
その一言で、俺の中に疑念が芽生える。
――この千人の中に、本物の姉がいる?
「さあ、選んでください」
スーツの男が言う。
「1000人のうち、あなたにとって唯一の“姉”を」
間違えればどうなるのか。想像するのも怖い。
だが千の視線が俺に突き刺さり、もう逃げ場はなかった。
俺は深呼吸をし、一歩踏み出す。
「……俺の姉は――」
言葉を放った瞬間、千の姉たちが一斉に笑みを浮かべ、世界が白に染まった。
目を覚ました時、俺は自分の部屋にいた。
机の上には、一枚の写真。そこには笑う女性と小さな俺が並んで写っていた。
裏にはこう書かれていた。
――「また会えるよ、弟くん」
俺は写真を握りしめ、頭を抱える。
夢だったのか。いや、あの視線の熱は、確かに現実だった。
世界のどこかに、俺の「1000人の姉」が存在している。
そう確信してしまったのだ。
この中に1000人、姉がいる。 パンチでランチ @panchi_de_ranchi
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