始まりの時

もち雪

 始まりの時

 日本家屋、その廊下を歩くとキュー、キュー音がする。


 ――そういう廊下なのか、ただ古いのか、その音色はただうっとしい。


 淡い暖色の着物を着たあきざくらは、一瞬だけ、美しく整った眉のラインをあげ、その顔を歪めた。


 しかし彼女はすぐに廊下と外を隔てる、硝子窓から見える、日本庭園へと目をやり眺める。


 そこには、作られたがあった。


 長く伸ばした枝から、紅葉の葉が一枚、澄んだ池の水のなかへ、揺れるように舞い落ちいく。


 池は波紋を描き、紅葉を迎えいれてしまう。


 それだけでただ美しい……。


「ちっ」

「そう、悪意を振りまくものじゃないよ。せっかくの宴会なのに」


 いつの間にか、当主様が肩を並べて歩いていた。

 歳を経て、老化の速度は増すばかりだが、それでも彼は当主としての姿を手放してはいなかった。

 

「ご当主様、ここへ来る度、貴方とのさが、私を憂鬱にさせるのです」

「君はおかしなことを言う」


 彼は眉をひそめ笑うが、彼の身につけている艶やかな着物の様に、彼、価値を損なうものにはならなかった。


 それを見て、肩をすくめる私を見ながらも、彼は宴会場へ足を止めず入って行く。


 その後を追い進む私は、御膳の上を見ながら上座に向かって歩く。

 その時、自分の名前 『あきざくら』と書かれた紙を、お膳の上に見つけた。


 前から3番目、変わらない居場所に、思わずため息がもれる。

 

 床の間の方をみると、彼はこちらを見て頷き、笑っていた。

 

 

 宴会は始まり、彼は挨拶をする。

 時短へ嘆き、その中の我々の大切さを説いた。


 そして舞には、私が呼ばれる。

 

 上座まで歩いて行くと、私へ伸ばす手は大きく、すべてを包み込むようだ。

 街も、村も、山もすべて、そして彼の着物の様に赤く染まる。

 そんな姿が、すぐに浮かんでくる。


 

 そして座敷の間で、私たちは離れ離れに立ち、真逆のを動きを始める。


 肩の高さに、爪の先まで手を伸ばす。

 

 横笛を始めに、雅楽の音色にのり、そこからを描くように外へと走る。


 向こうに見える彼と対をなす場に立ち、その場でクルクルと駒の様にまわると、リズムの変化の場所に合わせ、今度はゆっくり手を広げる。



 大輪の花のように――。



 そして片足立ちでまわると、長い袖を振り回しながら、今度は、ふたたび中央へ――。


 渦をまいて、走り寄り手を結ぶ。



 そして赤や黄色、桃の色の花々と、紅葉する葉が、マグマのように湧いて出て、花吹雪、秋の嵐となって……。


 


 ――その宴会場には、誰も居なくなったのだった。


 


       ◇◇◇◇

 

 そして気が付くと私は、今年も幼稚園や保育園に多くいて、子どもたちの中に居た。


 

 ――3番目でも、ここならいいか。


 そう……思い直し、彼が彩らせる、遠くの山に思いを馳せるのだった。

 


 「お母さん見て、お花がわらっているよ」


  おわり


 


 

 

 

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始まりの時 もち雪 @mochiyuki5

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