第9話 俺の能力(スキル)

「そ、そうだ。ここにギターとかってあるかな」

いい感じになった雰囲気を誤魔化すために口を開いた。

ちょっと残念そうなチューンは、じとり、と横目でこちらを見る。

「ギターですか。ええと。ご自身で召喚されるというわけではなくですか?」

「え、ええと。それってどうやるの? チューンがハープを出したようなことを言っているんだよね」

「左様です。自身の心の音を聞き、指を鳴らすことで、その者に適した楽器が召喚されると聞きますが」

「あ。ええと。なるほど」

自分の心の音を聞く? 正直何を言っているのかさっぱり分からない。

とりあえず、目を閉じ自分の音というものに耳を澄ませる。どくん、どくんと胸に手を置くと鼓動は感じる。

それでとりあえず、指を鳴らしてみた。

しかし。


その音は寝室をかるく反響させるだけで、彼女のように楽器が現れることはなかった。

「あ、あれ」

「でませんね。どうしてでしょうか」

「俺、才能ないのかも」

「そんなことは」

彼女のレッスンのもと、何度か同じようなことを行ってみる。しかし、それは一向に現れなかった。


「で、では、工芸品をお持ちしましょうか。その『楽器』とは違いますが、音色は出ますので」

チューンは気まずくなったのか、指を鳴らす。彼女はうまくいくようで、初日と同じように、どこからか見慣れた古ぼけたギターが、部屋にすす、飛んでくる。

「す、すごいな」

自分にはできないことをやってのける彼女に感動する。飛んできたギターを彼女は受け取ると、それをそのまま俺に手渡した。

「ありがとう」

ボロン、と響いた音は随分と久しぶりの音色だ。

「これは工芸品であります。おそらく、遠い昔の職人が城に残したものでしょう、音力は使えませんが宜しいのでしょうか」

「その音力なんて、俺にはないんだと思うよ。これでいいよ」

そして、コードを鳴らし、少し歌ってみた。

「愛を込めて〜。時を止めて〜」


「な。なんですかその曲は」

チューンはガタン、と立ち上がる。

「え。ああ、恥ずかしながら自分で作った曲なんだ。前世では全く流行らなかったけどね」

「ご自身で、つ、作られた?」

「え。うん。ダサいでしょ」


「こ、この世界で曲を生み出せるのは神しかおりません」

「は?」

チューンの言っていることが理解できなかった。


「この世界に住まう人々は、かつて神。アポロンなどといった存在が、世界に彩りを生み出すために作り出した曲しか知り得ません。それらを作り出すことなどできないのです。アレンジメント。アドリブといった変曲はできますが、それを一から生み出す、など。ありえませぬ」

「え。そ、そうなの?」


再び適当にコードを掻き鳴らす。すると再びチューンは驚く。

「だ、だからなんなんですか。その曲は!?」

「あ。これは抱きしめてキスミーっていう。別の曲のイントロ、だけど」

「だ、抱きしめて、キスミぃ? ちょっと貸してくださいまし」

彼女は自分のギターを取り上げる。そして、つまびく。

すごいレベルの高い演奏で、曲も素晴らしいものであった。自分とはレベルが違う。


「違う。ま、マオ様。そ、その曲はどうやって弾くのですか」

「え。まずはCのコードを押さえて、次にGで」

彼女の後ろに立ち、順番に教える。するとすぐさま彼女は自分の作った曲を弾けるようになる。

「す、素晴らしい。なんて素晴らしい曲なのでしょうか」

「え。マジ?」

「はい。なんといいましょうか。今まで有限とされていた曲。それらを突き詰めていくのみでありましたが、今。あなた様の作られた『抱きしめて、キッスミィ』。自身の殻が破れたような、心持ちでございます」

「それは、褒められているってことで良いのかな」

「も、もちろんでございます。ああ。なるほど、今、不肖ふしょうチューン。貴方様が真王であることを改めて悟りました。ああ、神よ。ありがとうございます。ありがとうございます」

どこか遠くへ向かってひたすら頭を下げるチューンの姿に若干引きつつも、褒められているようで嬉しかった。


「この世界には数千の曲がありますが、新たな曲を紡ぐことができる存在など、神以外に聞いたことがありません」

「それは、言い過ぎじゃないか。ほら、簡単だろ。こうやって、『知らない世界に来て〜 君と出会って〜』ほら。テキトーに誰でも」

「す、すごい」

しかし、チューンは今教えた曲を弾くことはできるが、新たな曲を作るということができないようであった。

演奏技術は凄まじい。しかし、対して新たな曲は作ることができないという。

にわかに信じがたいが、事実であるらしい。

「ちょ、ちょっとこの曲を我が楽器で、少し編曲させていただいても宜しいでしょうかっ」

そういってチューンは指を鳴らす。そしてハープが現れると『抱きしめてキスミー』をつまびき始めた。

すると。


ぶわっと、黒い小さい生物が、部屋に湧き出た。それらは、部屋をすぐさま満杯にするほどで、廊下。ましては窓からも溢れ出る。

「がば、おぼ。おぼれる」

自分にも黒い存在。ダストとか彼女が呼ぶ小さな不気味な物体が押し寄せ、壁際にまで追いやられる。口の中にも入ってくる勢いだ。

パチン。と指を鳴らす音が聞こえると、その物体は一瞬にして消えた。

すると、浮かび上がってしまったベッドやタンス。食べ物の類が床に落ち散乱する。


「す、すごい。なんて音力」

チューンは目を大きく開けひどく驚いていた。

「ま、マオ様、申し訳ありません。ご無事ですかっ!?」

「あ。ああ。だいじょうぶ。でも急になんで」

「わ、わかりません。今まで感じたことがないヒビキが。音力が制御できず、ダスト達が召喚されてしまったようです。これは、マオ様の曲がもたらす力、なのでしょうか」

「そ、そうなんだ。とりあえず片付けようか」

そして、二人で寝室を片付ける。

冷静になった彼女曰く、自分の作った曲は、今まで知っている旋律とは圧倒的に差があるほど、音力たるパワーを秘めているとのことであった。

「マオ様。明日にでも西国へ向かえるかもしれません」

「え」

「この曲で律術を使えれば、数百人にもわたる力を出せるかもしれません。船を作ることも、それを操舵することも可能かと僭越ながら考えます」

「そ、そうか。それはよかった」

色々と気になることはあった。しかし、彼女は再び興奮しはじめ、変な笑みを浮かべながらがむしゃらに床を拭き始めたため、それ以上に尋ねることはできなかった。


しかし。

曲を作ること。すなわち、作曲。それが自分のこの世界での能力スキルなのかもしれない。

床に飛び散った茶を拭きながら、そう思った。

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