第8話 部屋の中で二人で
村を出ると二つの太陽は空の高く位置し、真昼間であることを示していた。
相変わらず晴天で、草原を優しく撫でる風を感じながら、他にも周りの地を見て回った。
しかし、チューンの記憶にあった村はもう廃村となっていた。ここいら一帯の人は先ほどのズーイたち以外にいなかった。
「帰ろうか」
「……はい」
インプの村での一件で、激昂したことに反省しているのか彼女は意気消沈した様子だ。
「チューン。ありがとう。俺のためにあそこまで怒ってくれて」
振り向き、彼女に思いを伝える。
「そんな。滅相もありません。わたしは、私は」
ウマモドキに揺られ、二人は海が望める丘を下くだる。
「俺が正直、王だなんてまだ実感がないんだ。それに、俺に本当に力があるのかも」
「そんなことをおっしゃらないで。私は確かにこの目で見たのです。王が降臨すると言われた祭壇に光と共に現れたあなたの姿を。ずっと毎日、毎日毎日通い続けた私の前に現れた貴方が、貴方様が王であることは、私が一番知っております」
「そうか。それならチューンの言葉を俺は信じるよ。王様なんだってね」
ふふ、とチューンは笑う。多少励ますことはできたようであった。
城に戻り、チューンが用意してくれた食事にありついた。
自分も何か手伝おうとしたしたが、『王は自らの手を汚すものではない』と強く諫められてしまったので、部屋で窓を見ることしかできなかったのだった。
そして、その次の日から数日、城の周りを見て回った。草むらや丘。山の麓など。
しかし、景色は大きく変わることもなかった。人はいなかったが、代わりに魔物と呼ばれる様々な生物と遭遇した。
オオカミのようなもの。巨大な虫のようなもの。それらは異形の姿であり、かつてゲームで見たような姿形で、自分の知る動物とは遠い存在であった。
そして何度目かの月が登ったある日の晩。自分の中で一つの決心をした。
「なあ。チューン」
「はい。なんでしょうか」
エプロンを外し、二人分のグラスを机の上に置く。
「だいたいこのあたりの状況は分かった。その中で、一つ決めたことがある」
「なんでございましょうか。なんなりとお申し付けください」
「デーモン。彼が行ったという西国。ポルト・アリアだったか。そこに行きたいとおもうんだ」
「それは」
彼女は少し戸惑っていた。
「今、その場所で何が起きているのか。王様であれば、知る義務があると思うんだ。それで、王として、何かをしなければいけないと思っている」
「それは英断かと思います」
言葉とは裏腹に少し切なそうな声色であった。
「ダメかな」
「いえ。そうではなく」
彼女はモジモジと発言を憚っていた。
「なんでも俺には言ってくれ」
「私チューンは、この数日、今まで感じた幸福の中でも一番のものを味合わせてもらいました。真王の復活。それは国にとって喜ばしいこと。今おっしゃられた事も紛れもなく王の器たるお言葉とも思っております。しかし、このチューン。いっそ、ずっとこの生活が続いても良いとも思っていたのが恥ずかしく思ったのです。マオ様は決意に満ちているというのに。私は……」
そう言って彼女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちたのを見た。
「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、俺は俺にしかやらなければいけないことがあるなら、やるしかないと思っているんだ。俺の昔の記憶について、話したことはあったっけ?」
「い、いえ。それは前世でのご記憶、でしょうか」
「うん」
そして、前世の出来事を話した。日本という国で生まれたこと。そこで歌を愛したこと。そして、戦争が嫌いであったこと。
ゲームというものがあったことや、学校生活。サラリーマンとしての生活などなど。
彼女は時に目を輝かせ、時に再び頬を濡らし、自分の話を聞いてくれた。
「そうだったのですね」
「俺は、そういった意味だと前世では何も成し得なかったんだ。力が足りなかったんだ。でももし、今の僕に王としての力があるなら、この世界のために、平和のために何かをしたいと思うんだ」
「素晴らしいお考えかと思います」
彼女は自分の手を強く握った。
「きっと、マオ様の思いを神は見てくれていたのでしょう。だからこそ、この国に、この世界シンフォニーに参られた。貴方様しか安寧な世界を築けないと。だからこそ、このチューンのもとにあなた様は参られたのです」
「あ、ありがとう」
その握る手は強い。彼女はうっとりした顔でこちらを見つめる。その朱色の瞳があまりに綺麗で、互いの顔が近づく。
ま、まずい。なぜか憚られる思いが勝ち、手を解いた。
彼女は少し残念そうな顔をしていた。
いやいや、だってまずいだろうに。ドキドキと心臓が暴れまくる音が部屋に響いた。
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