痛み5分前

クソプライベート

無痛

俺のスマートフォンには、人生に必須のアプリが入っている。『プリ・ペイン』。月額980円で、これから身に降りかかる「痛み」を5分前に通知してくれる優れものだ。

「警告:熱いコーヒーをシャツにこぼします」

通知のおかげで、俺は給湯室でよろけた同僚をスマートに避け、新品のシャツを守ることができた。

「警告:満員電車のドアに指を挟みます」

通知のおかげで、俺は一歩下がって腕を組み、痛みに顔を歪める人々を横目に涼しい顔でいられた。

タンスの角に小指をぶつけることも、書類の束で指を切ることもない。俺の人生から、地味で忌々しい痛みは完全に消え去った。プリ・ペインをインストールしていない同僚たちが「うわっ」「痛っ」と間抜けな声を上げるたび、俺は心の中で優越感に浸っていた。彼らは、月々たった980円をケチって、無駄な痛みに苦しみ続けているのだ。

ある日の帰り道。大通りを歩きながらアプリを確認する。通知は一件も来ていない。素晴らしい。この先、少なくとも1時間は完璧に安全で、快適な時間が約束されているということだ。

俺は気分良くイヤホンをつけ、大好きな音楽のボリュームを上げた。青信号が点滅し始めたが、まあ間に合うだろう。軽やかな足取りで横断歩道に足を踏み出した、その時だ。

猛スピードで交差点に突っ込んできた何かの姿が、視界の端に映った。だが、不思議と焦りはなかった。だって、アプリは何も告げていなかったのだから。ぶつかるはずがない。ぶつかったとしても、痛くない何かが起きるだけなのだろう。

もちろん、プリ・ペインが故障していたわけではない。その性能は常に完璧だった。

なにせ、このアプリが通知するのは、『痛み』なのだから。

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痛み5分前 クソプライベート @1232INMN

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