第12話任務と心とおじさん

 隣村に滞在して三日。俺とリーナは、セリアと共に“レンアイ”を説明しながら、兵士や村人たちに少しずつ語を広めていた。


「“レンアイ”は忠誠とは違います。命令や任務ではなく、自分の意志で一人を選び、大切に思う心です」

 リーナが堂々と語る。その言葉は真っ直ぐで、聞く者の心を和ませていた。

 だが、全員が納得しているわけではなかった。


「任務の最中にそんな心を持ち込めば、判断を鈍らせる」

「感情に流されれば、仲間を危険にさらすことになる」

 兵士たちの疑念は根強い。彼らにとって“忠誠”こそ絶対で、“心の迷い”は弱さだったのだ。


 その空気を切り裂いたのは、他ならぬセリアだった。

「弱さ? では、私が夜も眠れず胸が苦しくなるのは……弱さなのですか!」

 いつも冷静な彼女の声が震え、兵士たちの間にざわめきが走る。

「セリア……お前まで」

「任務に集中するべきだと分かっています! けれど……それでも、忘れられない人がいるのです!」


 セリアの頬に赤みが差す。唇を噛みしめながら、それでも視線を逸らさなかった。

「剣を振るいながらも、その人の笑顔を思い出してしまう。――それが“弱さ”だというなら、私は弱くても構わない!」


 場の空気が凍りついた。兵士たちは言葉を失い、リーナも目を見開いている。

 俺は一歩前に出て、静かに口を開いた。

「セリア……よく言ったな。それが“レンアイ”だ。弱さじゃない。人としての自然な心の動きだ」


 彼女の瞳が、わずかに潤んだ。

「……でも、私は護衛隊の副長です。皆の前でこんな感情をさらしてしまった。任務を汚したかもしれません」

「違う。むしろ勇気を示したんだ。人を守るのに必要なのは命令だけじゃない。“帰りたい相手”がいるからこそ、足は止まらず前に進める」


 兵士たちの中から、ぽつりと声が漏れた。

「……帰りたい相手、か」

「俺だって……」

 否定一色だった空気が、少しずつ揺らぎ始める。


 その様子を横で見ていたリーナが、袖をぎゅっと握った。

「旅人さま……」

 小さな声には、不安と戸惑いが混じっていた。セリアが感情を吐き出すほどに、彼女の中でも何かが揺れているのが分かる。


 俺はリーナの手を握り返すこともできず、ただ視線を合わせた。

 ――俺自身が、彼女の心に“不安”を芽生えさせているのだ。


 セリアの叫びで、隣村に初めて“レンアイの真の重み”が響いた。

 だが同時に、それはリーナの心をざわつかせ、俺自身の覚悟を試すものにもなった。


__________________


後書き


 第12話では、セリアが“任務とレンアイ”の板挟みに苦しみ、ついに感情を爆発させる姿を描きました。

 その告白は兵士たちの心に揺らぎを与え、リーナの胸にも新たな感情を呼び起こします。

 次回は、セリアの心情をきっかけに村全体の規律が揺れ始め、リーナとおじさんの関係にも一層の緊張が走る場面を描きます。

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