第8話本心と向き合うおじさんとリーナ

翌朝。村はまだ落ち着かない空気をまとっていた。誰かが誰かを“選ぶ”たびに、喜びと同じくらいざわめきや気まずさが生まれている。

 俺はその様子を眺めながら、自分の胸の奥を見つめ直していた。


 ――リーナが他の誰かを選んだら、自分は受け入れられるのか?

 昨夜は格好をつけて答えたけれど、正直なところ自信はない。


 そんな俺のもとに、リーナがやって来た。

「旅人さま、今日は畑の手伝いをしませんか?」

 村人に混じって汗を流すのは、少しは信用を得る手になるだろう。俺はうなずいた。


 鍬を振るいながら、リーナがぽつりと口を開く。

「昨日、みんなの前で困らせてしまいましたね」

「いや……困ったのは俺の方だ」

「でも、旅人さまの言葉で救われた人もいます。拒絶された人も、“選ぶ勇気”を持ったことが無駄ではないと知ったから」


 その横顔を見ながら、俺はふと問いかけてしまった。

「リーナ、お前は怖くないのか?」

「何が、ですか?」

「“選ぶこと”だよ。間違えたらどうしようとか、傷つけるんじゃないかとか……」


 リーナは少し手を止め、真剣な表情で答えた。

「怖いです。でも……旅人さまが隣にいてくれるなら、その怖さも少しは和らぎます」


 胸が熱くなった。童貞である自分が、誰かの支えになれるなんて考えたこともなかった。

 だが同時に、恐怖も広がる。もし彼女が本当に誰かを選ぶとしたら……俺はどうする?


 作業を終えて休憩していると、村の青年が駆け寄ってきた。

「旅人さま! 聞いてください! 俺はついに“選ばれた”んです!」

 彼は嬉しそうに、隣に立つ娘の手を握った。

「おめでとう」

 心からそう言ったつもりだった。だが、リーナがそれを静かに見つめている姿に、なぜか胸がざわついた。


 俺は気づく。

 ――そうか。俺はもう、自分の本心から逃げられない。


 夜。焚き火の前にリーナを呼び出した。

「リーナ。昨日の答えを、はっきり言う」

「……」

「もしお前が他の誰かを選んだら、俺は……やっぱり悲しい」

 リーナの目が大きく見開かれる。

「だけど、それでも受け入れる努力はする。でも本当は……お前に選ばれたい」


 リーナはしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。

「わたしもまだ分かりません。でも……旅人さまに選ばれるのは、嫌ではありません」


 その言葉に、胸の奥で何かが確かに灯った。

 “レンアイ”はまだ芽吹いたばかり。だけど、この芽は確かに二人の間で育ち始めていた。


__________________


後書き


 第8話では、おじさんが自分の本心と向き合い、リーナに対して初めて「選ばれたい」と正直に口にしました。

 “レンアイ”は他者に説くものから、自分自身の問題へと変わりつつあります。

 次回は、この本心を知ったリーナがどんな行動を取るのか――そして村の中に広がる新たな波紋が描かれます。

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