第四章・第四節 ニュースに出た老兵

 翌朝。

 佐藤家のリビングに、妙な静寂が漂っていた。


 重蔵は、いつものように湯呑を片手に新聞を広げ――

 その一面を見て、茶を吹き出した。


 「爆笑と感動を呼んだ老ゲーマー“JZ-65”、世界を制す!」


「じいじ、ニュースになってるぅぅ!」

 美羽がスマホを振りかざして叫ぶ。

 画面にはニュースサイトのトップページ。

 動画ランキング1位、「ゾンパニF界の奇跡――老兵スマイル」


「こ、こんな大ごとになるとは……」

 重蔵は頭をかいた。


 真理が笑いながら朝食のトーストを皿に置く。

「お父さん、コメント欄すごいよ。“人類最年長のFPS勝利プレイヤー”って」

「最年長……ふむ、あまり褒め言葉ではないが、悪くはない」


 テレビをつけると、ワイドショーでも取り上げられていた。

『ご覧ください、この華麗な誤射。そして奇跡の勝利!』

 リプレイ映像では、重蔵が派手に転び、グレネードを真上に投げ、爆風で敵を倒す姿がスロー再生されている。


「じいじ、カッコいい!」

「いや、どちらかというとコントだぞ、これは」


 スタジオのコメンテーターが笑顔で言う。

『若者が夢中になる中で、65歳のゲーマーが見せた“家族の絆”。まさに令和のヒーローですね』


 美羽が拍手を送る。

「じいじ、ヒーローだ!」

「……ヒーロー、か。まさかワイドショーで言われる日が来ようとはな」


 そのとき、ピロンと通知音が鳴る。

TACTからのメッセージだった。


『スポンサーから正式オファー来ました。JZさん、イベント出ませんか?』


「お父さん、どうするの?」

「む……公の場か。わしが、そんな場に?」


 重蔵はしばし考え、湯呑をそっと置いた。

 少し照れた笑みを浮かべ、言う。


「……ま、出てみるのも一興だな。どうせなら、家族でな」


 美羽は歓声を上げた。

「やったー! じいじ、イベントデビュー!」

「じいじ、また転ばないでね!」

「うむ、今回は慎重に――いや、転んでも、笑ってもらえればそれでよい」


 真理は苦笑しながらも、誇らしげに呟いた。

「……お父さん、ほんとに人気者になっちゃったね」


 その瞬間、配信サイトの通知音が再び鳴った。

 〈“JZ-65”がライブを開始しました〉


 画面には、いつもの優しい笑顔。

 そして、老兵の決まり文句。


「さて――今日も、楽しくやっていこうかの」


 コメント欄が光のように流れていく。

 〈老兵、推せる〉

 〈じいじ、おはよう〉

 〈世界が笑う朝〉


 ニュースで騒がれようと、世代が違おうと――

 その笑顔は、今日も変わらない。


 老兵の伝説は、まだ終わらない。

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