第三章・第四節 予選エントリー

 日曜の午後。

 ちゃぶ台の上には、湯飲みとマウスとキーボード。

 そして、その中央に鎮座するのは――じいじこと浦見重蔵、齢六十五。

 傍らには、美羽と翔、そしてTACTがノートパソコンを前に座っていた。


「さて……この前の“ゾンパニF”登録は無事完了したのう」

「うん! 今度は“世界大会予選”のエントリーだよ!」美羽が得意げに胸を張る。

「つまり、“地獄の門が開く”ってやつだね」翔がわざと渋い声を出す。

「門の前で転ぶなよ、翔」TACTがすかさず突っ込みを入れる。


 重蔵は老眼鏡をかけ直し、画面を覗き込んだ。

「ふむ、“World Zombie Panic Final – Preliminary Tournament”……英語ばかりで目が回るのう」

「大丈夫。僕たちが翻訳してあげる!」翔がマウスを握る。

「ほう、頼もしいの。現代の“書記官”じゃな」


 TACTが横から説明する。

「まず、代表プレイヤーはJZさん。登録チーム名は“じいじ’s Rage”のままで問題なしです」

「“じいじ’s Rage”……つまり、“祖父の怒り”じゃな」

「いや、“怒り”というより“熱意”に近いニュアンスで……」TACTが苦笑。

「ふむ、英語とは奥が深い。怒っておらぬが、闘志は燃えておるぞ」

「それ、ちょっとかっこいいかも!」美羽がにっこり笑った。


 登録フォームの入力が始まる。

「メール……“@”とは何じゃったかのう?」

「“アットマーク”だよ!」

「“アット”とは“そばに”という意味……つまり、“みんなのそばにある印”じゃな」

「じいじ、また深いこと言ってる!」翔が大笑い。

「老人の発言は深く聞こえるだけじゃよ」重蔵が茶をすすりながら涼しい顔をする。


 数分後、TACTがマウスをクリックした。

 画面に表示されたのは――《Registration Complete!(登録完了)》の文字。

「やったー! 本当に登録できたよ!」

「これで“じいじ’s Rage”、世界大会の正式チームだね!」

「国を背負って戦うとは、大義名分が重いのう……腰にくるわい」


 笑いがちゃぶ台の上に広がる。

 すると、襖が静かに開いた。

 顔を出したのは息子の信介、そして娘で美羽の母親の真理だった。


「父さん、またにぎやかにして……今度は何を?」

「うむ。世界の舞台への切符を手に入れたところじゃ」

「えっ、世界!?」真理が目を丸くする。

「“ゾンパニF世界大会予選”だよ!」美羽が誇らしげに言う。

「じいじさんが代表プレイヤー!」翔も胸を張る。


 信介は思わず吹き出した。

「父さんが……世界大会……?」

「笑うな、息子よ。年寄りでも押せば動くのが、近代兵器というものじゃ」

「お父さん、それゲームの話だからね」真理が肩をすくめる。


 それでも二人の目には、懐かしい父の姿が映っていた。

 真剣なまなざし、ほんの少し照れた笑み。

 まるで昔、家族を守るために働いていた“あの父”が戻ってきたように。


「父さん、なんか若返ったみたいだな」

「ふむ。若返ったわけではない。“燃料”が戻っただけじゃ」

「燃料?」

「孫と夢と、もうひとさじの茶じゃ」


 その言葉に家族全員が笑った。

 TACTはその光景を見つめながら、そっとつぶやいた。

「……JZさん。やっぱ、あなたはただのゲーマーじゃないですよ」

「うむ。わしは“生涯現役プレイヤー”じゃ」


 ちゃぶ台の上のモニターに《JZ-65》のロゴが光る。

 まるで、その輝きが家族全員の心をひとつにしていくようだった。


「さあ、みなの者――予選突破のため、訓練開始じゃ!」

「了解っ!」「任せて、じいじ!」「やってやるぜ、チームRage!」


 その瞬間、ちゃぶ台はまるで“コマンドセンター”に変わった。

 老兵と孫、そして仲間の翔とTACT。

 笑いと茶の香りに包まれながら――彼らの世界大会挑戦が、静かに始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る