第14話 祈りの地、再び灯る聖樹
――風が、優しく吹いていた。
焼け焦げた大地に、灰が雪のように降り積もる。
そこは、かつて《聖樹の家》と呼ばれた孤児院。
無垢な笑い声が響いていたその場所は、今や黒い炭と化し、静寂だけが支配していた。
だが、その静寂の中――ふと、小さな声が聞こえた。
「……アリア?」
その声にアリアが顔を上げる。
黒煙の向こう、焦げた門柱の影から、少女が姿を現した。
金の髪に、猫のような耳。
泣き腫らした目で、それでも微笑みを浮かべる少女。
「ノエル……」
アリアの声が震える。
その瞬間、ノエルは駆け出していた。
「アリアぁぁぁっ!」
燃え尽きた地面を駆け抜け、彼女の胸に飛び込む。
金の耳が震え、尻尾が灰を巻き上げる。
「無事で……よかった……! 本当に、よかったんだ……!」
アリアはその身体を抱きしめ返した。
金属の手が、ノエルの温もりを確かに感じ取る。
「……ごめん、遅くなった。院長は、無事よ」
腕の中には、まだ眠るマリアンヌの姿。
ノエルは涙を零しながら、その手をそっと握る。
「生きてる……! 本当に……!」
嗚咽が零れ、ノエルはアリアの胸に顔を埋めた。
アリアはそっと微笑む。
(……そう。まだ、終わっていない。生きている限り、ここからまた始められる)
夕暮れが、焦げた大地を赤く染めていた。
風が吹くたびに、灰が舞い上がる。かつて笑い声で満ちていた《聖樹の家》は、今や焼け落ちた残骸と静寂の中に沈んでいる。
そんな中、林の陰から二つの影が姿を現した。
セドリックとカイル。
服は裂け、鎧は煤にまみれ、顔には無数の傷跡。だがその歩みは、確かに生きて帰ってきた者の足取りだった。
「……帰ってきたな」
カイルが息を吐くように言う。
「地獄の底から、だ」
セドリックは無言で頷いた。
彼の目が見つめる先、灰の風の中に銀の光があった。
アリア――。
背から伸びる銀翼を夕日が照らし、まるで空の欠片を背負っているかのようだった。
光に包まれるその姿は、確かに人ではない。けれど、彼らの知る“仲間”のままだった。
「……よくやったな、アリア」
セドリックの低い声が、風に溶けて届く。
アリアが振り向き、柔らかく微笑んだ。
「二人とも……無事で、よかった」
その微笑みが、あまりにも自然だった。
鋼の身体に宿る“人の表情”。それだけで、二人の胸の重さが少しだけ軽くなった。
「まさか……本当に、あの聖都から帰ってくるとはな」
カイルが頭をかきながら苦笑する。
「しかもあの状況で院長を連れて戻るなんて、もう伝説だぜ」
アリアは静かに首を横に振る。
「伝説なんていらない。ただ――守りたかっただけ」
セドリックが歩み寄る。
その視線は、かつての戦場で剣を交わした戦友を確かめるようなものだった。
「……あの翼、もう見慣れたはずなのに、不思議だな」
「不思議?」
「最初に見たときは正直、怖かった。けど今は――心強い」
彼の声に、アリアはわずかに目を見開いた。
「怖く……ないの?」
セドリックは即座に首を振る。
「お前が誰より“人間らしい”ことを、俺たちは知ってる。
だから、その翼も――お前自身だ」
カイルがにやりと笑う。
「おう。あの翼がなきゃ、俺たち今ごろ神教国の見世物だ。
感謝してるぜ、“天使様”」
冗談まじりの言葉に、アリアは苦笑する。
「天使じゃないわ。ただのアリアよ」
「知ってる。だから、信じてる」
その瞬間、沈んでいた空気が少しだけ柔らかくなった。
焼けた空の下で、三人は久しぶりに「生きている」という実感を共有していた。
沈黙の後、セドリックが静かに言った。
「……お前、あの聖都で何を見た?」
アリアは少しだけ視線を落とす。
思い出すだけで、胸の奥に鈍い痛みが走った。
「――狂気。信仰を装った、支配の形」
セドリックは目を閉じ、苦く笑う。
「やっぱりか。俺たちが信じてた“神の国”ってのは、そういうもんだったんだな」
「ええ。でも、まだ救える人はいる。だから、私は……戦う」
その言葉に、カイルが肩をすくめる。
「ったく、お前は休むこと知らねぇのかよ」
「戦うのは、壊すためじゃない。守るため」
「分かってる。……けどな、アリア。お前がいなきゃ、守られる側の俺たちが困る」
アリアは一瞬だけ笑みを浮かべた。
「……そうね。じゃあ、少しだけ休む」
沈んだ夕日が彼女の背を照らす。
翼の金属光沢が赤く染まり、まるで血と夕焼けが混ざったような色をしていた。
それは決して神聖ではなく――人間らしい美しさだった。
セドリックはその光景を見つめ、心の奥で思う。
(もう、あの頃のアリアじゃない。
けれど――どれほど姿が変わっても、あの瞳の奥の“優しさ”だけは、決して変わらない)
「……行こう。みんなが待ってる」
アリアが翼をたたみ、背を向けた。
その足取りは静かで、迷いがなかった。
風が吹き抜け、三人の影が焼け跡の上に長く伸びる。
それはまるで、過去を踏みしめながら歩く三つの魂の道。
――もう恐れはなかった。
この翼は、神に背くためのものじゃない。
“人を守るための翼”なのだと、誰もが理解していた。
風が、灰を運んでいた。
焼け落ちた木々の香りと、血のような鉄の匂いが混じり合い、空気は重く、痛みを孕んでいる。
かつて《聖樹の家》と呼ばれた孤児院のあった場所――今は瓦礫と黒い土が広がるばかりだった。
アリアは、その中心に立っていた。
背の銀翼をたたみ、静かに息を吐く。
院長を救い出した安堵と、守れなかった者たちへの痛みが、胸の奥でせめぎ合っていた。
――その時だった。
「……シスター?」
小さな声。
振り返ると、瓦礫の隙間から、すすだらけの顔がのぞいていた。
一人、また一人。
焼けた壁の影から、小さな足音がいくつも近づいてくる。
怯えながらも、必死に駆け寄るその姿に、アリアは思わず息を呑んだ。
「……みんな……」
子供たちは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、彼女に飛びついた。
「シスター!」「アリア姉ぇっ!」
泣き声が重なり合い、焦げた風の中で響く。
アリアはゆっくりと膝をついた。
抱きついてくる小さな身体を、ひとり、またひとりと受け止める。
冷たい金属の腕が子供たちを包み込むたび、彼女の胸の奥で何かが熱を取り戻していった。
「……もう、大丈夫。怖くないわ」
その声は、風よりも優しく、灰の世界に静かに沁みていく。
子供たちは涙を拭き、アリアの頬に触れる。
その指先に触れたのは、人の肌ではなく、ひんやりとした鋼の感触。
それでも、彼らの顔に浮かぶのは恐れではなく、安心だった。
「アリア姉……つめたいけど、あったかい……」
「ほんとだ……なんでだろう?」
アリアは微笑み、そっと子供たちの頭を撫でた。
(……冷たいはずなのに、温かい――)
それは、彼女自身の“心”がまだ生きている証だった。
血の流れがなくても、涙が出なくても。
この手が誰かの涙を拭えるなら、私はまだ“人”でいられる。
「ありがとう……みんな。生きていてくれて、本当によかった」
声が震える。
だが、それは悲しみではなく、確かな安堵だった。
そのとき、焦げた廊下の奥から、ゆっくりと歩いてくる影があった。
ノエル=クローヴァー。
金の瞳と獣耳が、灰の中でも静かに輝いている。
彼女のローブはところどころ破れていたが、その笑みはいつものように明るかった。
「ほら、みんな。ちゃんとお礼言わなきゃ」
その声に、子供たちは顔を上げ、声を揃える。
「ありがとう、アリア姉!」
焼け跡の上に響くその声は、まるで天へと届く祈りのようだった。
アリアの胸の奥が、熱くなる。
心臓は金属に置き換わったはずなのに、鼓動がはっきりと響いていた。
――ドクン。
音が、確かにあった。
生きている。私は、まだここにいる。
ノエルが近づき、そっとアリアの肩に手を置いた。
「ねぇ、アリア。あんた、ほんとに帰ってきたんだね」
その言葉に、アリアは笑みを返す。
「ええ。……約束したもの。みんなを連れて、必ず帰るって」
ノエルの目が少し潤んだ。
「ほんと、あんたって……バカみたいにまっすぐ」
「そう言うあなたも、ずっとここを守ってたじゃない」
「……まぁね。でも、もう限界かと思ったよ」
そう言って、ノエルは空を仰ぐ。
煙の向こうに、わずかな青空が覗いていた。
アリアは静かに言葉を続けた。
「ノエル、ありがとう。あなたがいてくれたから、ここが残った」
「違うよ、アリア。残したのはあんた。
あたしはただ、信じて待ってただけ」
その言葉に、アリアの胸が締めつけられる。
「……信じてくれてたのね」
「当たり前でしょ。だってあんたは――あたしの親友だもの」
アリアの瞳が揺れた。
“親友”――その言葉が、焼け焦げた世界に小さな灯をともす。
もう人間ではない。
でも、ノエルが「友達」と呼ぶ限り、私は人の心を失わない。
子供たちが笑い、灰の中で手を取り合う。
ノエルがその輪の中に加わり、柔らかく耳を揺らす。
アリアはその光景を見つめながら、小さく息をついた。
(……私は、まだ戦える。
この子たちの笑顔を守るために――)
風が吹いた。
灰が舞い、空に細い光の柱が立ち上る。
その光が、まるで彼らの“祈り”に応えるかのように、静かに降り注いだ。
焦げた空の下。
崩れた孤児院の跡で、人々は再び“希望”を取り戻していた。
冷たく強く、けれど優しい鋼の翼を持つ少女が――
その中心で微笑んでいた。
午後の陽が、灰色の雲を割って差し込んでいた。
焼けた大地はまだ温もりを残し、焦げた木々の影が地面に黒く伸びている。
風が吹くたび、灰がふわりと舞い上がり、空の光の中で白い花のように散っていった。
その丘の上――。
かつて《聖樹の家》を見下ろせたその場所に、アリアたちは立っていた。
並べられた粗末な布の上には、静かに横たわる亡骸たち。
ガレス。
そして、オルセンに殺された小さな孤児たち。
皆の顔は穏やかだった。
戦いや恐怖の中で息絶えたとは思えないほどに。
まるで、安らかな眠りについているようだった。
アリアは跪き、そっとガレスの額に手を伸ばした。
冷たく硬くなった肌に、鋼の指先が触れる。
その瞬間、淡い光がアリアの掌から溢れ出した。
「……ガレス。よく頑張ったね」
静かな声が、風の中に溶けていく。
「あなたの勇気が、みんなを守った。
だからもう、戦わなくていい。ゆっくり眠って」
アリアの手から放たれた光は、柔らかな花弁のように彼の身体を包んでいく。
その光は灰を払うように広がり、彼の周りに静かな輝きを残した。
ノエルが息を呑む。
「これ……なに……?」
「魔機術式よ。魂を安らぎへ導く祈りの式」
アリアは微笑む。
「この世界の魔法じゃない。私の中の《コア》が紡ぐ、もう一つの祈り」
その言葉に、ノエルは涙を拭った。
「……なんか、きれい。まるで、花畑みたい」
アリアは小さく頷いた。
「この光は、命が還る証。
だから、泣かないで。――みんな、ちゃんと見てる」
マリアンヌがゆっくりと歩み出て、両手を胸の前で組んだ。
「主よ……彼らに永遠の安らぎを。
この子らの魂を、どうか清き光で包みたまえ」
彼女の祈りに呼応するように、アリアの掌の光が一層強く輝く。
淡い金色の粒子が空へと昇り、風に乗って散っていった。
それは、まるで空へ帰っていく小さな命たちの行列のようだった。
セドリックが黙ってスコップを取り、カイルとともに墓を掘り始めた。
土をかける音が、静寂の中に響く。
彼らの額には汗と灰が混じり、動くたびに砂埃が舞った。
ノエルは子供たちの手を取り、祈るようにその場に立ち尽くす。
やがて、セドリックが土をならし終えると、アリアが立ち上がった。
彼女の背に夕陽が落ち、銀翼が橙色に染まる。
「……ごめんなさい。守れなかった」
アリアの声は震えていた。
「でも、私は約束する。
もう二度と、誰もあなたたちのように失わない」
風が頬を撫でる。
どこか遠くで、鳥の鳴き声が聞こえた。
それはまるで、彼らの魂が“ありがとう”と囁いているようだった。
ノエルが静かに近づき、アリアの隣に立つ。
「アリア……もう、いいんだよ」
アリアは首を横に振る。
「いいえ、まだ終わってない。
私はこの手で、子供たちの未来を作りたい。
そのために……また歩く」
ノエルは一度目を閉じ、そして柔らかく笑った。
「なら、あたしも一緒に行くよ」
「……ありがとう、ノエル」
カイルがその会話を聞きながら、少し笑う。
「俺もだ。どうせもう帰る場所なんてねぇしな」
セドリックも無言で頷く。
「この手で、あいつらの未来を守る。それが、せめてもの弔いだ」
アリアは深く息を吸い、空を見上げた。
――雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいる。
その光は墓の上を照らし、灰の中に白い輝きを残した。
「……行こう。
新しい場所を探そう。
みんなが笑える――“家”を」
その言葉に、ノエルが頷く。
「きっと見つかるよ。だって、アリアがいるもん」
アリアの胸の奥で、《コア》が静かに光を放った。
その輝きは祈りにも似て、風の中に溶けていく。
誰もが空を見上げていた。
そして、その空の下に――小さな十字架が並んでいた。
焦げた大地に立つその墓標は、悲しみではなく、“希望の証”としてそこにあった。
夕暮れの空が赤く燃えていた。
焦げた丘の上に吹く風は冷たく、灰を巻き上げながら西の空へと流れていく。
焼け落ちた孤児院の残骸が沈黙のまま横たわり、遠くでは鳥の鳴く声さえ消えていた。
その中で、アリアは立っていた。
夕陽を背に、銀の髪が淡く光を返す。
背中の翼は今はたたまれ、代わりにその瞳だけが、静かに光を宿していた。
風が頬を撫でた瞬間――肩に柔らかな光が降りた。
青い光の粒が形を取り、小鳥の姿へと変わる。
「……母さん」
アリアが微笑む。
その声に、青い小鳥――セリーヌが応える。
「アリア。
観測範囲内に、神教国の魔導軍の動きが確認されました。
まだ距離はありますが、早晩こちらに到達する可能性があります」
その報告に、すぐ後ろで焚き火を囲っていたセドリックとカイルが顔を上げた。
「神教国の動き……? どういうことだ」
カイルが眉をひそめる。
セリーヌは静かに答えた。
「彼らはアリアを“天の
直接の接触はまだですが、時間の問題です」
セドリックは短く息を吐き、拳を握った。
「……ったく、神の名を借りて人を狩るとはな。
何が“聖国”だ。やってることはただの狩人じゃねぇか」
アリアは静かにその言葉を受け止める。
彼らは知らない。あの聖都で何があったのか――院長がどれほどの仕打ちを受けたのか。
けれど、信頼する仲間として、彼らの怒りがアリアの胸に温かく響いた。
「母さん、どうすればいい?」
「……アリア。
今のあなたたちは、あまりにも無防備です。
このままでは、再び戦火に巻き込まれます。
できるだけ遠く、安全な土地へ向かうべきです」
アリアはしばし沈黙した。
夕陽の中に、焼け落ちた孤児院の残骸が映える。
焦げた木材、倒れた十字架。
――ここには、もう帰る家がない。
「……母さん。
ここに残るのは、誰かの犠牲をまた生むだけ。
なら、行こう。皆で――生き延びるために」
セリーヌの瞳が柔らかく輝く。
「ええ、それがあなたの選択なら、私はそれを支えます」
小鳥の姿が光を帯び、ゆっくりとアリアの前へ舞い降りる。
「――展開します。
「エーテル……キャリオン?」
ノエルが首をかしげる。
「それ、母さんの身体の一部なの?」
アリアは微笑みながら頷いた。
「ええ。母さんの“母体”――変形して、人を運ぶための形態」
「変形……って、どういう――」
ノエルが言いかけた瞬間、大地が低く唸った。
青白い光がアリアの足元に広がる。
まるで生き物のように地面を走り、幾何学的な魔法陣を描き出していく。
風が渦を巻き、灰が舞い上がる。
次第に光は一点に収束し、そこから金属のような質感を持つ影が姿を現した。
――ゴォォォォォンッ!
轟音とともに、地が震える。
やがて光が収まり、その中心に現れたのは――巨大な“乗り物”だった。
長い車体に丸みを帯びた車輪。
側面には透明な窓と柔らかな灯り。
まるで異世界に迷い込んだ“バス”のような形。
「こ、これ……動くの?」
カイルが目を見開いた。
「ええ。
これは
空を飛ぶことも、海を渡ることもできる。
けれど――最初の姿は、“道を走るもの”」
アリアは穏やかに微笑んだ。
「地を踏みしめることから、旅を始めたいの」
ノエルが笑みを浮かべる。
「なんか……アリアらしいね。
空を飛べるのに、まず“歩く”なんて」
セリーヌの声が響く。
「構造展開完了。内部環境、温度調整良好。
子供たちの乗車を推奨します」
「母さん、ありがとう」
アリアが微笑んで応えると、セリーヌの声が少し柔らかくなる。
「あなたの“決意”が私の動力源です。
行きましょう、アリア。皆を乗せて」
孤児たちが歓声を上げながら、光る階段を駆け上がる。
中は不思議な空間だった。
壁には淡い光のラインが走り、木の香りに似た温かい空気が漂っている。
窓の外では、夕暮れの風が静かに流れていた。
ノエルが振り返り、アリアを見つめる。
「ねぇ、アリア。
この先、どこへ行くの?」
アリアは丘の先――遥か地平線を見た。
「……誰も傷つかず、誰も泣かない場所。
人も、獣も、機械も、同じ空の下で生きられる場所」
セリーヌが柔らかく言葉を添える。
「――それは、あなたが創る未来そのものです」
アリアは深く息を吸い、両手で操縦席のパネルに触れた。
青白い光が走り、エーテルキャリオンが低く唸る。
「さあ、出発しましょう。
ここはもう、過去の地。
これから私たちの“家”を見つけに行く」
セリーヌが静かに告げる。
「エネルギー炉、安定。転輪システム起動。
車体がゆっくりと動き出す。
灰を巻き上げ、焦げた丘を離れていく。
孤児たちが窓から顔を出し、手を振る。
空には一番星が輝いていた。
アリアはその光を見上げ、静かに呟く。
「――母さん。
これが、私たちの旅の始まりね」
「ええ、アリア。
そしていつか、その旅の果てに“空の果ての家”があるでしょう」
エーテルキャリオンがゆるやかに加速する。
車輪が光を帯び、焦げた大地を滑るように進む。
その車体の下から、白い光の軌跡が地面を走り、まるで夜を照らす一本の道を描いていく。
風が吹き抜ける。
灰の匂いを運び、代わりに新しい風の香りが流れ込んできた。
その瞬間、アリアははっきりと感じた。――これは“逃走”ではなく、“出発”なのだと。
窓の外で、孤児たちが歓声を上げる。
「速い!」「すごいよアリア姉!」
笑い声が夜の丘に響く。
アリアは操縦席でハンドルに手を添え、静かに微笑んだ。
「――行こう、みんな。新しい空へ」
エーテルキャリオンは光の軌跡を残しながら、焦げた世界を離れていく。
それはまるで、地を駆ける祈りの列車。
夜の大地を越えて、まだ見ぬ明日へ――ゆっくりと、確かに、走り出した。
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